41 よくある転生少女の転落 その4
本来の主演女優を差し置いて、舞台袖の進行役が朗々と語る。
「歴史に名を残す国王になりたいのでしょうか、『遠海』の王は。彼は前王の倍近く王座にいますが、その評判は前王にまだ及ばない。」
創世の亖剣を奉じてきた、古き王国『遠海』。聖なる国、花陸の守護としての矜持が強い。
その国が、他国に謀略を?
かつて、シャイデのあちらこちらで国同士の戦争が当たり前だった時代。『遠海』も当事者であったが、仕掛けられた戦を買ったり、同盟国の救援に出たり、の戦模様だった。
「もはや『遠海』もふつうの国です。綺族こそ多いですが、彼らの長たる四公家は名ばかりとなって久しい。玄公家は断絶し、亖剣の主は数代前の朱公が最期で、他の二家は二百年以上生まれていない。---おそらく、もう生まれることはないでしょう。」
やけに確信的に男爵は言い切ったのだ。
「今まで労無くして抜きん出ることができた国を、これからも一目置かせるためにはどうすればいいのかと、思い悩むのは為政者としてふつうのことではありませんか?」
男爵は 国王に向かって小さく頷くような仕草を送った。
「これを、」
と、国王が宰相補佐を側に寄せて巻紙を渡した。
「親書でございますな。・・『遠海』からの。」
届いたこと自体は周知の事項だ。だが、その後、国王の諮問がなかったから、儀礼的な弔意書簡だと思われていた。
「なん、と! 『遠海』から婚姻の申し込みですか!?」
亖剣の継承について他国に明らかにされていることは少ないが、血に継承わる(と、伝え聞く〉のは間違いないだろう。それを証しだてるように、四公家間も王家も血族ではない。家門内での婚姻が多く、王家の宿命のような、他国との政略婚姻でも入れることがあっても、嫁がせた記録はない。
それが許されるほど、特別な国であったのだ。とても、長く。
----だから。
「陛下の王妃に、末の王女殿下をとは、」
困惑の呟きになった。
歴史的転換のその相手として選ばれたことを光栄に思うべきか?
国王は、いや、と強く首を横に振った。
「予には子がおらぬ。妹が鬼籍となったいま、これを申し込んできた『遠海』の思惑は明らかである!」
国王夫妻に、後継者が生まれて----国王を除けば、『凪原』は『遠海』の血脈と為る。
・・・かも知れないが。
調略として捕らぬ狸の皮算用的すぎるのではないかと、一笑に付す者があって良い場面だった。しかし、成程、という説得力ばかりが強くなった。
この日ここに集まり、生き延びることができた幾人かが後々に述懐したが、《異様な熱気のようなものが波打って、渦を巻くように、広間を侵食した》のだ。
「予の妻は、真実の愛で結ばれているオティリエだけだ。予の決めたことを----我が国を軽んずる『遠海』をこのままにして良いものか?」
「否!」
「フルークは貶められ、もはや戻らない。我らは悼むだけで良いのか!?」
「否!」
人々は口々に、『遠海』に対する敵意を口にし、拳を振り上げ、足踏み鳴らした。
瞳には、喰われる前に喰え、とばかりの好戦的な色を浮かべた。
国王は微笑み、妃へと手を差し出した。
若く、美しく、それは似合いの一対だった。
妃----オティリエは慎ましく伏せていた目を、そうっと上げて広間を見渡した。撫でるような、投網を投げかけられたような、そんな感触の眼差しを受けて、貴族たちは陶然たるように国王夫妻を見上げていた。
「予の下に集え! 予と共に進むか!?」
「是!!」
壁際には、新しく召し抱えられた侍女や侍従、下座には振興貴族、入り口には兵士----新しい顔ぶれがじっと動かずに控えて、渦を巻くこの熱狂を取り囲んでいた。
彼らの目が、反射でなく光るのに、手が奇妙にわななくのに、だれが気づけたというのか。
つまり、術は始まっていたのだけれど、おおよそ知ることも、気づくこともなく、命果てたのは幸せであったのかも、知れない。
所詮は答えの出ない問いである。




