29 花や昔の花ならぬ
帰「暁」したヴァルティスを待っていたのは、こちらももの言いたげなリセリオンであった。
首謀者(共犯者)は静養でオレノ高原に旅立っている。
「まさか、このようなことが動いているとは思わず、」
無理矢理送り出した、という。
「一言言って下されば、」
「まったくだ。」
国王の意向が絡んで、言えなかったこともあったとは思う。
絶対の権力者であるのだから、下々はただ従うことが正解なのかもしれないが、溜息はつきたい。
「それで・・・マシェリカ様は?」
執務室には二人きりだが、声を潜めた。
「会ったのだろう?」
「公爵閣下のお客様が到着されるという報せを聞きまして、」
強張った顔でリセリオンが報告する。
出迎えは不要ということだったが、屋敷と使用人を揃えて迎える客人である。律儀な性質の彼は執務の合間を縫って妾宅(とは勿論知らずに)訪ねていき、出くわしたという。
「王都に在る時にマシェリカ姫には会ったのか?」
「いいえ。御挨拶をしたいと申し入れたのですが、都合が合わず。腑に落ちました。」
「身代わりの顔も知っていては猶更な。---セリィ、であったぞ。例の。」
絶句した。そして。
「・・マシェリカ様は、素性は明かしたくないと申されていました。『白舞』には帰らない。死んだことにしてもらってもいいし、その代わりの者がマシェリカとして生きても構わない、と話されましたが、まさか・・あの娘はまだ、そのまま留まっているのでしょうか?」
「陛下にはマシェリカ姫がいる方がいいのだそうだ。」
縁談除けに。
「それは、信じて良いのでしょうか?」
「ん?」
「まさか、界人の女をそのまま正妃に設えるということはございますまいな?」
リセリオンは顔を強張らせている。
「あの女は、古聖語を解するという点だけが今のところの特異ですが、いつ何時崩れるか知れない界人であることに相違ない。それが王都で国王陛下の傍近くに暮らしているなど、何かあったら、」
「陛下御自身が強い綺をお持ちだ。そのあたりの危機管理はお二人とも抜かりはあるまい。」
「『凪原』を滅亡に追いやったのは、界魔白氷妃ではありませんか!! 『凪原』は王をはじめ重臣ことごとく白氷妃に魅入られて、国を乱したのでしょう!? その轍を踏むような愚かなことがあってはならないというのに!!」
常には冷静な男が、まさかこうも取り乱すとは思わず、ヴァルティスは正直なんと返すべきか分からず黙っていた。
「----すみません、あなたの御国でしたね。」
沈黙が彼を落ち着けたらしい。そして、少し申し訳のなさそうな顔をしたが、ヴァルティスはゆるく首を振った。
「いや、正しい。我らは見抜けなかった。そんなことは想像の外であった。だが、今は違う。だれもが、白氷妃という、界魔が化けた妃がいたことを知っている。」
ヴァルティスは、言う。
「界落の何たるかを恐らく全花陸の誰より分かっているに違いない公爵が、盟友であり親友でもある主君のもとに、彼女を遣わしているということは案ずる必要はないという何よりのメッセージだと思う。」
「はい、」
「----戻られたら、きっちり説明していただくとして。」
報連相は基本だ。
「いまはまずマシェリカ姫に御不自由がないように取り計らわねば。」
「はい。買い物に街へ出たいという申し入れがありましたので、明日、我が妻を同行させる予定です。年も近いですし。出産の経験もありますから、お力になれればと。」
「それはいいことだ。」
体を動かすのも気持ちを晴らすのも。
「ヴァルティスどのもお会いになりますか?」
「----いや、」
少し考えて、
「わたしまで挨拶に赴けば目ざとい者は何者かと囀りかねぬ。お子が生まれて、「暁」の生活にも馴染んだくらいの御挨拶の方が気も使われぬだろう」
それに、と苦い笑みが滲んだ。
「同じ月数くらいで妻と子を亡くしている身が訪ねるのは不吉だろう。」




