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45 よくある転生少女の転落 その8

 若き国王が執着し、戦場に伴うほどに寵愛している妃である。静養のために入ったのは、主がそっくりいなくなった領主館の棟の一つだったが、街の喧騒が届いて体の障りになってはいけないとばかりに、周囲は念入りに人払いされ、固い警備が敷かれた。

 ただそれは外から内に対してであり、内から外には案外と目は届かない、というか、まさか深奥から護られている人が自ら出てこようとは思いもよらぬ。

 昔のように----と言っても、ほんの一年ほどか----髪は下ろして(髪色には簡易な髪粉を施した)、耳飾りも首飾りも外して、指輪は細い鎖に通して服の内側へ、化粧っ気もなく、すっきりとしたデザインの服を着れば、一人街歩きを楽しんでいた時のようではないか。

 台所脇にかかっていた褐色のマントを借りて、適当な籠を提げ、

「お疲れ様でございます。」

と、丁寧に挨拶をすれば、幾つもある門の前に立つ警邏の者たちは、ある者は横柄に、ある者は寡黙に、事務的に頷いて、()()()買いだしを見送られた。

 方角(地図)は頭に入れてきた。昼から酔いの臭いが立ち込める大通りの端を、足早歩いて、目に留まらないよう努めていたのに、半ばも進まぬうちに行く手を塞がれた。

「・・・なんでしょう?」

「やっぱり女だ・・・若いな?」

 ヒュー、と唇が鳴ったのと同時に、断りもなく、ぐいとフードが引っぱり降ろされた。()()茶色の髪がこぼれ出て、明るくなった視界に瞬きしながら、き、と顎を上げた。

「無礼でしょう!?」

「お嬢ちゃん、お供は?」

「おりますわ。」

 薄ら笑いが降ってきた。

「へぇ? でも、逃げちまったんじゃねぇ?」

 居ても、逃げてしまうだろうと言いたげで、周囲をぐるりと取り囲まれていた。

「給仕がしわ皺な婆ばっかりで辟易していたんだ。ちょっと酌をしてくれよ。」

「そうそう、まずは酌でお互いについて知ってもらうところからな? おれらは紳士だからなあ?」

 面白いことを言ったとばかりに、ガハハハッと耳障りな音を重ねた。

「紳士ならベテランのおねえさまの方が落ち着いて飲めて嬉しいのではなくて?」

 昔()()、こんな無頼漢とすれ違うことすら無理だった。

「おお、気が強いねえ?」

 小娘の虚勢としか思っていない男たちは、にやにやしている。

「気だけじゃないわ。」

「へぇ? もしかして女騎士様でいらっしゃいましたか?」

 バカにした物言いは、彼女の体格がまったく武闘派とは縁遠い華奢なものだからだろう。

「担ぎあげて連れて行っちまえ!!」

 背後からそんな乱暴な声さえ上がった。

「・・()()()()、か?」

 流し目に、ひやりとしたものを感じはしたのだろう。僅かに首をひいたが、第六感より下半身の思考が優先されたようだった。

「エスコートしてさしあげようじゃねぇか!!」

 だみ声とともに肩に伸びてきた腕を----ぬ、と割って入ってきた手が払って、別方向からの手の主は足払いをくらって地面に転がった。

「いい年をして、盛りのついた犬のようだな。」

 背中に庇われた。

 下がっていなさいと修羅場の中とは思えない声に言われて後ろに下がり、欠けた石畳の端に靴のかかとをひっかけた。バランスを崩し、尻もちを、何とか座り込む態で回避した。

 いきり立ったならず者を、素手で、相手に抜く間も与えずに伸していく。彼も抜こうという素振りもなかったが、腰の剣は通常のものより広刃であり、それを得物とするに相応の、鍛え上げていることが上着ごしにも分かる体躯の男だった。

「----まったく、いくら戦は数とはいえ、士気というものはどうなんだ?」

 無様に伸びた仲間を引きずって、「覚えてろ」と上ずった声で叫びながら逃げていく背に、男は呟いた。

 定型の捨て台詞を本当に吐くんだ、と半ば感心した思いでいた彼女の前に、腰を屈めた男が手を差し伸べた。

 乱闘を終えたばかりとは思えぬ穏やかな眼差しだった。命芽吹く新緑の瞳だ。

 おそるおそる手を重ねた。

「・・冷たい手だな。」

 彼女の体を引き上げつつ、眉を顰めた。

「怖かったんだな、気の毒に。」

 もしかすると、恐怖で腰を抜かしたと思っていたのだろうか。ただのアクシデント、と説明しようとして・・・止めた。

「足首とか、腰とか、痛めていないか?」

 優しい声音と労りに満ちた瞳に、胸の中でトゥン、トゥォンと音階が跳ねた。

 鮮やかな金の髪と翠の瞳。日に焼けた肌。着古した服、使い込んだ長靴。簡易な胸当て、手甲。歴戦の傭兵そのものの、屈強な男。

 Beyond the World ~深愛が導くミツなる明日~、通称ビーあすには、こんな攻略対象者はいない。いや、もう攻略は済んでいて----通りすがりの、背景に等しい、モブだ。

 モブ、だ。 

 何故か胸の内で繰り返した。

「供は?」

「・・・いません。」

 柔らかく、睨まれた。

「お転婆がすぎるだろう、お嬢さん。」




 


 

 

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