6 昼下がりには小説家を
ある朝、春の麗らかな陽光に照らされて、ほんのりと光っている校門文字を見たとき、何の前触れもなく、彼女はああ、と呻いた。
わたしは、そう、わたしに生まれ変わったのだ。
さて、とカティヌ・クナウは、お決まりの冒頭文を書いたところでペンを止めた。前作は時間の巻き戻しものだったから、今回は転生ものにしようと思っている。シンプルな生まれ変わりか、物語中に生まれ変わるか。
即断できず、カティヌは昼下がりのカフェテリアを見渡した。気が付けば、昼食時の混雑は終わって、だいぶ人が引いていた。天気もいいから、運動場や庭園に向かった者も多いのだろう。カティヌが定位置で帳面を広げているときは、カフェテリアでも図書室でも、その周辺ではみなが静かに振る舞ってくれる。
カティヌ・クナウは、学院の最上級生で、現在はもう後輩に譲ったが、文芸部の部長で、女学生作家として有名だ。最初は、校内の文芸誌だったが、みるみる評判が高まって、一般デビューを果たした。島内は勿論、幾つかの国で出版されている。ジャンルは「転生」や「時間の巻き戻り」で、人生を立て直し、幸せになるために頑張る(恋愛)小説だ。
インタビューで繰り返し語っているので、何も秘密ではないが、彼女は図書館の「古い本」からインスピレーションを得たのだ。もともと彼女は、「界人」がもたらした美術に興味があった。図書館で記録書を漁っていて、運命に出会ったのだ。
それは「界人」が記した記録で、その人が居た界は、“転生”が一大ブームであったのだそうだ。勿論、実際ではなく、そういうシチュエーションの小説が好まれて、量産されていた。だから、最初、そんな「物語」の中に入ったと勘違いした。他の界人にはない能力があったため特別だと勘違いし,利用され、振る舞って、そして捕らえられた。後年、天院に入って(管理されて)一生を終えた。その懺悔録であり、人生を貶めた「界落」への恨みつらみである。原本があるようだが、『真白き林檎の花の都』の図書館ですら確認できず(何処かで秘匿文書になっているのかもしれない)、恐らくは検閲済みの抜粋だろうが、とにかく、カティヌは閃いたのだ。
わざわざ生まれ変わったのなら、幸せになるべきじゃない?と。幸福な結末一択だ。なにせ、現実は、政略結婚が大腕を振っている。すべてが不幸になるわけではないし、たけの合わない婚姻もすべて幸運が待っているわけでもない。だから、せめて物語の中では、思い描いた通りの幸せであってほしい。
さて、と改めてカフェテリアを見渡した。
授業が遅く終わって、今からの昼食になったらしい四学年の生徒たちが各々トレイを手にテーブルを埋め始めていた。
「楽しみにしていて!」
と、声高に言うのは、セアラヴィータだ。「遠海」と南西の国境を接する五侯国の出身だったか。
「ティダーナ、リアゼ、シェール、パールラティ、ナナア、そしてわたし。六人も預かれる家なんて、他にはないわ。伯母様の嫁ぎ先は大きな地所をもっていらっしゃるの。」
どうやら、テーブルのメンバーは課外授業の同行メンバーらしい。道理で、普段は見かけない集合のはずだ。ネタを求めているカティヌは、常日頃から人間関係の把握に余念がない。
戦役で暫く「中止」していた「行儀見習い」の体験授業が、来月予定されていて、その打合せの流れでここに来たらしい。カティヌはばっちり中止世代だから、どんなものなのか興味がある。ネタになりそうだから、可能なら参加させてもらいたいくらいだ。
「オレノ保養地の近くですよね、」
白い階段、と称される天然の温泉地帯と風光明媚な高原の、高級保養地だ。一部は『遠海』領だが、戦災は受けることなく、終戦を迎えている。
派手好みの装いと押しの強い(指揮を執る)セアラヴィータと、その取り巻き(?)がティダーナとリアゼ。シェールとパールラティ。最近編入したナナア。6人は、3つの集合体だ。女子あるあるだが。
あの中で、主人公にするのなら、シェールかナナアだろう。
朱金の髪のシェールは、先の大戦で両親を失って、親戚の家に預けられたが、すぐ島にやってくることになった。事情は推して知るべしである。長期休暇もずっとここにいる以上、義実家との折り合いはよくないのだろうが、物質的な支援は潤沢のようで、いつも身ぎれいに整えている。
青灰のような金髪のナナアは伏目がちで、目立たぬよう振る舞っているカンジがする。これも無理矢理な婚儀を押しつけられて逃げてきたか、もしかして平民暮らしをしていた隠し子の貴族令嬢で、箔をつけるために押し込まれたか(と、カティヌは想像する)。
パールラティは、冷静な友人枠だ。副島長を父親に持ち、島内の研究の家系育ちなのは、よく知っている。想像が広がらないから、まんまになるのは、カティヌ的には不本意だ。
悪役令嬢あるいは好敵手としてセラヴィータだが、男爵位はあるようだが、商家の出では、ちょっと身分が足りない。定番はやはり王太子と高位貴族令嬢だが----いまの女子部では『白舞』の伯爵令嬢、男子部は東方連合諸国の侯爵家の次男か三男が最高位か。
---現実を、そのまま写し書きたい訳でも、書ける訳でもない。
こう現実で並べてみると、いろいろ足りないから、補って埋めて育てて、自分の中から、血と肉を持たせるのが、創作というものだ。
後輩たちを眺めながら、カティヌはさらさら、と素案を書き綴り始めた。




