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12 よくある婚約破棄騒動 その10

  おそらく。

 この日が一つ目の分岐点だったのではなかろうか。

 帰りついた家には、偶然の客を装ったリグリュンがいた。主一家を送り出し、執事と共に残った。どこから調達したのか、屋敷を死体まみれにして火を放った。事故でも覚悟の上のそれでも、どちらでも良かったが、妙な使者(刺客)を送り付けてきた王家は、暗殺の一環(後始末)だと都合よく解釈したようで、フルーク侯爵家の全滅は受け入れられた。領内に暫く身を潜めて、追っ手が放たれないことを確認して、リグリュンも領地を離れたが、会うのはあの日以来のことだ。

 手紙ではなく、こんな突然に直接訪ねてくるとは、何か尋常ではないことが起きたのだろうか。

 懐かしそうにしつつも、不安そうなルフェードが抱き着いてきた。部屋に、と言いかけるのを、

「ここにいなさい。」

と、アダルヘルムが遮った。

「今は名乗ることはできないが、お前がフルークの嫡子であることに変わりはない。危険を承知で駆け付けた家臣の言葉を、まだ幼いとはいえ、お前には聞く義務がある。」

「----はい、」

 きゅっと唇を噛んで、ウィアトルの隣に座った。手を伸ばすと握りしめてくる。

 アダルヘルムは目で話を促した。

「戦が始まりました。」

 リグリュンの一声に、三人は息を飲んだ。

「なぜ?」

 国王は即位したばかり。内政を固める時期だ。

「あちらから何らかの干渉があったのか?」

「それは不明です。」

 補佐官は首を振り、

「既にあちらに攻め入り、街を一つ占領して領主の首を晒し、大勝利を収めたと。」

 リグリュンは硬い声で言う。

「何をやっているんだ!」

 アデルヘルムは感情を露わに吐き捨てた。

「戦国時代に憧れてでもいるのか!?  隣国を占領して何が得られるというのか!」

「王宮内部はかなり入れ替わって、他国人らしき者も見受けられるようですが、事情は殆ど掴めず、申し訳ございません。」

 重苦しい沈黙が、かなりの間、応接間に落ちた。

「・・戦か。そんな方だったのか!?」

 創国以来の家柄の当主として、忸怩たる思いからは逃れられない。義息子と繋いでいる逆の手を、ウィアトルは彼に伸ばす。

 腕にかけられたその手に身を震わせて、ゆっくりこちらを見た侯爵はその手をすくい上げて強く握った。

「----戦は、・・・続けるつもりなのか?」

 街一つ落として、何か交渉に持ち込むのか。

 ・・・なら、まだいいと思ったが。

「此度の占領地を足掛かりに、更に深く攻め込むと王都では布告が掲げられました。」

 リグリュンは、き、と主を見据えた。

「今日参上したのはほかでもありません。閣下、直ちに御出国ください。」

「・・なんだと?」

 罪を着せられて身を隠しはしたものの、忠誠を捧げて生きてきた、生国である。裏切られ陥れられてもなお、いつか、役立つこともあるかと国内に身を置いていた。

「わたしは早駆けの馬車で参りました。この地へ戦の報せが届かぬうちに、国境を越えてください。報せが届けば国境の警備は厳しくなります。」

 一家の身分証明は、本物に近いが偽物だ。平時なら通過できても、戦時となれば保証はない。

「我々、フルークの者は皆様のご無事を願っています。」

「・・わたしは、」

 国と家族の間で惑う目をした。

「・・・徴兵もほどなく行われます。」

「徴兵!?」

 騎士団だけではなく国の民を総て巻き込んだ戦を想定しているのか。

「----王都に、向かうべきだろう。」

 アダルヘルムは妻の手を握りながら、そう発していた。

「ご意見を申し上げなくては、」

 それが無意味なことは彼自身が一番分かってはいるけれど、国を支えてきた家の当主としての矜持が言わせた。

「侯爵の来訪を国王はきっと喜ぶ。」

「奥方様!? 何を、」

「侯爵の首をどう斬れば、より高く士気を上げられると真剣に検討するだろう。」

 は、と緩んだ夫の手の中から抜いた自分の掌を、夫の首にあてて、

「残念ながら、それがいまの侯爵の価値だ。」

と、ウィアトルは真っすぐにその目を見た。

「いわば底値だな。」

「・・・そうか、」

 リグリュンは顔を引きつらせているが、アダルヘルムは面白そうな色を滲ませていった。

「どんなに高級な品物でも売り時を間違えれば、その時に応じた値で取引されるしかない。」

「値上がりを待てと?」

「うん。ちゃんと中身込みで高く買ってもらおうよ。晒し首なんて()()()()じゃなくてさ?」

とうとうアダルヘルムは噴き出した。

 悲壮な空気も焦燥も一掃されている。くつくつと笑いながら、妻とその手をしっかり掴んだままの息子を抱き寄せた。

「----そうだな、」

 額を額にあてる。

「わたしはいつかは買ってもらえそうかな? 奥さん?」

「あったり前だよ!  バレたら大変なのに手助けしてくれる友人がいて、こんな風に危険を分かって駆け付けてくれる家臣がいるんだよ? 」

 視線を流されたリグリュンがこくこくと頷いている。

「もちろんぼくも予約している。」

 慰めているのではない。信じている瞳で笑う。

「殺し文句だな」

 アダルヘルムは啄むようなキスを贈った。


 だから。

 いつかのための出国、つまり亡命するはず、だった。

 動けなくなったのは、その夜から悪阻が一気に重くなったからだ。夫も義息子も、吃驚して涙ぐみながら喜んでくれたけれど。

 先に行っていい、というウィアトルの勧めに応じるわけもなく。では義息子だけでも、リグリュンに託してと思ったが、彼も頑固だった。

 悪阻の相談には随分のってきた(ような気がする)けれど、まさか自分の症状にこんな答えが出せないとは思わなかった。

 一番辛かったのは、水が飲めないことだった。

 冷たくても白湯でも、水がだめだった。

 スープなら少し飲めて、果汁も含めたけれど。

 ハ―ヴ茶の調合を(自分の適当に言うまま )に夫が頑張って、合うものを調合できて、体調が少しずつ落ち着いて・・季節は真冬を越えていた。

 早春。

 そして、扉は叩かれた。

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