5 思惑
長い長い夫人の話を終えて、客室に戻ると、客人が待ち構えていた。頬杖を解いて、姿勢を正した客人はひらりと手を振った。
「勝手にすまない。廊下で待つと言ったんだが。」
他の家人は、事情が分かっているから、まさかそんな非礼をするわけはない。
「いえ、とんでもございません! お待たせを?」
「お疲れさん、だな? かなり、話好きなご夫人だ。」
「いつもは、母が一緒だったので、…参りました。」
「あの年代の婦人にはあまり縁がないのだが、みな、話好きなものなのだな?」
「いや、人によると思いますし、娯楽が少ない田舎ですしね。」
「場所にも因るのか。」
「王都のサロンと、話題も違うでしょう。」
「そっちも分からん。」
と、肩を竦めた。
「で、館内にいるお嬢さんたちは何なんだ? 行儀見習いにしても、多すぎだろ。」
「ああ、『真白き林檎の花の都』からの体験学習だそうです。侍女とか召使を経験して、家宰の在り方を学ぶのだとか。」
「…実践的な試み…なのかな? そういう課程の連絡はなかった、んだが、突然、実施とかあるのか?」
何やら不満そうであり、
「お知り合いが来て、いらっしゃったんですよね? 玄関に居た…、」
頭痛がするというか、苦虫を潰しているというか。
「勝手だが、さきほど鳥を飛ばした。すまないが、君の友人が訪ねてきた、ということで処理してもらいたい。」
レージの晩餐会は、何事もなく終わった。給仕の手伝いには、四人の娘が入れ替わりながらはいっていたが、彼が気にかけていた少女は含まれていなかった。食事の後にお茶を飲むために移動した応接間で、もう時間外だから、と学生から夫人の縁者に戻った少女を紹介されて、苦笑いを飲み込んだ。
「セアラヴィータと申します。」
「わたしの叔母の、義理の妹の娘さんなのよ。伝統ある商家で、しっかりとしたお家なの。」
夫人に頭が上がらないレージ当主が、すまない、というようにちらちらとこちらを見ている。
「イシュロアどのはまだ騎士団のおつとめを続けられるのでしょう?」
「勿論です。」
「では、やはり、しっかりと家政が切り盛りできる奥方が必要ではないかしら! 」
夫人の話は、夜もやはり延々と続き、結局、根負けしたイシュロアは、ガレシの館で、セアラヴィータと一曲を踊ることになったのだ。
「…おまえか、」
「あなたさまは!!」
ガレシへの移動で、レージ全体がばたばたしている朝。来客を告げられたイシュロアが玄関ポーチまで出てみると、騎士の一団が到着していた。付き人の顔をして、付いてきたエヴィが呟き、イシュロアは声を上げた。
「カルローグ様!!」
人好きのする笑みを湛えたこの男は、剣豪として知られており、いまは白公領の駐屯部隊の副長に任じられていたはず。
「ようこそおいでくださいました。」
「突然、済まないな。数日、世話になる。」
「…もう少し目立たない人選はなかったのか?」
知名度もさることながら、異花陸の血筋がはっきり表れた派手な容姿だ。(私人を強調したいのか隊服ではなく、その私服も派手だ。)
「わたしに目がいけば、そのほかは曖昧になるものです。」
自信たっぷりに呵々と笑った男は恐ろしいほどの陽属性だ。
「わたしに注目させれば、他の地味な面子は動きやすい。」
「副長に敵うわけないでしょうっていうか、敵いたくありません。」
なー、と頷きあう部下一同は、エヴィが視線を向けると目を伏せて、軽く頭を下げた。
「なるほど、きちんと人選されているようだ。」
「休養中、とのことですので、」
礼はいたしません、と。
見かけは派手だが、状況把握は細やかにできる、ということだ。
「ああ、それでいい。」
こちらへ、と手招いた。外す、ということは、立ち入ってくれるなということだと察して、イシュロアは一礼して館内に引き返す。レージ当主(と夫人)に、たまたま立ち寄った同輩(にしては身分が上すぎだが)の同行許可を取らねばならない。
「無理を言った。突然の夜駆けで大変だったろう。」
「そんな柔ではありません。あなたに頼っていただけるなど、なかなかないことですので、何ごとでもお申し付けください。」
背後から聞こえたやり取りに、彼はいったい誰なのかと、もう考えるのが怖くなってきてしまっている。
「その言葉に甘えて、一人調べてほしい女性がいる。」
「ほお、女性! ……が、いらっしゃるところで、大胆ですな?」
からかっていることが、よく分かる声だ。
「不思議な女性なんだ。そうだな、ここで経験豊富なカルローグは、まさに適材適所だな?」
返る声も気が置けない。可々と愉快そうな笑いを立ててから、
「いたしましょう」
と、騎士は請け合った。
次から、今までとは少し風味の違う章タイトルとなります。学園ものっぽく…なるかな??




