「翠炎城」1
古馴染みを案内してきた義娘は、背とソファの背もたれの間に挟んだクッションを調整すると、客人に一礼して部屋を出ていった。
「すまんが、このまま失礼する。」
傍らの松葉づえと、投げだしたままの左足を交互に見ていた旧友はもちろん、と頷いた。
片手に提げていた籠をどん、テーブルに置く。果物と花と葡萄酒らしい瓶がぎっちりと詰められている。見舞いと土産らしい。
「----これはうちのおやじさんからだ。」
小綺麗な小袋を差し出した。
「…カゼリス殿には、ご丁寧に、と。もう少し体が利くようになったら、きっとご挨拶に伺う。」
「いや、本当はおやじさん自らここに来るべきなんだが・・・。言い訳だが、後始末に追われていてな。おれも、もっと早くこようとは思っていたんだ。」
古馴染みは深く身を折った。
「本当にすまない。何の取返しにもならないことは分かっている。うちが斡旋した件で、こんな、」
「『理の槌』は信頼と好意を「我が隊」にくれただけだ。こうなったのは、あんたらのせいじゃない。運が悪い時が巡ってきたということだ。団としては、けじめをつけなきゃいかんだろうが、おれらへの罪悪感は無用だ。」
緩く首を振ったガイツをじっと見つめて、それから、どさりと腰を下ろした。大きなため息が続く。
「逝っちまった連中の家族への見舞金やおれも含めて治療院の経費を肩代わりしてくれて、『遠海』に賠償金の交渉もしてくれていると聞いている。本来おれがやるべきことだが、この状態だからな。そちらが進めてくれて、皆安心している。」
「----ああ、そちらはきっちりやらせてもらう。」
謝罪不要、という姿勢を崩さないガイツに、がりがりと頭を掻いて、そして左足を見る。
「やはり----辞めるのか?」
「リハビリすれば、日常のゆっくりとした歩行は何とかなるくらいに戻せる…らしい。」
「…そうか、」
寂しくなる、と古馴染みは呟き、ふと思いついたようで言葉を続けた。
「お前の子どもたちはどうするんだ?」
「義娘は、おれの世話をすると言い張っているな。世話はともかく、あれも年頃だから、こんな世界と切れるには、良い頃合いかも知れない。義息の方は、この稼業でまだ生きていくだろうな。----あれが、今回参加してなかっことは、不幸中の幸いだ。」
「----彼は、…うちに来る気はないだろうか?」
「おい、」
東ラジェで五指に入る----それはつまり大陸でも有数ていうことだ----傭兵団の副長自らの勧誘に、呆れたようにガイツは首を振った。
「だから、そんなに詫びてもらうことではないと…、」
「実際、若手の有望株に数えられているだろう? 目立つ振る舞いはないが ≪巌のガイツ≫の薫陶を受けて育った腕前だ。読み書きもできる。らしからぬ穏やかな振る舞いもいい。髪の色だけはアレだが、見目も悪くない。荒くれな仕事しかできないのとは一線を画している。おまえの隊を離れる気はなさそうだから、皆声をかけなかっただけだ。…うちが合わないというのなら、『紅の蔦』や『冷泉』も、二つ返事だと思うぞ?」
「----あいつが行くというなら、構わないが。」
ありがたい話だとは思ったが、どこにも行かないことは確信していた。
今回、義息が参加していなかったのは『遠海』の正規軍か関わる案件だったからだ。大きな傭兵団ほど、各国上層部とのやりとりも多くなるし、その団の方針に逆らうえり好みはできない。
目立つ振る舞いをしないのは、意志なのだと、仮にも親を名乗る以上、ガイツには分かっていた。
決して関わろうとしなかった『遠海』に青年が仕えるようになったのは、その意志を変える出会いがあったのだろう、とガイツは思う。
朱玄公爵はずっと興味深い人物だったが、養い子の心を溶かした(おそらく身を隠さなくてもいいようにもしてくれた)いまはもっと会いたくなっている。




