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23 いづくより来たりしものか

 夏が近い。

 今日は、年に数回割当たる奉仕作業の日だ。一家から一人以上の参加が求められ、町(とその周辺)の美化活動を行う。平たく言えば草刈りだ。

 街門や壁、街道沿いは大人が、子どもは町の内側から続く鉱山に続く道の周辺を整備する。草を伸びっぱなしにすると虫が繁殖したり、獣を招いたり、火災の危険性も高くなる。伸び盛りに入る前に一度刈っておけば、成長を抑制し密度も減らすことができるから、どうせすぐに伸びるのにと、と言わずにこの時期に一度刈っておく必要があるのだ。

 日の出前から一刻半程度。ただ働きではあるのだが、領主さまから「振舞い」がされるから、薄暗い中、それを楽しみに各自持ち場へと散っていく。

 シェリダンは近所の子供たちを引き連れて鉱山口へと向かった。昨年率いていたヤツは鍛冶屋の徒弟になり、一昨年のは実家の食堂で手伝いではなく一人の従業員として勤めている。今年一番上になったシェリダンも、来年はどうしているだろうと最近はよく自分の将来を考える。

 シェリダンはカーラ夫人の養い子だ。王太子殿下に仕えていたという夫人は、住み始めた当初、領主からくれぐれも粗相がないようにと、町長に言葉があったというくらいの、町の特別な住人だ。その養い子であるシェリダンが、まさか職人の徒弟に入る、とは誰も思っていないだろう。

 父は騎士であった----という。

 騎士見習いになるのも、上級の学校(アヴァロンも含めて)への進学も、望めば叶う・・に違いない。

 ----それを望むかは、また別の話。

「じゃ、始めようか。」

 町近くだが獣が出たり、体調不良もあるかも知れないから複数人の組で行動する。シェリダンは鎌の使い方を教えつつ、今年から参加の一番下の子どもたちと、一番町に近いエリアに留まる。何かあった時に、どこにでも駆け付けやすい位置だからだ。

 去年は一番奥へ向かってたことを思えば、何と言うか、責任とはこうして覚えるのだな、と自分を誉めたくなる感じだ。

 作業時間の半分ほどが過ぎて、小さな子どもたちはすっかり飽きてしまい、草編みをしたり草相撲をしたり。生温かく(かつての自分だと)、それを見つつ、シェリダンともう一人が鎌を振るっていたその時だった。

 笛が鳴った。

 緊急用に携帯していて、鳴らし方で簡単なメッセージを送れる。

 シェリダンは音の方へ走り出した。途中顔を見せる子どもたちには「待機で!」と言い置いた。

 笛が誘ったのは、例の廃坑に続く坂の手前だった。断続的に笛を鳴らしていた男子がシェリダンを認めて笛を下ろした。

「どうした?」

 彼と一緒に作業していた女子二人の姿がない。

「セラサかイマナが体調不良か?」

「違う、ダン兄」

 男子は困惑を眉に乗せて、左手の藪の中を指した。

「二人はあっちで倒れていた人を介抱している。」

「だれだ?」

と、聞いたのはここは鉱山との間の町有地で、町の住人以外が入り込むところではないから。

「えーと、たぶん町の人じゃない。うちの母ちゃんよりちょっと若い女の人。」

 そして、心配そうに続けた。

「お腹が大きいんだ。」


 その女性の意識は深く沈んでいるようで、目覚めないまま、報せを受けた町の大人たちが担架に乗せて医療所に運び込んだ。

 手足に擦り傷はあるが、健康状態に問題はなく、母子ともにとりあえず心配ないと診断された。

 身元を示す旅券はなく、斜めがけにした小さなポーチに薬草が幾束か。

「あと二月くらいで産み月かね。」

と、呼ばれてきた産婆が言った。

「身重の身であんなとこに倒れているなんて、何があったのやら。だけど、草刈りの日で、そんなに長い時間でなかったのは幸いだね。----運の良い()だ。」

 髪や衣服の湿り具合から、草刈りの始まるやや少し前----夜明けの寸前くらいから、あの場所にいたのだろうと推定された。町門も閉じた時間、鉱山の関係者でも宿の客(旅人)でもなく、いったいどこから現れたのか。

 界人では、という声もあって、細く開けた扉の向こうの廊下には、緊急に備えて(変化に対応する)衛士が待機している。

 寿ぐ声に反応するように、ぴくりと女の瞼が震えた。

 ゆるゆると目を開き、瞬きを繰り返しながら、ぼんやりと天井を見上げていた。

「気分はどうだね?」

 そっとかけられた声に、わずかに首を傾けて、

「悪く、はない。・・・?」

 女性としては低めの声質。肩を覆う己の髪を目に留めて、何故か不思議そうに瞬きながら、

「ここ、は?」

「テュレの治療所ですよ。」

「テュレ・・ああ、ぼくは薬草を探しに森に入ったのだった。なんか、ヘマしてここに担ぎ込まれた、とそういうこと?」

「森にひとり、倒れていて子どもたちが見つけたのだよ。連れは?」

「宿に従者が泊っている。」

 すべての宿のを訪ねて該当者はいないと報告がきていたが、使いの調査不足(職務怠慢)だったようだと眉をちょっと上げて、

「迎えにきてもらおう。どこの宿で、あんたの名前は?」

 彼女は中央広場に近い宿の名をあげた。

「ぼくの名前はシカという。」

 ()()宿と()()名前の組み合わせは、春の初め、町をにぎわしたものではなかったか。


冬の童話企画に参加しました。


名前は伏せてますが、幼いカノンシェルと両親が出てきます。単品でもいけるいける風味ですが、よろしければお読みください。

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