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2 死の六角形から その2

 「----それだけ声が出るのなら心配ないだろ。」

 悪びれた様子はなく、そう言い放った男に、

「頭領!」

と、目を三角にした女性が引き返してきて怒鳴った。

「ほぼ平たい子どもにおれが何かするとでも?」

「そういう問題ではないので、」

 口を閉じておいてくださいとビシリと言い渡して、布の向こうに追いやった。

「ごめんね? もう誰も寄せないようにするから、安心して身支度して?その間に何かお腹に優しいものをもってくるから。あ、辛かったら横になっていていいから。」

 再び彼女もいなくなり、恐る恐る(入口()からは目を離さずに)掛布を外して衣服を纏った。洗濯された訳ではなかったが、砂は丁寧に払われていて、下着は新しいものだった。

 機敏とは言えない動きで衣服を纏っただけで、酷い疲労感に囚われた。ぱたりと床に横たわった。布の天井が小さく震えて、吹き付けた砂が擦れて落ちる音が聞こえる。

 まだうまく思考は回らなくて、感情も動かない。ただ茫然と宙を見上げていた。

 どれくらいの間だったのか----たぶん、その時に感じたより、きっと短かったに違いない。女性は盆を手に戻ってきた。半身を起こしたところに、最初に渡されたのは木の椀で、薄く濁った液体で満たされていた。

「脱水がひどいから。」

 甘くて、しょっぱい。不思議な味だが何となく舌に覚えがあった。敷布の傍らに吸い口があって、片付けようと取り上げた女性が、わかった?と笑う。

「意識がない間はずっとこれで飲ませていたの。」

と、説明された。

汗もかけないくらいの重度の熱射病だった、と。

「正直だめじゃないかと思ったんだけど、踏ん張ったね。」

 この女性や自分の看護に協力してくれた人たちが投げ出さずにいてくれたからだと、理解する。

「ありがとう、ございます。」

 本当は額づきたいが、強張った体はうまく動かせない。

「砂に半分埋もれて、除けもつけずによく、地下蟲の餌食にもならず拾われたことがまず強運だ。そういう子は大事にしなきゃ、こっちの運も逃げちまうからさ。」

 女性は空になった椀と代わりに粥のようなものが入った椀を交換した。

「絶食後だからね。物足りないかも知れないけれど。ゆっくりお食べ。」

「はい。」

「おもての傷はその火傷くらいなんだけど、」

 着替えた時に気づいた足に巻かれた包帯からは薬草の臭いがした。昏倒したはずみで衣服がまくれ上がったそこは熱砂でひどい火傷を負っているとのこと。

「痕は少し残るかも? でも若いから、すっかり治るかも? 顔じゃなくて良かったよ。」

 顔はうまくマントというかずた袋に包まれていたらしい。

「ただ、内臓(うち)の方は見えないからね。何か違和感があったらすくに言うんだよ?」

「分かりました。」

 匙を渡され、食べるように促された。麦かと思ったら米の粥だ。目を瞠れば、

「多分こっちが食べやすいだろうって、頭領が。その顔だとあたりだね。」

 同じ南の花陸の民でも、東の花陸との交易が主である東側と北の花陸と交易する西では主食が異なるから、食べなれたそれがとても有難かった()()を、後々にも思い出した。

 ゆっくり、と何度か注意されながら、粥の椀を空にした。もう一度、先の甘じょっぱい水の椀を出される。

「まだ安静がいいんだけど、頭領がどうしても話がしたいと言っているんだよ。通して大丈夫かい?」

 頭領とは先の男だろう。ここは彼らのテリトリーなのだから、本来許可など不要だろうにと思いつつも黙って頷いた。女性は悪いねと眉を下げて、つと立ち上がり布の端から顔を外に出した。声はしなかったから、直ぐ近くにいたのだろう。大柄な男が、邪魔をすると言いながら今度は礼儀正しく入ってきた。女性はもとの場所から足元の方へ移動して、男は女性のいたところにどっかりと座した。二人きりにしない心配りに女性に目礼してから、思い切って男と目を合わせた。

 砂の民らしい、よく日に焼けた肌。年齢は父親と同じくらい、だろうか。遮光性の高い布で作られた巻き帽子(ターバン)は、必要に応じて目覆や耳覆を出せる(多機能)仕様のものだ。

「さっきは済まなかったな。」

 まず謝罪がきて目を瞠った。粗野な大男と思っていたが、翠の瞳は穏やかだった。

「----こちらこそ、助けていただいてありがとうございました。」

「礼はタォンに言ってくれ。」

 だれ、という目に、女性が犬、と口を動かしてフォローしてくれた。

「あいつが妙に砂を引っ掻いて、あんたの服の先っぽに噛みついたから掘ってみただけだ。ま、生きた()()を掘り出すとは思っていなかった。」

 前言撤回。デリカシーというものは持ち合わせないようだ。

「ここではいろいろ使い回さんと成り立たんからな。」

 死体であれば追剥も厭わないと当たり前の顔で言ってのけるのに、自身の常識がついていかないのと土地の苛烈さを感じ取って、ただ無表情で聞いていた。

「----そいつだ。」

 掛布の上に投げ出されている左の手首に向かって、男は顎をしゃくった。細い手首には不釣り合いな、ごついバングルだ。

「その腕輪をしている以上、おれたちはあんたにどうしたいのか聞いておかねばならん。つまり----()()()()()()()()をだ。」


 



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