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7 偶然か運命か

「私が侍女がいる生活をすることはないと思うけれど、」

 戦後処理の煽りで、突然父は『真白き林檎の花の都』の副長と()()()()()()()()()()()、未だ使用人がいない実家暮らしなパールラティは、課程だから仕方ない、とあきらめ顔である。目指すは島内での教師をしながらの研究だが、若い内は島外で家庭教師をする可能性がないわけではないから、後学にはなるか、と自分を慰めている。

「シェールは必要でしょうけれど、」

「私もないと思う、」

「え?だって・・、」

 島内の第一秘匿事項が彼女である。これまた偉くなってしまった父親の関係で、生徒としてはただ一人、素性を知って()()()()()彼女を不思議そうに見る。

「私が家政を直接取り仕切ることはないでしょうね。だから、興味はあるわ。」

 平民の、中層的な一般家庭からすると、一口に上流階級だが、彼女の口ぶりには、パールラティにはうかがい知れないことがある。その片鱗でも知れるなら、「体験学習」も悪くはないのか。

 かくして、何度かの事前研修があって、一行は出発した。自慢する通り、なかなかにお洒落で広い邸宅で、学生達には別棟がまるまる割り当てられる好待遇だった。実習時間は、朝食後九時から十五時まで。昼は宿舎に戻って取る。十六時にお茶の会をしながら本日の反省。あとは自由だが、

 夕食は数人ずつ本邸に招かれて、夫人や客人とともにとることもあるが、強制ではない。そして別棟には彼女たち用の使用人が付いている。

 壮大なままごとみたい、とパールラティは口には出さないが思う。対して、

「島の外に出られて、私は楽しいわ。」

と、シェールは宣い、初日の()()()()()()玄関先の掃き掃除に元気よく手を挙げた。ちなみに他はだれも希望しなくて、仕方ないなとパールラティが付き合い、もう一人はくじに負けたリアゼで、こちらは暗澹たる顔で、木陰を選んでぎこちなく箒を使っていた。

「こんな天気の良い日に内なんてもったいないわ。」

 妙に手慣れているところが、なんかすごい。

 どういうこと?と目で尋ねれば。

「お掃除担当で、お料理お手伝いだったの。」

と、朗らかに笑った。知らなければ、そんなに養家で虐げられたのかと思うが、知っていると別の過酷さが見えて、曖昧に笑うより無かった。

 体験期間は10日で、1日目と最終日は移動だから、実質は八日。ところが、地域の有力者が開く2日にわたる「行事」に招待されたものだから、結局6日となった。

 屋敷の中でも「いろいろな仕事を体験してみる」ということで、部屋付(専属侍女)、召使い(メイド)、厨番・下働きを一回は必ずやる、と決められている。各2~3名でローテーションすることになっていた。・・・のだが、半日でもいいんじゃない?と初日のミーティグで言い出して(押し切って)、結局したいことしかしない、()()()()

 本来は教員が付いて調整すべきなのだが、引率するはずだった教員が突然の体調不良で、他も出発する「校外学習」があって余剰人員がいない。職員会議で検討の末、最高学年のカティヌ・クナウが急遽、抜擢された。卒業後は教員補佐として勤めることになっているから、という人不足も甚だしい人事である。

 素行に問題がなく、引受先が生徒の親戚てあること、治安にも問題がないこと、などが、考慮されたというが---パールラティは、父親に彼女のことはいいのか、と訴えてみたのだ。決まってしまったことを、副島長が突然覆すのは、彼女のことを知らない職員室には受け入れられずむしろ邪推を招きかねない、と苦く言われ、くれぐれも気をつけるように、と娘が仰せつかることになった。

 気を付けろといわれても、戦闘力があるわけでもない。彼女がよく弁えた人物なのが救いだった。

 学生作家として著名な彼女は、初めこそ顰めつらっしく生徒たちに気を配ってみせたが、到着した途端、すっかり作家モードになって()()()()。朝とお茶の時間のミーティングには現れるが、あとは部屋にこもっているか、「取材」と称して館内や周辺をふらふらしていて、あてにならない。

 結局、()()()()()部屋付の仕事に興味はない、シェール(と、パールラティ)が、掃除と厨房を行き来している。彼女は仕事も楽しそうだが、指示系統だったり発注の仕組みだったり、館の生活を回す仕組みに興味があるようだった。

 さて、最終日。今日も今日とて、午前は外回りとホールの清掃になった。今日の午前はくじによって、ナナアもメンバーだ。

 来客があるからとホールを先にモップをかけ、置物周りを拭いて、外掃きを始めたところで、客の一行が到着した。

 隣の地所の領主だと知らされていた。隣、と言っても、ちょうど国境らしくて、あちらは『遠海』領なのだそうだ。保養地という特性上、オレノ高原内であれば、旅券は免除されている。

 若い領主は、普段は騎士として出仕していて、領地は母親が見ているのだそうだが、喪もあけたので今回は挨拶まわりで帰郷しているらしい。

 家族ぐるみの(古くからの)付き合いというのがよく分かる、慣れた感じで迎えられた若い領主が、玄関に入るまで、少し離れたところで、使用人らしく頭を下げて待つ。

 領主が招き入れられ、ポーチ前に残った随従たちが、馬から荷物を下ろしたり、馬の世話をしようと各々動き出す。三人は顔は伏せたまま、じりじりと後退した。庭の方に行こう、としたわけだが、様子を窺うつもりでちら、と目を上げたシェールが、どういう訳かいきなり腰を伸ばした。ぎゅっと強く箒を握る指が見えて、パールラティも慌てて身を起こす。

 その視線の先に、やはり、ぎょっとした様子で立ちすくんでいる青年がひとり。


 その場は、互いに動けなかったが、昼食休憩に入るのを見計らって、離れに続く中庭で青年が待ち構えていた。軽く息を吐き出して、ちょっと(昼食に)遅れるから、と自分の傍を離れ行こうとするシェールを慌てて止めた。ナナアはちら、とこちらを見たが、何も言わず、すたすた歩き去ってしまった。

「・・・大丈夫なの?」

「心配ないわ。」

「ちゃんと見えるところで! 後は大声! すぐ駆けつけるから。」

 こそこそとしたやりとりが聞こえたわけではないだろうが、シェールの肩越しに軽い会釈が送られた。なかなか礼儀正しい?

『遠海』の地方領主の家人ということだから、彼の前の勤め先ででも顔見知りだったのだろうか。


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