1 死の六角形から その1
死の六角形----中央砂漠の俗称である。
広大な砂漠である。
この花陸は沿岸部を除けばほとんどが乾燥地帯だ。住人の殆どは海岸沿いに設けられた六つの街に住むが、周辺の僅かな耕作地はその住人の生活を支え切れるほどの実入りを上げない。街の生活は他花陸からの輸入品で賄われる。その対価となる輸出品は、六つの街を線で結んだ内側の砂漠----特に深奥部、六つの村に囲まれたところから生み出される。
死の六角形の中の、更に蟻地獄、とも呼ばれる、決して抜けられぬと囁かれているところである。
砂海。
波がどこまでも続くように、砂がどこまでも続く。
砂漠をそう表現する詩を聞いた時はなんて美しい表現なのだろう、とうっとりしたものだ。銀の砂がさらさらと風紋を作りながら流れて、蜃気楼が地平線で揺らめき、砂丘を越えれば緑のオアシスが不意に目を射る。
陽が落ちれば星が砂のごとくに頭上に広がり、銀の月が船のように漆黒を渡る。昼の熱を散らすような風に、どこからか弦の響きが運ばれていく。
----夢物語。妄想。あるいは絵本の綺麗な挿絵。
靴を履いていても不愉快なほどに熱を感じる砂。風は熱い空気を掻き回し、剥き出しの部分に砂粒を叩きつける。
目も鼻も口もざらざらし続け、一歩を踏むたびに足場は崩れて体力を奪っていく。
殺されなかっただけマシだと運ばれてくる間は思っていたが、温情ではなく、悪意だと気づいた。
すぐには死なないように、最低限の装備と食料を持たせて、ここを切り抜けられたら助かると希望をちらつかせて、より深く絶望の中に落ちて死ぬことを期待されている。うすら笑っている顔が思い浮かんで、腸が煮えくり返る思いだ。
----いや。
もう実際に煮えている。・・・気がする。
からからの口。水筒の水はあと一口。最期のお守りのようなそれ。水場が見えたのなら飲める。
この砂丘を越えれば、という一抹の望みは何度消え去ってきたことか。
ぐらぐらと怒りに揺れる頭は、けれど次の一歩を踏み出す意地を作り出す。
血液が沸騰し始めたのではないかと思うように暑い----熱い。
解放されたときに投げ渡された、僅かな食べ物と水筒の入ったずだ袋を分解したマントもどきの下で力のない息を吐く。それでも、罅割れた唇を結んで、もう視界は昏くなっていたけれど、踏む砂の先に救いがあると、諦めきれずに次の歩を踏み出した。
必ず、生きて。
きっと、問いただす。
我が家に、家族に何が起きたのか。理由もよく分からぬままに放り出されたこんな場所で、物言わぬ身になってたまるか。
けれど。
砂漠はそんな人の思いなど、砂の一粒より知らない。
目が醒めるとじっとり酷く汗をかいて、全身は鉛のようだった。
ひどい頭痛を堪えながら身を起こそうとして、掛布の下の体が素裸なのにぎょっとした。
慌てて布を引き上げてから、周囲を見渡した。
掘っ立て小屋、というよりは適当な棒を立てて布を張っただけの。
すのこのようなものを並べた上に薄いござをひいて、その上に横たわっていた。
----記憶は、・・・とんでいる。茫然としている間はなく、
「気が付いたね?」
そこが入り口か、と一見ではよく分からないところから女性が入ってきて朗らかに言った。
とりあえず、と抱えていたものを寝具(仮)の傍に置く。それは身に付けていたものの一部のように見えた。
素肌は心もとなくて手を伸ばそうとしたのだが、ちょっと待っててと出て行こうとした女性と入れ違いで、
「・・容態は・・?」
と男が顔を覗かせたから、枯れた喉の限りに悲鳴を上げた。




