53 よくある転生少女の転落 その16
夢の中で、かく、と落ちる感覚のようだった。
夢なら多少の気持ち悪さと共に夢だと認識して目覚めるものだが、足元が失われて下へ下へと落ち続けた。
高層から転落すると途中で意識を無くすと言うが、まさしくその通り意識は薄れ、気が付くと、物の影もできないほどの光溢れる場所に居た。
「ここに落ちてくるなんて、そんなこともあるのだな。」
興味深そうな、しかし尊大な響き。
現実では聞かない、アニメや映画の中の登場人物のような言い回しだと思った。
だから。
「・・神様?」
と、口をついていた。
頭にあったのは、やはり 読み過ぎている異世界への転生(転移)もののオープニングだ。
転移なら大勢の人が待ち構える大広間で気づくものだろうから、これはきっと転生(または憑依)にちがいない(夢の中であったとしても)。生まれる前に、こんな場所が挟まれて、詫びられたり頼まれたりして、次の生に向かうのだ。
光が強くなり、目が開けていられなくなった。
体の中を何かが通り抜けるような風が吹いて、一瞬意識が白くなる。
「神、さま?」
もう一度、呼びかけてみると先ほどより、ぐっと砕けた声が戻ってきた。
「うーん、わたしは神ではなく----そう、神の下僕、かな。」
なかなか、しない聞かない表現である。
「えーと、天使ということかな?」
「ロマンチックだな!!」
返ってきたのは爆笑だった。笑いは収まったが、笑い含みのままに語った。
「わたしはねぇ、神に騙されてこの界に落とされたのだよ。」
「あなたが堕天使ということ? それとも相手が悪神なの?」
ファンタジー的な設定から立場を尋ねたが、応えはなかった。何かをしている気配が遠くにあって、ふ、と目の前の空間が四角く切り取られた。
「ようこそ、世界の涯てへ。」
上から落ちてくるゲームのピースのように、光点が画面の上から下へと降る。底まで落ちた光点はゲームのように滞留するものもあるが、大方は勝手に爆発して消えてしまう。
「・・・なに?」
ルールがよく分からないと眉を寄せているうちに、画面が切り替わる。データー画面から、CG映像に。
幻想動物を召喚するゲームのように。
犬、と思ったものが、ケルベロスのような姿に。
小鳥が、四つ足の奇妙な昆虫のように。
変化する? 進化する?
人間も、普通の等身、普通のフォルムから、ろくろ首のように、あるいはラミアのような様に。
変身、変化。
幻獣、亜人を、変身しないひとが狩りとっていく。
「RPGなの?」
脳裡には、かの有名なオープニング曲が響き渡っていた。
「わたし、まさか戦いの旅にでるの!? 天使を堕とした悪神・・魔王を退治する?ストーリーなの?」
いろいろ跳びすぎて、きっと夢だろうという感覚に入っていた。
「頼もしいね。」
くつくつという笑い声。ひどく近くで声がした。
「そういうのがお好みなのかな? 」
気が付けば、側に人影が立っていた。黒いマネキンのようにのっぺらぼうだ。
「残念ながら、ここは彼のおもちゃ箱にすぎない、とわたしは思っている。」
「おもちゃ、箱?」
「裕福な子どものおもちゃ箱だ。子どもが知らぬ間に、たんとおもちゃが補充される仕組みの。」
黒い指が画面を指すと、丸い花びらのような形をした五つの大陸(筒状花からまだ離れないであるように三つは寄り添うように近くに、あと二つは風に飛ばされて離れた場所に散ったように位置する)が、鳥観図のように映し出された。
「彼は気紛れにおもちゃ箱を漁って、この界という生きた箱庭の模様替えをする。箱庭の中の人形が、どんなに大切に苦労して積み上げた石垣でも、彼の都合であっさりとどかされてしまうんだ。わたしもそれが面白いと思っていた時がある。けれど、」
もうたくさんなんだ、と倦んだ声がした。
「----彼との連絡が途絶する緊急事態となれば、サヴ登録者に認証権限が通知されるとまことしやかに囁かれていたんだが、」
罪を、告白する。
「仕向けて、彼はいなくなったのに、結局、|何も変わらずに時間は過ぎていく。わたしは、わたしたちが居た界に帰りたい!」
どうすればいい、と狂おし気に訴えるこの人は・・・正気なのだろうか。
「----そこに、君が落ちて来た。」
どろり、とした声が彼女を包む。
「わた、し・・?」
「君こそ、救い主だ。わたしの、そしてこの界の。この世界の底へと数多落ちて来た中で君はとても特別だ。これこそが運命だ。」
「運命・・特別?」
「界落をずっと観測してきたわたしが保障する。どうか、わたしに力を貸して、この界をあの神の横暴から解放してほしい。」
祈るような、縋るような声----救い主を求める時の、アニメの響きだ。
ぐん、と信憑性が上がったが、そこで選ばれし者と胸を張れない心理もまた現実感だった。
まあ、つまり夢の中だと思っていた。所謂、明晰夢。それまで、見たことはなかったが、そうだと。
「わたし、に何をしてほしいと言うの? 何が、できるの?」
のっぺらぼうの中に、瞳が浮かび上がった。灰色に緑が煌めく双眸が彼女を見据えた。
「帰ろう。我々の、界へと。」
堕天使だというのなら、誘惑が本分かも知れない。
「蟻地獄の界か抜けた例は今まで一つしかない。だから、君ならば、可能性がある。」
接続詞が間違っているのではないだろうか。怪訝に眉を寄せる彼女と裏腹に、熱のこもった言葉が続く。
「おもちゃ箱をひっくり返して、全部ぶちまけて、君の選択と行動でこの界を動かそうじゃないか!」
夢ならせいぜい格好よく、転生なら有利な条件で・・と思う、物語の一丁目一番地で、ゲームの初期選択のような数冊の本が現れ、画面の中ではなく3Dで、点滅しながら回転し始めたときには、なるほど、と自分の想像力の貧困さを感じたものだ。
「道行は君のものだ。わたしはそれに協力しよう。」
神の遣いは嬉しげに笑った。
神が悪神、という逆転ものはよくあるから、どこかのストーリーに影響されたのだな、と思いながら、
「君が歩きやすい道を楽しもう。」
と請け負った神の遣いに、願いを告げた。
----軽い思い付きの。
そうして。
夢の中と信じた、世界の涯で、なじみ深い乙女ゲームの設定と信じて、その道を、自称、神の下僕が道案内・・いや、お膳立されて、歩いた。
終焉へと。
出会いだけは本当に偶然、あとは作為ばかりの界を----。
詐欺師との出会い、というべきでしょうか。




