9 おもしろい女と男
おもしろい女(男)は伏線ワードだ。
「オレはカルローグ・コンデ。もとは騎士爵だが、戦役の功あって現在は男爵位だ。四方公爵の預かりになっている白公領の駐留隊で副長を仰せつかっている。ちなみに独身だ。」
その朝。ガレシ行の一行に加わることになった『遠海』騎士の一行の代表者は、挨拶に来たところで、そうカティヌに向けて話し始めた。
「イシュロア卿の上司と懇意で、いまはイシュロア卿の家人である彼とは手合わせを楽しみにしている仲だ。」
彼らは、『真白き林檎の花の都』一行の後ろを移動すると決まった。何かあれば護衛もいたしましょう、と請け負ってくれた後の会話である。生徒たちは二台に分かれて分乗し、それを見届けていたカティヌに、親し気にで話しかけてきたのだ。
「彼が言うには、貴女はとてもおもしろい方だそうだな。彼には及ばないが、オレもなかなかおもしろい方だと思う。どうかな? オレを観察してみないか? オレも、彼が気に掛ける貴女を間近に観察させていただきたい。」
平たく言うと、ガレシでの二日間をエスコートしたいということだ。カティヌの掌をすくい上げて、唇を寄せる礼とともに。
二台目の馬車から、成り行きを見守っていたセアラヴィータとその友人たちがキャーと黄色い悲鳴を上げた。
「わ、私は仕事での参加ですので、」
真っ赤になって手を取り戻したカティヌに、騎士は朗らかな笑みを向けた。
「なんの、オレも仕事に赴く途中だ。せっかく取り戻した平穏と楽しむ機会を逃すな、と我が王もおっしゃるだろう。」
「あの、生徒を置いて、わたしがというわけには、」
「生徒さんは、エスコートが決まっている方とそうでない方がいるそうだな。決まっていない方は、うちの騎士を選んでもらって構わない。身元は保証付きだ。」
少し、声を潜める。
「これから向かうガレシのパーティはかなりの規模らしい。若くて可愛らしい『真白き林檎の花の都』のお嬢さんたちは間違いなく注目の的だ。つまり、」
危険だ、と耳元で囁くように言われて、カティヌは更に赤くなって、跳び上がった。
「危険なんて、そんな。とても落ち着いた会だと、夫人は申していましたわ。」
「あの年頃の方ならそうだろうが、若い者もたくさん集まる。だれもが、とはいわないが、暇を持て余した無軌道な振舞いをする田舎者がいないとは限らない。このあたりの、言っては何だが有象無象を近づける隙は作らぬ方がいいのではないか---先生?」
それが引率者の責任というものだ、と微笑み、
「そのためには、まずは先生自らが立派なエスコートを持って、侮られぬようにしなくては。」
カティヌだって、まだ学生だ。世慣れた世界を描きはするが、あくまで少女小説の範疇だ。
「す、すごいね。アレが口説くというヤツ?」
前の馬車から、後ろの成り行きを首を伸ばして眺めていたパールラティが頬を赤らめながら言った。
「社交辞令の範囲だと思うわ。」
淡々としているシェールと、更に興味なしで暇つぶしとばかりに本を取り出してしまったナナア。
「えーと、」
三人でいて、二人でこそこそと話すのは気が引けたが、パールラティは聞かずにはいられなかった。
「----知り合い、だよね?」
「直接話したことはないと思う。」
この馬車の、前はイシュロア卿の一行だ。いまは卿の家人という彼は、特にこちらを見る訳ではないけれど。
「偶然、な訳はなく、護衛ってことなんだよね?」
「必要と言っていたから。」
こんな長閑な保養地で何があるというのか、と訴えたが、まったく引かなかった。それで呼び寄せた男が、あのさま、という人選はただしいのか。しかし、ナンパもどきのアプローチに、黙々と荷物積みをしている青年が、何の反応もしないところからすると、この脇狂言は、黙認、公認、指示、のどれかなのだろう。
分からない、と遠い目をして、年の功あるいは場数で、カティヌから許可をもぎ取ったカルローグと、青年を交互に見遣った。
溜息をつくシェールを、パールラティがじっと見つめた。
「ねぇ、あなたにそんな態度を取れて、彼らを呼べるあの人は、」
だれ? と問う前に、出立の声が響いて、馬車が動き出した。車輪の音で、もうひそひそとした声で会話はできない。
おもしろいのは、カティヌよりカルローグよりも、このふたり、かも知れない----。
気に入っているタイトルです。




