4 噂話
「ガレシ、といえばね。」
夫人は、やや声を潜めた。
「今度の舞踏会でお披露目されるらしいわね。」
「披露目ですか?」
ぴんと来なくて、首を傾げると、
「パティアさまは何も?」
と母の名を挙げて、夫人はびっくりしたように言った。つまり、地域の最新話題だということだ。
「書類と面会で忙しくて。食事の時間もなかなか合わなくて。」
母とは、今回ガレシで落ち合う予定だ。
「だめですよ。お母さまもお寂しいのだから。」
「心します。それで、何の披露目です? 良い馬か宝飾品でも手に入れられましたか?」
「まあ、…違いますよ。跡目、ですわ。」
「跡目…ああ、とうとう養子をとられたのですか。」
ガレシ伯は嫡子をずいぶん昔に亡くし、嫡孫を、かの戦乱時に王都で亡くしている。
「ティバレス様とは面識はあったかしら?」
首を横に振りながら、夫人は思いがけぬ人の名を出してきた。
「ちっちゃい頃ですよ。十は違ってますから。見かけたことがある、くらいですか?」
嫡孫の、弟だ。ほんの子ども時代に、何度か行き会ったことがある。木陰や窓辺でぼんやり座っていた、顔色の悪い少年。元気じゃないから、近くて騒いだりしてはだめですよ、と母が言った。
ずっと忘れていた。嫡孫どのが亡くなって、ああガレシも大変だな、と思うくらいに思考の外だった。
「ティバレス様なのよ、跡目は。」
「ああ、じゃあ、元気になられたんですね。」
額面通りに受け取って、そう答えると、夫人はさらに声を潜めてきた。
「なら、よろしいのだけれど…、」
「ですが、披露目をするなら、そうだということでしょう?」
何が不審なのか、さっぱり分からない。
「話をいっさい聞かないのよ。いま、どういう状況なのかもさっぱり。こちらの支度の仕様がないのよ。」
「----ああ、」
「ああ、ではないわ。ガレシとどうお付き合いできるかは、我々にとって大事なことよ。相手のことが分からないと、ドレスさえも決められないわ!」
「はあ、」
「他人事みたいな顔ですけれど、パティアさまだってお困りのはずよ? ティバレス様がどんな感じで参加されるのか、お一人なのか、それともパートナーがおいでなのか。晴れの日に、まさか色被り型かぶりが許されると思う?」
つまり夫人が言いたいのは。
ティパルス卿が、健康を取り戻して晴れやかに披露目を迎えるのなら華やかにもできるが、もし止むに已まれず病身をひきずっての跡目なら、抑え気味にした方が心証はいい。また、彼が独り身なのか妻帯しているのか、独り身でも婚約者はいるのか。そのあたりは主役に配慮して避けるのが礼儀だ。
「…まあ、いろいろ持っていくしかないでしょうね。」
としか、答えられない。
「そうね、やっぱり。ああ、トランクを増やさなきゃいけないわ!」
と、言う夫人のさまは、いつかの自分の妻のものだろうか。と考えると、やはりまだ、いいかな、とイシュロアは思ってしまう。
「あら、シェールさんはご一緒じゃないの?」
できる限りひっそりと戻ってきたのに、目ざとく声をかけられた。
「知り合いが偶然来たらしくて、ちょっと話してから戻ってくる。」
パーラは被っていた帽子を椅子の背の角にひっかけて、昼食の席についた。
「隣のご領主が来たんでしょう?」
「そう、お茶をだしたわ。」
「どんな感じ!? 若いんでしょ!?」
きゃいきゃい、と情報交換をしている三人を横目に、本職のメイドが注いでくれたスープを口にする。
「『遠海』の士官だそうよ。父親が亡くなって、一昨年家督を継いだんですって。家族は母と妹と弟が一人ずつ。で、花嫁募集中!}
そこで、キャー!となるのがよく分からない。
今日は、冷たいジャガイモのスープだ。添えられたパンにジャムを塗る。
「今日の夜会、給仕のお手伝いでしょう。お会いできるってことよね? 」
「そう、今夜はお話できないけれど、顔を覚えていただいて、ガレシのお招きではお話できるかしら。」
玉の輿、狙いというもの、だろうか。学院の男子も、そこそこ良い家の子弟がいるはずだが、当主、というのは大きい、のか?
「----遅くなりました。」
急ぎ足で、食堂に入ってきたシェールは一堂に軽く会釈して、パーラの隣に座った。
何となく、眉のあたりに憂いを感じるが、それほど親しくない他の面子には変わらないように見えるだろう。
「あら、もういいの?」
セアラヴィータが、スープ皿が下げさせながらいう。
「なんだか、すごい勢いだった、らしいじゃない。積もる話があったのではないの?」
パーラは、ナナアを見遣る。居合わせたのは、自分と彼女だ。
「隣のご領主の家人なんでしょう? 」
「家人!? えーと、そう…です、ね?」
何やら混乱していたのは一瞬で、にこりと笑った。
「私の、祖父の実家に仕えるお家の方ですわ。いまは隣のご領主さまのところに身を寄せていて、ええ、そう、供で来たそうです。そうしたら、まさかの偶然で。思いがけすぎて、共にびっくりしましたわ。こういう再会は、とてもうれしいものですね。」
真正面から応じて、関係も明らかに再会を喜べば、勘繰りの楽しみもない、というものだ。
そう、良かったわね、とトーンダウンして、一同の話題はまた今夜の晩餐に戻っていく。
策士!? と見やったが、彼女は静かにスープを啜っていた。




