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18 よくある婚約破棄騒動 その14

 「脱走兵が寄り集まった大規模な盗賊集団であったと思われます。」

 息子は泣きながら力尽き、眠ってしまった。膝の上に頭を乗せて、青ざめた頬を拭ってやる。

「・・ああ、」

「あの家は町はずれに在って、人目を避けられるゆえに我らも選びましたが、それがあだなりました。女子どもだけの留守宅ということで、アジトとして目をつけられた、ようです。」

「・・・そうか、」

「盗賊の跋扈を許すような国ではなかった、はずですのに。」

 実際、何が起きたのかは分からない。

 中庭に出る扉がすべて中庭から塞がれていた、ということ。

 桟橋に残った舟に、荷物があったこと。

 桟橋周辺の川べりに何かを引きずった跡があったこと。

 火事が起きて、盗賊団の過半数が火に巻かれたこと。

 同士討ちのあとがあったこと。

 盗賊団の首領と思しき無頼と一緒に、彼女の亡骸が発見されたこと。

 亡骸は回収できなかった。

 炎は夜半の風で勢いを盛り返し、館はすっかり燃え尽きて、跡形もなくなった。

 ----考えられる物語は、幾つも、ある。

 最悪も、慰めも。

 子を腹に持っていたことも穿てば。・・・そういう女を好んで嬲る者もいるということを、知識として知っている。

 息子の口から聞いた、という一点を除けば、新しい情報は、ない。

 その夜を本当に知るすべはもはやなく、喪われた彼女が、

「苦しんだり、辱めを受けたりせず、逝けたのだろうか。」

 握りしめた拳に呟きを落とし、息子の顔を見つめ、違う、と思った。

「どんな・・ことでも生きていて欲しかった。」

 形見だと、服の裏側に縫い付けていたのは、焦げた帯の一部。安産を願って準備され、夫と家族親族

近所とか、いろいろな人に刺してもらう、祈りの帯。この世に一つとない、彼女だけのもの。

 最も肌近く結ぶそれが落ちていた、ということの理由は考えたくもない。が、考えろ、と在りし日の彼女の笑顔が胸を焦がす。

「・・・違うな、そう、」

 静かに、ひたひたと体の奥底から嵩を増してくる。悲しみであり、痛みであり、怒りである----それ。

「わたしの、せいだ。」

 徴兵に応じす、兵士を切り殺して、三人で逃げるべきだった。

 いや。

 王太后の謀殺も潔白と訴え、内戦も覚悟で立つべきだった。

 ----いや。

 レーヴェン殿下の暴挙に退かず、廃嫡も視野に動くべきだった。

 争うことは国を損なう、と物わかり良く、いつかそれを分かってもらえると、どこかで信じて、いた。

「不甲斐ない、・・腰抜けの、臆病者の、眼高手低で、」

 堰を、越える。

「わたしが、死なせた。」

 静かに静かに。堤防を越えた(思い)は、放たれて大きくうねり、渦を巻く。

「いや、殺した!」

 リグリュンが恐らく慰めの何か叫んでいたが、耳に届くことはなかった。

 喉の奥から、獣のような咆哮が迸った。それまで覚えたことのない、自分が壊れていくような、自分を壊していくような、----空白(さげび)


 ふと気がつけば。

 夜明けが、掌を照らしていた。健やかな寝息を立てている息子の顔を認識し、憔悴しきって、それでも目を離すまいとこちらを窺っているリグリュンに気づいた。

 乳兄弟である彼は、正気の戻った目と合って。

 ・・・すまん。

 唇を読んで、泣き笑いで頷いた。

 陽、が昇る。

 二度と取り返しのつかないものを、(きのう)に置いて、今日(みらい)が始まる。

「わたしは彼女を不幸に終わらせた。わたしが別の決断をしていれば、彼女は少なくともひとりでは逝かなかった。」

 妻()()()()償えない。

 だが、同じような苦しみを、誰かに味合わせることがないように、尽くしてみてもいいだろうか。()()()

 取り返しがつく者たちの、力になっても?

----そのために。

「・・・わたしに付いてきてくれる者は、今更いるだろうか?」

 


 国内(くに)に。

 白梟という抵抗勢力が立ち上がって、この戦の歪みに抵抗(あがら)っていくことになる。



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