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13 よくある婚約破棄騒動 その11

今までで一番、「濃度」高めかも知れない、です。

 横柄な態度で踏み入ってきた兵士は、お腹の大きい妻とその膝に縋りつく幼子を一瞥したものの表情を動かすことなく、「徴兵」を告げた。

「半刻ののち、広場に集合せよ。」

「随分、乱暴なお話です。わたしは、」

 夫は『白き林檎の花の都(アヴァロン)』の学長印が押された書類を取り出したが、その兵は乱暴にそれを投げ捨てた。

「アヴァロンもまた我が国に同じている。よってアヴァロンの者も、我が国の為に働く義務がある。」

「馬鹿な、」

 思わず反論した夫は、横面を張られてたたらを踏んだ。完全に避けられたはずだが、僅かに体を動かして、手が触れる角度を調整していた。

 手の感触がさほどではないことに内心は首を傾げただろうが、()()()()、尻もちをついて()()()夫に、

「罪人として最前線に送られたいか!? 罪人の家族はさぞ肩身が狭かろうな? 」

と、あざ笑い、

「----お前が逃げれば、その子どもが代わりだ。」

 更に言い捨てた。

 「次に行くぞ」と、一つの家族の運命を捻じ曲げたことに何の思いも抱かず、兵士は去っていく。

 これは、ある家庭のことであり、多くの家庭のことであった。


 「子が生まれ、動けるようになったらハルサのいる村に向かえ。」

 ハルサは侍女長の名だ。夫は学者で、息子の家庭教師の一人だった。出産の時には手伝いにきてくれる手はずになっていた。

「その折には、リグリュンに連絡をとれ。ルフェードはあれが用意するところだ。なるべく離れていた方がいいだろう。」

「そんな、」

 妻と息子が顔を見合わせる。

 万が一にも身元を示すものは省いて、アダルヘルムは荷物を作り上げるかたわら、茫然としていたウィアトルが、引き出しを慌ただしくひっくり返して、幾つもの小袋をかき集めた。

「これは傷薬、こっちが血止め、痛み止めはこれ。使わないのにこしたことはないけれど、水で軽くふやかしたら油に入れて。油がなければ、そのまま当てても大丈夫。あとは、熱さましと整腸。一回分ずつにしてあるから、千切ってお湯に入れて飲んで。それから、」

「根こそぎ渡したら、お前たちに何かあった時困るだろう。」

「また作るから大丈夫だから。もうすぐ春で、材料は取りに行くし。」

「その体でか?」

「・・あー、と」

 戻そうとするのに、

「僕が取りに行く! 」

 息子が声を上げた。

「僕が取りに行()()から、大丈夫だから----ウィア義母(かあ)さま、弟か妹も僕が守るから。」

 泣きだしそうに目を大きく瞠って、けれど唇の端を引き上げた。

「気を付けて、いってらっしゃいませ----父()、」

 父様、というまろい言い方ではなく自分を呼んだ息子を抱き締める。

「水筒にお水を入れて、外で待ってますね。」

 涙をみせたくなかったのか、気をきかせたのか、荷物から水筒を取ると外へ駆け出していった。

 どちらともなく寄り添って、互いを縋りつくように抱き締める。額に頬に唇に、幾度も接吻を落とし合った。

「居てやれなくて、すまぬ。」

 思えば(言うことではないが)ルフェードが生まれた時も立ち会えなかった。己の(巡り合せ)なのか、と苦く思う。

「アルムのせいじゃない。あのばか王子のせいだ!  ----それから、ぼくのせいだ。ぼくがもう少し早く体調を戻していたら、」

「わたし()()の子の()()()必要な時間だった。もし、無理を押して旅発って、腹の子やおまえに何か起きていたら、といま考えるだけでも恐ろしい。」

「でも! ・・・でも、離れ離れになるしかなないなんて。そして、あんたが戦場に連れていかれるなんて!」

 感情を溢れさせて見つめてくるウィアトルは、出会った頃は()()()若い男にしか見えなかった。

「・・心配だな、」

「留守はちゃんと守る。ルフェードもこの子も。」

「いや、」

 出会った頃と顔立ちも言葉遣いも振舞いも、そうは変わっていないのだけれど、いま、ウィアトルは()()()()()()

「こんなに麗しい妻を残して出征()たねばならぬとは。悪い者に目を付けられたりしないことをただ祈るばかりしかできぬことが口惜しい。」

「・・は?」

 髪に口づけしながら、睦言のように耳に流し込まれた言葉に棒立ちになり、次いで真っ赤な顔で振り仰いだ。

「ば、ばっかじゃな・・・っ、」

 途切れたのは、長い口づけのせいだ。

 やがて体の力が抜けたのに、アダルヘルムは名残惜し気に体を離して、椅子に腰かけさせた。じっとり目で見上げてくるのに、もう一度、本当に最後にしようと啄んだ。

「見送らなくていい。」

「いやだ、広場までついていく!」

「言ったろう?  お前の姿を不用意に晒して、わたしがいないうちに懸想されて連れていかれでもしたらと思うだけで、()()()()()。」

「----侯爵、じゃない、アルム、追い詰められた人が起こす錯乱(パニック)状態とかじゃないよね!?」

「言いたいことは言っているだけだ。」

「辞世の言葉みたいでいやだよ。」

 うつむきかけた顎にそっと指をかけて、上向かせた。

「わたしは騎士だったのだぞ? 戦争の経験はないが、戦闘の経験はある。しかし----足のきかない、壮年の男を最前線に配置するとは思えん。大丈夫、うまくやり過ごすさ。」

 さっきので最後と思ったのに、と胸の奥で呟きながら、また唇を重ねた。

 水を汲み終えて時間を計っていたルフェードが、そろそろ限界と扉の向こうから声をかけた。

 互いの髪の一筋を交換した後、アダルヘルムは外に続く扉を開けた。

「笑った顔を覚えておきたい。この家で、わたしたちはとても幸せだった。ここで笑っているおまえを胸に抱いていく。」

「・・・うん、」

 頭をぶんと振って、涙を払い、ウィアトルは笑った。

「いってらっしゃい、アルム。」

「ああ、」

「----戦場のお姐さん(従軍娼婦)たちに抱き締めてもらっても、ぼくは我慢する。」

「あのな、」

 最期のシーンで、真顔で何を言い出すのか。戦場の混沌を知っている()()()()()ウィアトルなのに、達観した目をしたのだ。

「何をしても、どんなに狡くても汚く思われても、ぼくの、ぼくたちのもとに帰ってきて。」

 その美しい、大輪の花のような笑みを----アダルヘルムが忘れることは、なかった。


 その僅か一月後。

 彼女がその腹の子どもと共に死んだのだと----漸くアダルヘルムの居場所を突き止めたリグリュンからの遣いが報せてきたのは、また雪が降り始めた頃だった。


 




気分は「防人歌」(特に水鳥)で書きました。

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