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「翠炎城」9

「・・奥方、」

呼びかけ方に、少し悩んだ沈黙の後、青年が切り出した。

「あなたは《《綺》》をどのくらい為せますか?」

「わたくしは、『遠海』の直系よ?」

 大族の跡取り娘らしい性の強さを見せる彼女は、だからこそ対する相手が、形はともかく下民ではなく、対等の匂いを感じ取っているようだった。

「綺力の訓練に参加されたことはありませんよね?」

「当たり前ではなくて?」

 フォガサ夫人が不愉快そうに眉を寄せているが、本人から言葉がきちんと返ってくるのは、そういうことだ。

()与は?」

「それはたしなみですわ。」

「----ですか。」

 どちらが案内《住人》か分からない位置で、いくつもの角を曲がり、廊下は奥へ奥へ、階段は下へ下へ。煙と怒号と悲鳴に背を押されながら、あるいは後ろ髪をひかれながら進む。

 一度、「大…公・・!!」と切れ切れの、しかし敵愾心に満ちた遠い叫びに、その娘はまろぶように足どりを乱しながらも、きゅっと唇を噛んで、立ち止まらなかった。

「----ここ、なの?」

 この城(サクレ)に北門はない。天然の城壁たる山脈の切り立った崖とすれすれに古い塔が立っている。本来の用途はおそらく罪人の収容だろうが、現大公下では何にも使われておらず、朽ちるに任せた状態だ。深窓の姫君はもちろん、護衛の騎士たちも、初見だったようだ。夜闇の中に、おどろおどろしく立つ古塔に息を飲んで立ち尽くす。

 ここまで来れば、と小姫君を護衛の一人に渡した青年は、晩秋の下草を踏み分けて、一人、塔に近寄ると、迷うことなく蔦を切り落とし、現れた扉の蝶番を剣の柄で叩き壊した。

 もう驚く気力もないな、と思いつつ、

「よく、扉の位置が分かったな?」

と、ガイツはとりあえず突っ込んでみた。

「まるで、この塔を見たことがあるような迷いのなさだ。」

「塔の扉なんて、立地で決まっているようなものだろう?」

「そんなものか?」

「ああ、」

 カンテラに小さな火が灯った。火は闇を喰うように瞬いて、そして闇は喰われまいと、あたりを更に深く沈める。濃い闇の中から、くつくつと笑い声がした。

 やはり、引っ掛かるはずもなかったか。

「・・・悪かったな、下手で。」

「安心するよ。」

 カンテラをまた別の護衛に託すと、ちょっと待機で、と青年は塔の中に姿を消した。ガイツの傍を通り抜ける際、傭兵の指言葉で()()()()()()

()()()()()()()()()()見た。」

 

 「地下に通路があるの?」

 ややして、招き入れられた一行は、埃の密度に顔を顰めながら、床にぽっかりと口を開け、暗闇の底に続く階段を見ることになった。

「降りるだけです。城外れの塔に秘密の地下道では、定番べたすぎて、危険です。また、このあたりは岩盤が硬く、建城には良いですが、通路と為るほどに地下を掘削するのは大掛かりになりすぎて、隠せないでしょう。」

「地下室、なのですか?  ここに隠れて、救援を待つのですか?」

 フォガサ夫人には、まだ、事態が飲み込めていないようだ。

「確かに、こんな誰も知らない塔なら、近隣からの応援が駆け付けるまで隠れられるやも知れませんね。」

「水も食料もなく、入り口を閉ざせば、真っ暗。かといって灯を点ければ、あっという間に窒息します。」

()()、どういう、」

 つもりで、案内したのか、と気色ばんだフォガサ夫人を、姫君が制した。

「ここに、《シンラの門》があるということでしょう?」

「あのような手妻、」

「お父様が行けとおっしゃったのよ。」

 闇を見透かそうという目で、きっぱりと言う。

「わたくしはただの公女だけれど、世の中にはわたくしが知らないたくさんのことがあり、世の中のたくさんが知らないことを知る人たちがいることは分かっているの。国王陛下やお父様、四方公爵方が見ている世界は、わたくしや乳母やが見ている世界ではないのよ----そうではなくて?」

