51 よくある転生少女の転落 その14
彼女は、東ラジェで潜伏していた。
東ラジェでは、『凪原』の残党狩りが、『遠海』と『夏野』の合同で行われている。
「----馬鹿げてる、」
カーテンの隙間から、街を見下ろして彼女は呟いた。
速やかな避難のため、桟橋を破壊し、港湾施設に多大な被害を与えた自分も悪かった、と反省している。
が、それだけなら『夏野』は同盟を破棄しなかったはずだ。
決定打は、『夏野』国内を移動中の国王一行が火中の栗を拾う真似をしたからだ。
『遠海』のサクレ大公女が、対岸の街道を通ったのを見つけたお隣さんが馬車ごと攫ってきたのだ。確かに人質として有用だったかも知れないが、目先の利に走ることを兄なら止めたに違いない。
結果的に。『夏野』に、『凪原』を切る理由を与えてしまった。
同盟国とはいえ、敗軍だけで国内を通行させたくなかったのだろう。つかず離れず、護衛という名の監視の騎士団が付いていたというのに。
馬車を持ち上げて運んだ異形のお隣さんを確認した騎士団は、ただちに大公女を奪い取り、同盟の破棄をその場で言い渡してきたという。国王に対する礼儀、として『夏野』の実力者である王弟が同行していたとはいえ、この即断は時機を見計らっていただけの決定ではなかったか。
勢いが『遠海』に傾いたのは目に見えていて、切る口実----『凪原』の非を待っていたに違いない。
王弟は言ったという。
「我らを欺き、密かに界魔と通じ、ひとの命を軽んじ、花陸を乱した。」
つまり『夏野』も被害者だと主張したわけだ。
兄によって、お隣さんや狩鈴の意味はぼかされていたようだが、見返りは運び込まれていたのに?
「これ以上の非道を見逃せない・・なんて、お芝居の台詞か、だわ。」
かくして、『夏野』から『凪原』は切り捨てられた。
彼女は窓から離れると、髪を目立たぬようにきつく編み込みスカーフを被った。
「妃殿下、ど、どちらへ?」
「外よ。」
「な、なりません! 」
慌てて止めるのは正しい。
「じゃあ、代わりにあなたたちが買い出しに行ってくれる?」
王妃の侍女と近衛騎士。男爵令嬢である彼女よりも、出身家が高い彼らが異郷の市場でさりげなく買い物ができるとはとても思えず、彼らもはっきりと狼狽えた。
「・・勿論であります。」
気を負った顔で、彼女が差し出した籠に手を伸ばす時点であてにできない。彼女は籠を手元へと引いた。
「行ってくるわ。」
食べ物は降って湧くものではない。
言葉は追ってきたが、彼らが扉の向こうに出てくることはなかった。
本来なら国王と一緒に東ラジェを離れるはずだった。
『遠海』の追撃を振り払うために祈りすぎた彼女は衰弱して、東ラジェの活動のために名義を隠した潜伏先の一つに担ぎ込まれた。『夏野』から王妃が同行していなかったことは『遠海』も知るところになり、大々的な捜索が行われても、隠れ家は『凪原』にも伏せた場所であったから今のところ難を逃れている。
すべきことは、『凪原』王都に帰ることだ。
東ラジェを出て、街道を北へ。道はそれ一つ。祈れば身を守ることはできるが、馬に乗る技術もなければ、翼を生やしたり空間を捻じ曲げたりする異能もない。
「特化型、というのかな。こういうの。」
火力は絶大だが、防御と移動力が低くて、必ずパーティが要るタイプの。
----はっきり言えば。
ゲームの記憶は焦燥のためなのか、にわかにぼんやりとしてきていて、どう進めるのが正解なのか判然としない。
決断をするのは彼女の役割ではなかった。
いや、決断はしていた。
兄が示す選択肢から。
なのに、兄はいなくなってしまい、ステータス画面も開けず、助言もなく。
「バッドエンド・・?」
心もとなく呟いた。
運命の人と引き裂かれて、東ラジェで・・・捕まったらどう、なるのだろう。
リセット、またはループは・・あるのだろうか。
死刑台に送られた主人公が、やり直しする物語はあまたある・・から?
不安で千々に乱れながら、坂道を港近くの市場へと下りていく。
隠れ家は港から離れているから潮の臭いはほとんどしないが、市場が近づくと喧騒とともに鴎のような海鳥が空を横切り始め、潮がきつくなってくる。好きじゃないな、と彼女は思う。船の上でも何度も思ったが、むせかえりそうになって、馴染めない。
だが、戦争のため東ラジェの商隊も通常の交易はできず、だいぶ活気は落ちているというが、市場の活況はきらきらして見えた。
見たこともないような品物が積み上げられた露店が延々と続いていて、呼び込みの声が賑やかだ。
----こういう街から始まったら、どうだったのだろう。
ビーあすに東ラジェが舞台の展開はないけれど。
・・ビーあすって・・何だったろう・・?
棒立ちになった彼女に、どんと後ろから誰かがぶつかってきた。
「ぼーっと立っているんじゃないねぇよ!」
たたらを踏んだ彼女に捨て台詞を吐いた後ろ姿が遠ざかった----が、少し先で留められた。押し問答があった末、留めた者を振り払い、逃げ出した。脱兎のごときその速度に目を瞠った彼女は、こちらに歩いてきた男に更に目を大きくした。
「スリだよ、お嬢さん。」
鮮やかな金の髪の男との再会だった。
三度目は、縁。




