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42 よくある転生少女の転落 その5

 火矢川上流は不凍の流れだ。流れの速さの他に、切り立った両岸、渦を巻かせ船底を抜くような岩礁が点在し、渡し場以外での渡河は命知らずの代名詞の一つになるほどに。 

 中流域までが『遠海』と『凪原』、下流域が『遠海』と『夏野』の国境であるが、特に前者では天然の城壁であった。

 『遠海』のサクレは見張り櫓たる位置の国境の町であったが、実際に想定されていた役割は後詰めの補給地点であり、王都が陥落(おち)た場合の最終防衛地(最後の砦)であるのは他国の目から見ても明らかだった。つまりは、『遠海』が想定していた直接的な脅威に『凪原』は数えられてこなかった。

 ----逆もまた然り。

 で、あるから、最初にサクレを攻めるというアデラ男爵の進言は、奇だけを狙った妄言であると、軍部は初め取り合わなかった。

 しかし、兵は()()()()

  主体は義勇軍だ。フルーク侯爵家の悲劇に憤激する各貴族家の有志だと()()。傭兵も混じっており、寄せ集めといいつつも、軍容が調えられていく。と、なればまさか知らぬ顔はできず、息子が国王側近に入っていたプレゼートに白羽の矢が立った。

 彼が団長を務める騎士団は、親征を発した国王の親衛隊として当地に赴くこととなった。

 義勇軍は、国王の出陣に先だって姿()()()()()。『遠海』は勿論周辺国に気取られぬよう、隠密に行動し、現地で再集合をするとのこと。国王の出立も、表向きは国内視察であり、カモフラージュのため妾妃が同行する。それを聞いた時、プレゼートは「ごっこ遊びか(茶番だ)」と副官に言ったものだ。

 何のことはない。王太后という目付(重石)が無くなって、若き王は兵隊ごっこを実地でしてみたくなっただけなのだ。現地に行き兵を並べ、妃がにこにこ笑って手を叩いてくれれば、気が済むだろう。

 -----そうして今、()()()火矢川のほとりに居る。

重苦しい、鉛色の空だ。この季節には相応しくない。

自ら物見に出てきたプレゼートは己が内心を空模様に託して、長い溜息をついた。

 早瀬の対岸、垂直に近い断崖の上に翠炎城と称されるサクレの領城が見える。物見の櫓からは、道に迷った旅人が途方にくれているように見えるに違いない。

 ()()からあの城を陥落(おと)せ、と自分が命じられたのなら、どういう()があるか----まったく、浮かばない。

 というのに、森の中に調いつつあるその軍は、何のためらいも()()今夜の戦に備えて()()

 ()()すれば、()()城を攻め落とせると()()のか。

 攻城機の台座も見かけた(用意されていた)が、早瀬を渡す術も、よしんば渡しても、設置できる余地が向こう岸にのどこにもない。

 わいわい(気取られぬレベルだが)と戦支度を調える自軍のさまが、プレゼートには全く理解できずにいた。

 どこをどう見て、戦を始める気なのか。

「・・・戻る。」

 プレゼートはマントの裾を翻した。

自身の天幕に着いたのと前後して、暗色の雲はますます低く垂れこめて、とうとう白い欠片をこぼし始めた。見張りの兵が震えながら敬礼する。

 まだ晩秋だ。息が白くなるほど、手足がかじかむような寒さを想定した軍装の準備はしていない。そして、火を焚くわけにもいかない。

「こまめに交替させろ。」

という指示が精いっぱいだ。駆け出していく副官は、吹雪で隠されるように直ぐ見えなくなった。

 サクレの城門が閉じる合図だろう鐘の音が、吹き寄せる風の中、切れ切れに届いた。


 「父上!」

 王太子の側に侍っている息子と荷車が数台やってきた。

「・・これは?」

「防寒具です。」

 次々に下ろされていく荷箱。冬用の軍装一式、全団員分あるという。

「凍えていては戦になりませんからね。」

「それは。・・しかし、よく、」

 ()()()()()

