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35 玉響から始まる

 「大団円、とはこのことだな。」

 オレノ高原から帰還した公爵が、顛末を聞いて満足そうに言ったものである。

 ただし、いささかの不服を唱えた点は、

「俺が絡んでいるのなら、そんなことも(が)あるという納得の仕方はどうかと思うが、」

「むしろ、あなたを挟まずしてどう納得のしようがあるのでしょうか?」

 そんな馬鹿なと()()()()鼻で笑い、修羅場にしかならない言い分が、祝福の物語となったのは、彼の存在を担保としたからだ。

「---俺は真っ当に過ごしているだけなんだが、」

「そうでしょうとも。」

 オレノでも大騒動が起きたし、(消えた王女を探しに行った数日で!)北の花陸と往復したらしいとか、真偽を正さねば(知っておかねば)ならない報告(噂の域)も届いている。

 彼は()()()()()()()()、なのだ。

 本人が無自覚なら、周りが弁えて対処するよりない。

「ヴァルティスどのも、御承知で迎えられたのでしょうか?」

「いや?  使えそうだ、・・・くらいかな?」

 じっとりと見られて、きちんと答えることにしたらしい。言が継がれた。

「さすがに、他国の断絶した(ことになっていた)家系まで知っていると思われるのは買い被りだ。城が吹っ飛んだ時に、書庫も文書館も消失したし、調べようもない。王家に含みのある、零落貴族だろうとは思ってはいたが、」

 城を吹き飛ばした(原因)はリセリオンが調えた、夫妻の新しい籍に承認の署名を入れる。

「どうするのです?」

「どう、って?」 

 不思議そうに首を傾げた。

「もちろん、このままこのまま働いてくれなかったら、まず俺たちが困るだろう? 」

「困ります。」

 大事な、代えがたい戦力(仕事仲間)である。

「ヴァルティス、ではなくて、アダルヘルムも、愛しい妻を得て可愛い子が生まれるところで突然無職にさせられたら文句どころじゃないだろう?」

 家名の届は受理したが、旧国の所領が戻るわけではない。が、「暁」の執政官として男が得ていた俸禄は、家族が増えても十分な程度である。

「そうでしょうけれど、そうではなく、」

 婚姻や養子縁組で名前が替わるのは珍しいことではない、が。

「出産祝いの話か?」

「違います。」

 わざとだ、と睨んだ。

「改めてフルーク侯爵としてはお迎えにはならない、という理解でよろしいのでしょうか?」

 リセリオンはちらりと、自身の机の端に置いてある「調査」書を見遣った。こちらは、露見した後に調()()()()()ものだ。

 『凪原』の建国に遡る名家で、次期王妃の実家となることのできる家格で、しかも、白氷妃の謀略で、王太子と侯女の婚約は破棄された上、大戦以前に一家もろともに家を取りつぶされているから、戦争への関与(瑕疵)がない。かつ、王家が謀殺に走ったのは、彼が計画の妨げになる有能な人物だったからだ、と白梟の領袖だった行動が証だてている。

 つまり、旧『凪原』の民を求心するのに、非常に象徴的な人物として使えるだろう。

 ----が。

「ここは【暁】だ。」

 返事はあっさりと、けれど明快だった。

 『凪原』でも『遠海』でもない、()()()

 ふ、と胸の奥を衝く思い(疑惑)がある。口には決してできない、してはならないと思うが、こういう時にどうしても、確かめたく()()

 ----ここに作られているのは、新しい王都ではなく、新しい国なのでしょうか、と。

 聞けない問いなのに、まるでその答えのような言葉が、降る。

「消えた墓碑銘を必死に読み取るより、新しい碑文は何にしようかと思いめぐらす場所だ。」

 思わず息を詰めた気配に気付いたのか、あるいは偶然か、さらりと個人に焦点を移してみせた。

「あの奥方のためには、ヴァルティスとしては勿論、『凪原』時代のフルーク侯爵としても、波風を立てぬように自分の限界のずっと手前に線を引いてきたような生き方はもはや、できまいよ。彼らが「暁」に、どんな名を刻むか楽しみじゃないか!」


 「()()()、学問所を作りたい。もちろん、この子が生まれて、落ち着いてからだけれど」

 これから、について、マシェリカは願いを口にした。

()()()、ずっと仕方ないと思っていた。兄の身代わりとしてしか学べないことも、自分の名前では薬を出せないことも。天旋から戻ってからは、癒しの聖女(これはレオニーナとの外見の取り違いのせいだろうけど)、さすが『白舞』の血筋と喧伝してくれたおかげで(あとは代王が若いヤハク伯に替わったせいも少しある)、家では好きに研究させてもらえるようになったけど、・・・だから何、って感じだよ。いま思えば。」

 苦く、かつてを噛みしめる。

『白舞』に生まれたマシェリカは『白舞』の価値観の型に嵌るしかなかった。

「ウィアトルのぼくも同じように、研究して、薬草育てて、調合して。でも、身代わりでも、特例でもなく、当たり前に一人の薬師だった。ぼくは、初めて、ぼくを生きたんだ! あの頃。ありがとう。フルーク侯爵家の皆が、ぼくを薬師にしてくれた。」

「何を言う。お前が、ルフェードとわたし、エルーシア、館や領地の民も、おまえの薬に幾度も救われた。礼はこちらが言う方だ。」

「うん、そうやって、()()()見てくれているのが、()()()嬉しい。マシェリカはそれを諦めてきた----諦めていたことにも気づかず、」

 自分の権利だったことも、特別に許されたことのように思い、その慈悲深さに感謝するようにさえ仕向けられていた----仕向けていた側も、決して悪意ではなく無自覚(因習)仕業(擦りこみ)だが。

 『白舞』が価値観を守るのは、『白舞』の選択(自由)だ。

 だったら、と瞳を強く輝かせて、将来(これから)を語る。

「わたしは・・ウィアトル・シカ・フルークは、新しい場所を作りたいと願う。ぼくのような女性が、あるいは『白舞』の血筋ではなくとも、心のままに薬学を極めたい者に応える学び舎がほしい。いや、要るんだ。」



フルーク侯爵家編? はもう少し続きます。

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