46 よくある転生少女の転落 その9
「ご、ごめんなさい。」
失望された、と思ったら肩が竦んだ。
ごめんなさい、なんて、そんな可愛らしい語感の言葉を使ったのはいつ以来だろう?
「いや、怒ったんじゃない、」
強張った表情を、怖がらせたと取ったらしい。男は慌てた様子で、眉を緩めた。
「すまん。ムダにデカいんだから、女子どもに接する時は常に愛想よくと仲間にはよく言われるんだ。」
「・・ムダに、」
なかなか容赦ない形容だ。
「立っているだけで暑苦しい、とか。」
へにょり、と眉が下がると強面が一転、何だか親しみやすい雰囲気になる。・・と思った。
「----まあ、」
騎士も傭兵も、そこそこ見慣れたが、確かにこれほどの存在感ある戦士はそういない。
「でも、だから、とてもお強かったですわ。胸がすっといたしました。」
彼女は膝を折り、男に礼を向けた。
「助けていただいてありがとうございました。まさか、こんなに街の様子が悪いとは思わず、軽率でした。」
美しい礼ができたと思う。びっくりしたように目を瞠った後、男は眩しいように目を細めた。
「家族には言って来たのか?」
「・・今は一人でおりますから。」
嘘は言っていない、と胸の内で言い訳て。
「少し具合が悪くて、一人でこちらに留まっていたのですけれど。もう発ちますから、その前に名高い景観を一目見たくて。」
「----ああ、」
物見遊山気分で治安の悪い街に出てきて危ない目に合った頭の軽い女だと思われた、だろうか。
伏せ目がちになった視線の先に、手が差し出された。
「お供しましょう、お嬢さん。」
え、と目を瞠って視線を上げると、悪戯っぽく笑っていた。
「有名だものな、ここの奇観は。そりゃあ見ないで発つのは心残りだよな?」
「は、はい、」
「いっしょだ。」
実は、と。
雲間から現れる太陽みたいな、笑顔だと思った。
「オレもいつか見てみたいと思っていて、・・・宿舎を抜け出してきた。」
「どちらの、傭兵団なのですか?」
下心が、ないわけはない。
「うーん、団というか、ほんの数人の小さなチームみたいなもので、」
「でも『凪原』に御力をお貸しくださるのでしょう? ありがたいことです。」
エスコートの腕を差し出してきた男はきっと良い家の出なのだろう。傭兵なんてみんな訳ありだからと、先入観でそう思った。
「お嬢さんはなんで戦地に? オレなら、家族には安全な場所に居て欲しいけど。」
「そう、ですわね・・・、」
「すまん、立ち入ったことを聞いたな?」
「構いませんわ。先の戦で父を亡くしまして。国元には頼る人もいませんし。」
「ということは、好いた相手がこっちにいるのだな!?」
「勘の良い方ですのね?」
「おお! 仲間たちに聞かせてやりたいな! 鈍感だ、空気を読め、無神経だ、とか散々だぞ?」
「おおらかでいらっしゃるということですわ。」
「素晴らしい言い替えだ!」
呵々と笑う横顔を見上げた。夫、とは言いたくなくて----いや、寵妃でしかないのだから、正式な婚姻ではない・・・。
「----婚約者の助けになりたくて、」
漸く、言った。
言葉を受けた顔をみたくなくて、道の先に目を投げた。
「いじらしい方だ。お相手は幸せなことだろう。」
「ありがとうございます。」
湖までは、四半時ばかり。ふつうの上層貴族令嬢なら、歩こうなどと思わない距離だったかも知れない。
けれど。
彼女には苦でもない道のりで、そして。
この界で気が付いてから、一番楽しい道行であった。
と、のちに思う。




