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8 待ち人は来たらず

 「は? ----行方不明?」

 書類を繰る手が止まった。ペンを置き、報告にやってきた官吏に目を向けた。

「どこで----いつだ?」

 それは国王がこの報告を重要視していることの表れだ。

「シハク伯令嬢マシェリカ様は陛下の誕生祝賀の会への招きを受けて『白舞」を発たれ、王都(セテグ)の『白舞』の公邸へすでに到着されている筈でしたが、」

「予定はいつであった?」

 ちなみに祝賀の会まで数週あるが、外交や支度などで国内外の参加者は参集を始めている。

「十日前とのことで。」

 十日、と口の中で転がした。

「彼女は自由だからな。途中で薬草取りに励んで遅れているのでは」

「はい、おっしゃられる通り、公邸でもそんなことだろうと構えていたのですが、さすがに衣装などの予定も詰まってきたので、旅路を急ぐように使者を出したとのこと。」

 伯爵令嬢の旅路を語っているとはもはや思えない。

「どこに留まっているかもよく分からなので、とりあえず街道沿いに道を辿らせたところ、「テュレ」にて随行の者と会うことができたそうです。」

「ちゃんと供がいたか。」

 感心したように国王が言った。

「マシェリカ嬢は、薬草を探してくると山に向かい、五日ほど宿に戻られていない、と。」

 国王の表情は動かなかったが、周囲で忙しく立ち働きつつも話を聞いていた執務室の殆どがざわついた。

「は?」

「伯爵令嬢が五日も山に?」

「戦役時には救護を引き受けて下さっていたとはいえ、まさか自ら薬草採りなど、」

 信じられない、と顔を見合わせている。

「それで?」

 慌てることなく、国王は報告の続きを求めた。

「はい。早く王都入りをするようにという使者の伝達を聞いて、供らが探し始めたそうなのですが見つからず。本人が言い置いた一週間が過ぎても戻らず。そこで、状況を報せる早馬が遣わされて----王城(こちら)にも内密にという形ですが、助力の要請が入りました。」

「テュレ----ですか。」

 国内で、他国の貴族令嬢が失踪したのだから、外交問題になる。

「しかし、一週間も我が国内の山で薬草採取を行ってのこと(た挙句)ですからもう、自己責任というものでは?」

「供の責任だろう。主の希望かも知れぬが、何故付いていかぬ!? 怠慢だ。」

「招いたのは『遠海』だが遣わすと決めたのは『白舞』だ。いわば国の使者。それが、祝賀の会に参加するという任をおざなりにされるとは、」

 執務室の雑談(意向)は、彼女に対して手厳しいものだ。

「マシェリカ嬢は、オレの大事な友で、「天旋」の同志で、『遠海』の恩人だ。」 

 国王の一言に、ぴしり、と空気は固まった。

「薬草に関しての興味は当たり前だが人一倍あって、彼女の腕に何度も救われた。夢中になれば、どこまでも追及していくタイプではあるが、責任はきちんと弁えている人物だ。むやみに投げ出すような、無責任なことは決してしない。」

「さ、さようでございますな。」

「勿論、すぐにテュレへ捜査隊を遣わしまして、」

「いや、表ざたにするのは待て。あれは一般の女性の範疇とは少し違うが、とりあえずは未婚の令嬢だからな。」

「では、」

「テュレは、ダリン伯の所領であったか。」

 サクレからは馬で半日。あの大戦時、カノンシェル王女とその母が最初に潜伏した場所でもある。背後にサクレ同様大山脈が控える鉱山町として知られてきた。もっとも、最近は石の出が悪くなり、廃坑がおおくなっていると報告されている。

「マシェリカであることは伏せよ。『白舞』の若き薬師----『白舞』の国代の縁者を探すように。」


 学問所から戻ってきたシェリダンは、ちょうど自分の家から出てきた男と鉢合わせた。大柄で屈強な、鉱山に働く男たちのそれとは違う、いかにも戦士という男である。

「・・あの、うちにお客さんですか?」

 見覚えのない男だ。

「ああ、フォガサ夫人にご挨拶してきたところだ。」

 男の後ろ、家の中から急ぎ足でその夫人がやってきた。

「お待ちくださいませ、いま携帯できる軽食を準備させていますので。」

「夫人、ちょっと行ってみるだけだ。」

 その後ろから、家事の手伝いに来ている近所のおばさんがバタバタと走ってくる。

「フォガサさま、水筒と焼き菓子をありったけ。」

 頷いた夫人は、恭しく差し出した。

「このようなものしかなく、まことに恐縮ではございますが。」

「----すまない。」

 夫人の押しに苦笑いを頬の上の方にひっかけたが、男は礼を述べた。夫人は、深くに腰を折った。その経歴もあって、町長すら丁寧な態度で接する夫人の謙った様子に、シェリダンは目を瞠ってしまった。

「今日は本当にわざわざお顔を見せていただけて恐悦至極でございました。」

「元気そうで何よりだった。しかし、かえって気を使わしてしまった。」

「とんでもございません。」

「またいずれ会おう。息災で。」

「勿体ないことでございます。」

 更に深く礼を施し、戸口で立ち尽くしている養い子に夫人は漸く気づいた。

「まあ、お前、いつから。」

 咎めるように目を細めるのに、慌ててシェリダンは男に頭を下げた。

「こんにちは!」

「ああ、すまない。帰って来たところを騒がせてしまった。彼が例の?」

「はい。わたくしの姪の息子でございます。」

「そうか。・・学問所の帰りのようだが、」

「はい!」

「町の学問所ではそろそろ限界だろう? 先についての願いがあるのなら、報せよ?」

「ありがとうございます。----シェリダン、へ、・・いえ、こちらの旦那様を旧鉱山の入り口までご案内してきなさい。」

 夫人が背筋を伸ばして、養い子に命じた。断ろうとする男の機先を制して、

「古い方は、道も隠れてしまっており、案内板もございませんから。子どもたちは入り口近くまで遊び場にもしておりますし、どうぞお使いくださいませ。」

と、少年は貸し出されてしまった。

 夫人がこういった振りをしてくるのは初めてだから戸惑いはあるが、特に疲れている訳でも、どうしても断りたい何かもなかったので、学問所用の鞄は玄関に置いて、「行きましょう」と声をかけた。

 道中は特に何もなかった。テュレの街のことなど、たわいもない話題を話しているうちに、旧鉱山の入り口に続く坂の下まで来ていた。

 ここでいい、と男は言い、駄賃だと銀貨をくれた。シェリダンは来た道を引き返し、少ししたところで振り向いた。男は坂道を上っていて、坂の上に男を待つ様子の数人の人影が見えた。剣呑な様子もなかったから、もとから待ち合わせをしていたのだろう、と思った。


 それから数週間が経ち、テュレにも王都では行われたライヴァート国王生誕祝賀会の盛大な様子と、国王の婚約者に『白舞』のマシェリカ姫が決まりそうだという、目出度い報せが届いた。

 

 

久しぶりの、フォガサ夫人と本文では初出のシェリダンです。

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