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「翠炎城」8

 シンラの門は、神族が残したと伝わる遺跡の中で、最も身近で()()()()()()。花陸各地に点在しており、5枚の花弁の形で立つ形状が一般的であるが、特に維持管理がされていないものは、経年により、倒壊したり欠損している。

 そこ、に映るテュレの列石は、町から鉱山に続く森の中にあって、天気のいい日の子どもたちの遊び場だ。サクレは、南門傍の広場に立っている。

「…こちらは、今回、使えません。場所が悪い。もはや敵陣だ。到底たどり着けない。」

 サクレの立石の泡鏡が消える。続けて、テュレの泡も。幻夢を見たのか(狐につままれた)、と互いに目を見かわす中、青年だけが、

「やはり、あちら(テュレ)を起して、同時起動したということは、常時接続リンク設定だったわけだから、負荷がなくて良かったのに。----()()()()()、間に合わないのか。」

隣にいるガイツだけが聞こえる呟きと、フードの下で、唇を嚙んだような気配がした。

予備サブの門から、設定し(つなぎ)ます。」

「つなぐ…?」

「ええ、大公おおきみ。伝承に語られております。シンラは門から門へ渡り、花陸のいずこへも瞬きの間に身を移し、人々を導いた、と。ああ、わたしは勿論、幻の神族(シンラ)ではなく、ただの綺族の裔です----大公や姫君と同じ。」

「儂はシンラの門の使い方なぞ知らんが、」

 喋るほど、胡乱さが増していることに、青年は気づいているのだろうか。そして、問答する間に少しずつ、戦の気配が寄せている。

「失礼ながら、申し上げます。」

ガイツはたまらなくなって、口を挟んでいた。

「おれにもさっぱりなのですが、こいつがものすごく真剣なのは確かです。人を欺いたり、担いだりすることを楽しめるヤツではありません。おれが----父親として保証します!」

「父?・・・その方が?」

付き人くらいに思っていたはず。不信というより、不思議そうだ。

「義理・・養いというか。でも、大事な息子で、家族です。」

 現役時代でさえも想定したこともない雲上人だが、言葉を止めようとは思わなかった。とはいえ、言葉がうまいほうではなし、事態がわかっているわけでもないから、ただ溢れるに任せるのだが。

「怪しい言動だとはおれもまったく同感ですが、ここに来るまで、随分悩んで・・・でも心を決めて、閣下に面会を申し出たわけです。何を隠したいのかも、さっぱりですが、真っすぐ注進に上がらず、間者のような代物を拘束したり、城壁に上がって、攻城機を潰せないか諮ったりしておりました。つまり、何とか直接ではなく事態を打開したかったようでしたが、結局、ここに来ると決めたということは、もはやなりふり構わず何とかしたいという思いをわかっていただければ・・・!」

「・・・ィッ、っ」

 強く、マントの裾を引かれた。

「----いいから、」

「いや、行いはちゃんと伝えるべきだ。それが報酬に加算されるされないは置いても、やったことで事態が良くも悪くも動くことがあるんだから。この稼業も、一人で背負えるものなんでない、報告連絡相談は基本だと。」

「また懐かしい言葉《傭兵心得》を・・・いや俺は、俺に科せられた始末をつけたいだけだから、」

「すみません、真面目なタチなんで、つい偽悪的な物言いになり----反抗期はあまりなかったんですが、」

「反抗期っと、あのな、」

 フードの下は赤面していそうである。先までの重々しい声音が、すっかり普通の若者のそれになっていた。

 だれかがフッ、と息を吐いた。くすくす、とさざ波のように笑いが空間を満たした。轟音は絶え間なかったが、重く苦く、恐怖が積み重なっていく胸から、幾何の暗さが消えた。風が吹いた。

「----行きましょう。」

 姫君も笑い含みの声で言った。

「どうやら、とても心根の優しい方のようですもの。そして、()()()()()、旦那様がお連れになった方----本人がいらっしゃらないのは、とっても不服ですけれど!」

姫君は、美しい一礼を父親に施した。

「わたくしは、必ずこのを守ります。どうぞ、父様もお気をつけて。」

 察するものはあるのだろう。暫し父親と抱擁した姫君は、硬い表情となって、行くわ、と連れを促した。すっかり眠ってしまい重くなった小姫君を抱いたフォガサ夫人が、向きを変えようして、思わずたたらを踏む。青年は反射的に夫人を支え、思わず、というかたちで小姫を抱きとった。

「かなり移動します。・・・騎士のどなたかに運んでいただいた方がよろしいでしょう。」

「いや、それでは、とっさの盾になれぬ。途中で敵と出くわした場合、我らは留まって、姫様方をお逃がしする。」

 受け渡す一瞬が、()()()()なるかも知れない。

「----俺がお連れしていいですか?」

 一瞬、困惑したように腕の中の小姫を見下ろしたが、戦場を知る顔で、すぐ切り替えたようだった。走りやすいように、腕の位置を調整している青年に、大公が近づいた。孫姫の顔を見たいのか、と体の向きを変えた青年の腕の中に顔を寄せるようにした大公は、

「そなたは、儂の若き日を導いてくれた御方と、生涯によりそってくれた友を思い起させる。」

 孫の顔を見ながら、静かに言った。はっとしたような青年は見ず、ふわりと孫の頬を撫ぜる。

「影彷、とはよく言ったものよ。懐かしき影に会えた。----頼む。」

「きっと。」

 それが。

 サクレ大公、前国王クロムダートととの最期のやりとりとなった。


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