表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/186

24 まなかひにもとなかかりて

少しだけセンシティブな表現あり、かもです。

 「驚きの早さだ。」

 昨夜の今朝である。また非常識な何かを用いたのかと思ったが、

「サクレにいた。」

と、明かされた。昨夜こちらを発った使いが夜中について、折り返して来たのなら妥当な到着時間だ。

「そりゃあお疲れ様だ。」

「まったくだ。」

 じっと見てくるのに、何となく居心地が悪くなって、へら、と笑うと溜息をつかれた。

「----どういうことだ?」

「なにが?」

「なにもかもだ。」

 寝台脇の椅子にどさりと腰を下ろした。

 マシェリカは朝食を終えて、食後のハ―ヴ茶でゆったりとしていたところだった。寝台から手が届く位置に置かれたポットはまだ温かいから、もう一煎を入れて、予備のカップで差し出した。

「これ、五、六煎は風味替わりでいけるから。」

 案の定、喉が乾いていたらしい青年は一気に(やや湯が冷めていた)飲み干し、茶請けのドライフルーツを遠慮なく口に放り込んだ。そして二杯目を自分で淹れて、それも飲み干した。

「----で、」

「うん」

「あんたが王都に向かう途中、ここ(テュレ)で寄り道したのが四カ月前だ。」

「そうらしいね。もう夏になっていて、びっくりだよ。」

 窓の向こう、気温の上がりそうな青にちらりと視線を流した。

「で、その間の記憶はない、と?」

 こんなに頭痛を堪えているような渋面は見たことがない、と思いつつ、

「うん。」

と迷いなく頷いた。

「まったくか?」

「うん、さっぱり。朝になったら思い出しているかなあとおもったけど、いやぜんぜん。」

 朗らかに言ったが、眉間の皺が深くなった。

「いい苔がありそうだな、と壊れた柵から、旧鉱に入ったところまでは思い出せるんだけど。」

 採取に適当な、動きやすくて裂けたり染みたりしない革の上下を着て、野宿に重宝するマントと、小刀を数本、干し肉と豆を入れ籠を背負っていたことも覚えている。

 客人の背後、壁に掛けられているのは発見された時に来ていた、ゆったりとした上着とズボン。毛が織り込まれていて、冬の終わりかまだ肌寒い春に着用するのが相応の衣類だ。その上に、旅用の分厚いマントを付けて、しっかりした長靴を履いていた。斜めがけにしていた小さな革袋には薬草----ただし、覚えがない----だけが入っていた。

「どこで着替えたんだろうね?」

「・・・そうじゃないだろ。」

 部屋に入る前に、カーラ夫人も医師も、かなり繊細(センシティブ)な状態だから、くれぐれも言葉に気を付けてと念を押されたのだが、まるで何事も起きていないような素振りに、つい言葉に力が入ってしまう。

「ああ。・・この腹のこと?」

 ヘッドボードに上半身を預けているマシェリカは、まろく盛り上がった腹をゆっくりと撫でた。

「びっくりだよ? さすがにね。」

 産婆の見立てでは、八カ月から九カ月に入ったあたりだろうとのこと。

「----心当たりは?」

 行方知れずになっていた期間は四カ月。その間の子では計算が合わないから、記憶を失う前----『白舞(自国)』にいた頃の、はずだ。

「ないんだよねぇ。」

 恐ろしく、他人事だ。

「だって、ぼく、『白舞』にいた時は、ちゃんと処女だったし。」

「あのな、」

 あけすけすぎて、頭を抱えそうになったが、踏みとどまった。

「そんなことは聞いていない。」

「え、大事なことじゃない? それを聞いているんだよね?」

「少しは恥じらいというものをもて!」

「だってさあ、この腹ってことはもう処女じゃない訳だし。」

 だから、と睨んでくる昔馴染みに、

「あんたのほうが乙女みたいな反応だよね。」

と言い放って絶句させた。

「----覚えていないんだけどさ。厭な感じは全然しないんだ。ちゃんと自分の一部だと思っている。」

 それから肩をすくめて、またゆっくりと腹を撫ぜる。

「強姦とかそんなことはないと思うよ。この子はぼくの大事な大事な子だと、それは分かっているんだ。」

 一つに縛れるくらいだった髪が、いま三つ編みにして背の中ほどまである。鏡の中の顔もたしかに自分の顔だが、なんとなくおさまりが悪い。

 単純に四カ月の行方不明ではない。

 最低でも、このお腹の子の命の分の八カ月、()()()()自分の時間は流れたと確信している。

「・・・で、あんたに心当たりは?」

「行方不明になったのは自分だろ? 俺は知らん。」

「そうだけど! こんな奇妙なことは、あんたが絡まなければ絶対に起きないと思うんだよねぇ」

 思わせぶりに笑ってやると、青年は渋面のまま黙り込んだ。身に覚え(思い当たる節)がないわけは、ない。なにせ、生ける伝説で、逸話更新中である。彼女たちがその中に登場してきたのは、畢竟、青年の()()である。勿論、付き合う(共に進む)と決めたのは自身の決断だから、責めているわけではない。 

「手、貸してくれるよね? ----この子の、幸せな未来のために。」






 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