 確信を込めて、姫君は青年を顧みた。

「あなたの年のころの方を思いつかないけど、----それもまたわたくしが知らなくて良いことだからなのでしょう?  あなたの家系いえは、()()()。」

 つん、と厭そうに言われたのは、青年にも想定外だったようで、困惑したように首を傾げた。

「理屈じゃなく、肌がひりっとするのよ。血は争えないっていうの?  あなた、独身時代のわたくしに一番つき纏い、隙あればデューンに絡んでくれた…」

 咄嗟に、青年は口の位置あたりに人差し指を立て、姫君の言葉を遮った。

「…聞き及ぶ限りで、熱情的というか節操ないというか即物的というか、権力志向ですから、まあ、ですよね、あなたを手にしたかったでしょうし、あなたにはご迷惑な努力をきっと、全力でやったでしょうね。」

「ええ、もうそれはそれは。」

 これは駆け引き、だ。

 正体の知れない相手と、得体のしれない《シンラの門》。生まれてずっと守られてきた絶対的な庇護者《大公》無く、幼い娘を抱えて、姫君はなんとか、保障を欲しがっている。

 青年の出身が分かったというのも、はったりだろう。当時、彼女の婚姻をめぐる上流階級の狂騒曲は巷でも噂の的であった。玄家以外の公爵家、いや嫡子以外で釣り合う年齢の男子が在った有力な家なら、参戦していたはずだ。えげつないやり方も、特定的ではあるまい。

「申し訳ありませんでした。」

 青年の優先は、姫君たちの脱出。何としても、なだめすかし()()

 言葉遊びのようなものでも、追い詰められた姫君には()()だったから。

「こんな風に償いの機会があって良かった。」

と、()()()()吐いてしまえるのは、本当におとなになったものだと、思う。


 その()は切り出したものの、用途がなく放置されたように、小さな地下空間のすみに立っていた

「これが、《シンラの門》なのですか?  わたくしが目にしたことがあるのは、大きな石と、小さな石が組み合わさったかたちですけれど。」

「型は一定ではないようですよ。ただ、これに関しては、予備です。」

「そうですの?」

「ええ。サクレのメインは、街中の----そろそろ攻め手(凪原兵)によって壊され(倒され)ているでしょう。」

「どうして、わざわざ・・、」

 ただの石碑を。

「シンラの遺跡に拘るヤツの思い付き(やつあたり)です。」

 つるりとした黒い表面。御影石のようだが、よく目を凝らすと奥の奥で、小さな光がひっそりと点滅している不思議さだ。

「こいつは基本は個人利用です。()族なら負荷なく渡れますが----お連れになりますか?」

 乳母と護衛が4名。

「当たり前でしょう!」

「起動者----あなたに相当の負荷がかかります。通常の設置ならば、そのあたり分散するような仕組み(システム)なんですが・・・これにはない。」

 石をチェックしながら、淡々と言う。

「しかもあなたは、綺を使う訓練を受けていない。彼らはここに置いて、娘御とテュレに抜けて、救援を求められた方がよい。」

「一緒よ。」

 彼女の返答に迷いはなかった。

「もはやわたくしのお城ではなく、ここは敵地だわ。残るなんてありえない。それともあなたが彼らを脱出させてくださるの?」

 青年は言葉を返さなかったが、軽く首を傾けた仕草で姫君は察したようだった。

「残したりしないわ。」

「いのちに、・・・かかわると言っても?」

ぎょっとしたのは、乳母だ。姫様!?と声を上げたのを、姫君は制した。

「わたくし、箱入りらしいわ。丈夫な箱に、真綿をこれでもかと敷き詰めて、さらに柔らかな布で丹念に包まれて収められているらしいの。そのわたくしが、ひとりで何かできるとお思い?」

 高飛車に言い放つ。

「さあ、わたくしにそれの扱い方を教えなさい。わたくし、ダンスも楽器も、本番は特に見事だと言われるの。」

 青年は静かに、深く息を吐きだした。楽観的かつ忠告を聞かない姫君の態度に呆れたようであって、…ほっとしているようであった。ガイツ以外が気づいていたかは分からないが。

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