 プレゼートは言葉を飲んだ。

 吹き付ける風の()()()()()()冷たさが背筋を滑り落ちていった。

「----他の隊の分はあるのか?」

 町から遠く離れた場所で、冬支度を始めようという時季に。

「ええ。準備万端です。」

 毛皮の襟のついた外套を纏い、厚手のズボンと布を重ねて縛った冬の軍靴を履いた息子はさらりと応えた。

 時ならぬ、悪天候(季節外れ)----ではないと。

「注進! 注進!」

 吹雪のあちらから哨戒の団員が駆け込んできた。真っ赤な顔で、髪は凍り付いている。

「どうした!?」

「川が、火矢川が凍り始めております!」

「・・なんと?」

 言葉を咀嚼できなかった。吹雪の音に紛れて通りすぎ、もう一度繰り返されて、それでも首は横に動く。

「馬鹿な、」

 副官と顔を見合わせ、

「参る」

「は、」

「父上、こちらをお召しになってください。」

 落ち着き払った息子が外套を捧げ持っていた。

「----お前も参れ。」

「はい。」

 そうして、びっしりと凍り付いた川面を見渡すことになる。此の世の光景とは思えなかった。同行した騎士がおそるおそる氷面に乗ってみたが、びしりとも軋まない。

「・・いったい、」

 思考は空転して、言葉なく、首を振り通しである。

 いかなる呪いかと慄く騎士団長を置いて、国王率いる義勇軍は()()()()としている。

「神の加護だ。」

 妃の肩を抱きながら若き国王が言った。

「まさに、神の御意志でしょう。」

 国王の顔を見上げて瞳を合わせながら、その妃は柔らかく微笑みさえ浮かべて応じた。

「天罰を下せと、」

「・・・ああ、そうだ。」

「陛下、御下知を。()()、待っております。」

「ああ、()()、」

 国王は振り返り、そして宣した。

「聖戦を始めようではないか!」

 鬨の声を上げる訳にはいかないが、興奮した気配が立ち昇る。

 早速、幾つかの影が滑るように氷面を向こう岸に渡っていった。スケート靴を履いているのか、とてつもない速度であった。

「ラークス・プレゼート騎士団長、攻城の準備が調うまであと僅かだ。あなたからのサクレ攻略の策は、時を見て奏上するということであったが、いまがまさにその時である。あちらの我が陣幕にて、ただちに

申し述べよ。」

「----本当にサクレに、翠炎城へ攻め寄せるおつもりなのか!?」

 国王は不思議そうに振り返った。妃は目を合わせ、ひんやりと笑った。

「あなたは予の言葉は随分軽く思われているようだ。」

 残念だよ、と白い息まじりに続いた言葉が終わらぬうちに、団長と副官、同行していた護衛の騎士たちは音もなくその場に崩れ落ちた。

 誰かが()()()()、ところは見えなかった。そもそも、国王夫妻と彼らしか、この場にはいないままた。

 少し離れた位置に控えていた団長の息子は、

「ラルキエ、」

「はい、陛下」

と国王に呼ばれて間を詰め、しらりとした顔で昏倒した父親らを下ろした。

「この寒さで俄かに体調を崩し、軍の指揮はとれぬようだ。」

「そのようです。」

「そなたを臨時の団長に任じる。」

 ぱ、と頬に赤みが差した。国王は満足そうに口の端を上げた。

「予の()()()働いてくれるであろう?」

「もちろんです!  学生の頃より、陛下のお役に立つことがわたしの希いでございましたから!」

「頼りにしている。」

 妃は、男同士の熱いやり取りを微笑ましいもののように目を細めて見ていた。

「陛下、・・あの者がラルキエ様のお役に立つかと。」

 国王の腕にそっと手を這わせながら進言した。国王が視線を向けた先から、人影が進み出て、彼らの前に膝をつき、深く頭を下げた。

「そなたが騎士団長となったと、この者が証しだててくれる。この者をうまく用いて、騎士団を掌握し、夜明けまでにサクレを必ず制圧するのだ。」

「必ずやご期待に沿ってみせます!」

 その肩を親し気に叩いて、国王は陣幕へと歩き出した。

 敬礼の後、紅潮した顔で肩をそびやかし、ラルキエは新しく配下となった者を特に振り返ることなく(当然付いてくるだろうと)足早に歩いていく。せいぜい公証人くらいに思っているのかもしれない。

「・・笛吹よ、彼らを導き給え。」

 胸の前で手を組み、そっと目を伏せたオティリエ妃は聖女のような慈愛に満ちていた。しかし、顔を上げた彼女は雪にもう半ば埋もれた騎士たちに一目もくれることなく、王の後を追っていった。


 翠炎城の城壁を越えて、サクレの市街に攻め入った凪原の騎士団は、感情を映さない、無表情な----仮面を付けたように平坦な顔を以て、暴風のような勢いで一夜にしてサクレを掌握した。まさに「虚心坦懐の働きよ!」国王が賞賛したことから、「虚心騎士団」として畏怖される存在となった。

 



 


 

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