40 よくある転生少女の転落 その3
二部が、始まる。
予定される物語のために、一部では伏線もなく人物が死んだり、結婚していたり、修行が完了していたり、する。強制力、あるいはご都合主義といい、クソゲー呼ばわりに片足を突っ込んだことになる。
レーヴェン殿下は、予定通りの日取りで即位式を迎えた。その興奮も覚めやらぬ十日後、観劇に出かけた王太后と王妹を乗せた馬車がぬかるんだ轍に車輪をとられて横転。外に投げ出された王太后は即死。王妹は意識がないままに王宮に運ばれたが、暁を待たずに亡くなった。
祝賀から一転して通夜になった王国だが、新王は悲しみを堪えて政務に邁進し、やがて人々は若き王を支える乙女の存在に目を向ける。
学園時代に惹かれあったが、当時、王太子には婚約者があり、女帝によって生木を裂くように別れを強いられたのだとか。王太子は、愛のない結婚はできないからと自らを有責として婚約を破棄し賠償を支払ったのだそうだ。学園を退学させられた乙女は実家で謹慎生活をしていたが、恋しい人の不幸に矢も楯もたまらず、葬儀に駆け付けていた。遠く、若き王を見つめていたが、彼女の姿を見かけた王の側近が、王には支えが必要だと手引きをし、二人は再会したのだとか。
純愛は支持され、慎ましい乙女らしく、王妃ではなく妃として、華々しい式もなくひっそり王宮に入った。
そうして。思わせぶりに、幕は上がる。
「残念な話がある。」
主だった宮廷貴族たちを集めて、国王は切り出した。
「フルーク侯爵が亡くなったことは皆も知っておろう。」
ざわ、と同意の波が渡る。
「屋敷が火事となり、侯爵も妻も、息子も逃げられなかったという痛ましい報告に、予も胸を痛めておったが、・・不幸な事故ではなかった。乾燥する季節とはいえ火の回りがあまりに早すぎた。改めて調査をさせたところ、だれかが館を襲い、侯爵をはじめとした家中の者を手に掛け、火を放ったということが明らかになったのだ。」
酷い話に同行していた奥方の何人かが気を遠くして、気付け薬が行きかい、部屋の外に運び出されていく重篤者もあった。
「馬車が襲撃されたとか、現場でとある一族の紋を付けた兵士が見かけられたとか、銀の髪の娘が物陰にいたとか----聞くに堪えない憶測が乱れ飛んでいたが、」
そして、火事は罪を認めての自裁ではないかと囁かれていた。
「そんなことをする侯ではない、と予が調査を命じて明らかになった。」
王座からじろりと睨まれて、慌てたように身を震わせる者は多数だ。
「建国以来の名家にして、今代も誠実なお人柄であることは皆重々承知しておりましたとも!」
王太子の婚約者を出す----即ち、次代の外戚として推されるほどに。
「予とエルーシア嬢の間には、知っての通り不幸な行き違いがあった。しかし、憎み合って別れたわけではなく、きちんと話し合い互いの納得をもって解消されたのだ。」
王は悪びれもなく言うが、目の当たりにした関係者は目を泳がした。
「フルーク侯爵は王家を恨んでいる、ということにして、国内を乱したい者が罪を着せたのだ!!」
ざわざわと、波は激しく広間に立ち、渦を巻きながら、また広がっていく。
「いったい何者がそのようなたくらみを!?」
利のある者を疑え、という法則によるのなら、フルーク家がいなくなって、せいせいするのは、国王とその妃ではないかと、だれもが疑っている。
「狙いは我が国の弱体化である!」
その国王は、きっぱりと言った。
「予は即位して日が浅い。だが、王太后からようよう学んでいけるはずであった。また後継もまだおらぬ。後ろ盾である母と妹を失い、そして我が代の宰相となるはずの男すら奪われたのだ!!」
宰相? それは婚約破棄とともに、ご破算になったのではないか? ざわりざわり、騒めきは止まらない。
「エルーシア嬢はいずれ予が側近のいずれかに嫁ぎ、別の形で予を支え、侯爵も戻ると内々に話をしていたのだ。」
高位貴族令嬢で王太子妃教育を長く受けたエルーシア嬢に比して、下位貴族の出で学園すら卒業しなかった妃では、やがて力不足になるだろう。エルーシア嬢の役割について王の言葉の裏を読み、公妾が既婚者であった歴史を鑑みて、下世話な未来(既に失われたが)を想像した者は多かったに違いない。
「我が国は大いなる庇護者と次代の血の柱、導き手の三つを一時に奪われた! さらには、それを国内の問題と為して混乱に陥れた!」
穏やかな、大人しいと思っていた国王の激しい怒りの形相に、一同は目を見開いている。
「これに----宰相補佐!」
亡き王太后に長く仕えた老宰相は今回の一件の心労でさすがに床に伏せ、副宰相は空位。宰相室の文官の主席が、代理として務めている。
「彼をここに!」
「は、はい。・・アデラ男爵、こ、こちらへ!」
下座から、壮年の男が進み出た。
見かけない顔だと貴族たちは目を見かわし、どこからともない囁きが、男が寵妃の父親であると伝えた。
「その方が得た情報をここに述べよ。」
深く一礼した後、男は深い響きのある美声で応えた。
「『遠海』のたくらみにございます。」
隣国の一つだが、火矢河を挟んでいるために『夏野』ほど関係は深くないが、仲がこじれている訳もない。
「わたしは商いをしておりますので、あちこちから色々な情報が入ってまいります。大抵は、朝もやのようなつかみどころなく霧散していくものですが、稀に香の煙を嗅ぐのです。」
消えないもの、という喩えらしい。
「火矢の渡し場を、バラバラにですが、商人ではない風体の者たちが越えたとか、上げ底のような造りの重い荷が渡されたこと、その以前に、とある織工房に中隊分くらいのマント用の生地が、鍛冶工房には、模様のないシンプルなマント留めが同じくらい、そして上等な紙・・が発注され、引き取られています。」
何のつながりもないような、商品の動きだ。
どういうことだろう、と首を捻る観客の前に、いまの話題に出てきた品物が運ばれてきた。
厚手で質の良い暗色のマント、平たい楕円のマント留め。それぞれの大きさに切り取った紙を糊で貼り付ける。
そして。呼び寄せた者に、そのマントを纏わせ、そのマント留めを付けた。
あ、と驚愕の声が広間に大きく鳴り響いた。
フルーク侯爵家の兵士が立っていた。広間のざわめきが収まるのを待って、男爵は紋章をはがす。
目撃された兵士たちは、どこへ逃げ去ったのか。
みな、納得して、頷くばかりだ。
「----ペテンでございます。」
平民の出ながら、男爵はまったく堂々と貴族たちを見渡して言い放った。
彼こそ、主演であるとばかりの存在感で。
----(隠し攻略キャラでも、攻略が確定した二部では)舞台装置、でしかないはずなのに。
彼女のための、世「界」であるというのに。
誰も。彼女が選んだ相手すらも。
オティリエを見ていなかった。
何が本当なのか、それは「誰か」にしか分からない。




