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epilogue ~omote

保存した、と思ったのに、システム障害で消えてました・・・。

 彼女は祈るように首を前に折る。

 婚礼の衣装を思わせる長く引いた裾が翻り、ボートの形を作る。まるで彼女は舳先の船首像のさまだった。界魔たちが一斉に、蟲が集まるように重なり合い、へし合いながら舟にまとわりつく。グロテスクな歪んだボールのような舟は氷の上を滑って、浮いたと思った時には、矢も届かぬ空の高みに昇っていた。

「・・なにを、」

 しようというのか。

 界落者----界魔に変じるものたちは、界の向こうにある別の世界からやって(落ちて)くる。

 自分の世界から切り取られて落ちてくる()()たちも不幸だが、界落される(こちら)にも物的・人的に被害を受けることがある。

 嵐や日照りと同じ、界落という()()()()も、()()の身ではどうやっても避けることができない不運で、かつ、それは一方通行の事象だ。

 戻る、戻す術は、ない。北の花陸(ノーデ)には、界を越えていった竜王の伝説があるというが・・。

「本当に、こちらから向こうへ・・?」

 ソラマメくらいの大きさになった時、伏せろ!と軍師が叫んだ。

 空間が激しく揺らいだ。まずは光。それから光を飲み込む闇。叩き潰そうとするほど、地面をこそげ取ろうとするほど、風が入り乱れ、肉体を内側から破壊しそうな、轟音が響く。

 何もかもを粉々に砕く巨大な鉈が振り回されているようだった。その場に居た者は、飛ばされぬよう地に伏せ目も開けられず、この世の終わりを感じるだけだったが、城の外に居た者たちは朱と玄、二色ふたいろの光が天に伸びて、縦に、横に、傘を開くように広がったのを見た。

 音と音。光と光。力と力。

 衝突し、凪となった。

耳鳴りがするほどの静寂が、漸く通常の風の音に戻り、次いでバラバラと霰のような()()が一帯に降り注ぎ始めた。

 蹲って頭を庇っていた『遠海』の軍人たちは恐る恐る顔を上げて身体に打ちかかる大粒のそれらを茫然と見つめた。大きいものは大人の拳ほど、小さいものは小指の爪ほどで、尋常の霰ではないのは冷気を発しておらず(溶けることなく)、何より色とりどりのことだ。

 恐る恐る手を伸ばそうとしたところを、

「触るな!!」

 国王の一喝が止めた。しかし自らは手袋を嵌めた手で、小さめな一つを慎重に摘まみ上げた。暫しじっとそれを睨んでいたが、

「念のため、素手では触れぬようにして、一つ残らず拾い集めよ。」

「陛下、これはもしや・・、」

 察しのいい騎士の一人が空を見上げた。空の罅はそのままで、青に乳白色がまじったような具合だが、そこに()はない。

 王は摘まんでいたそれを床に落とした。

 界石あるいは魔石、と呼ばれることの多い----綺で固められた封印の。

「これだけを、お一人で・・、」

 畏怖と驚嘆を込めて騎士は呟いたのに、その青年の名を絶叫する声が重なった。修羅場なれした女海賊は、見た目は儚いが誰より動じることはなかったのに、脅威も去った今、聞いたことがない切迫した声だ。

 見覚えのあるマントの端が、膝をついた薬師の体の向こうにちらりと見えた。

 雪の中で傘をさした人が長く留まった跡のように、矢盾の下で堪えた跡のように、ぽっかりと何も落ちていない。数知れぬ戦いの中、どんな危機に陥っても飄々と危地を切り抜けてきたのだから、と己を宥めるその足元からとてつもなく嫌な、冷たい予感が這い上がって動悸を上げていく。傍に駆け出そうとしたのに目の端に煌めくものを捉えて、足は止まった。

「ライヴァート!!」

 急き立てる理由は分かる。

 「天旋」において彼女たちはかけがえのない戦友で幹部だが、『遠海』では客分の他国人だ。国王(かれ)の決断無くしては運ぺない事柄がある。

 すぐに行かねばと思ったのに、国王はつま先を僅かに斜めに向けて、目を射った光の方へと向かっていった。

 ひとつ。他の石とは離れて、衝撃で窓があったと判る残骸の壁際に、転がっていた。表面が細かな罅で覆われて不透明に濁った蒼白い石だった。歪に歪み、削がれたように欠けている。欠けた面は滑らかで美しく光を弾く。

 美しさと醜さを----立ち竦み、見下ろし。

「----結局、名前を聞くこともなかったな。」

 そして、()()()名乗りもしなかった。

 それで良かった。いや、結局はそれだけだった。

 再び名を呼ばれた。踵を巡らそうとして右の肩越しに見て、歩き出しながら、拾い上げていた。

 手袋越しにもざらりとした、ハトの卵ほどのそれを、青年の下に向かう動線上に、彼が命じた通りに動き出した回収隊がいた()()、通りすがりに渡せばいいと思ったのだ。

 

お読みいただきありがとうございました。「響界」編はこれで幕引きです。

「omote」ということは「ura」もあるわけですが、それはまたいずれ。



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