7 よくある婚約破棄騒動 その6
徒手で戻ってきたラルキエを、同志たちは嘲りの目で迎えた。
「おいおい、侯爵令嬢を連れてくる訳じゃないんだぞ。」
「ただの、食客の平民一人、どうして引っ張って来れない?」
「御自慢の腕っぷしに物をいわせるところだろう?」
ラルキエが引き連れて行った兵士から、フルーク侯爵にあしらわれた経緯を聞いていての当てこすりである。
「うるさい! 元はレゼンダが間違った情報を寄越したからだろう!?」
「はあ?」
「フルーク侯爵のことだ。体が不自由な、暗くて大人しい男だと、お前は言ったろう!? だから、押せば引き下がると!」
「言ったかなあ、」
「言った!」
皮膚の寸前で止められた杖の気配と、底冷えのする眼光。
「フルーク侯爵アデルヘルム、か」
同学年のもう一人、ナイブだ。
「次代の外戚になると十年以上も言われているのに、パッとしなかったというか----むしろ、だから前王はフルーク侯家を選んだんじゃないかとか、王子には外戚からの圧力をさせないための親心で。」
「まあ、相手があんな悪女に育つとはさすがの賢王も見通せなかったようで、残念です。」
在位の期間が短い前王が賢王というのは、王太后が治世保持のために流布したところに機縁を発する。
「不具になり、騎士を辞めて、外戚になるからというお情けで宰相室の窓際にいる男だ。悪女が婚約破棄されて、いよいよお先真っ暗だ。破れかぶれになっただけだろう?」
「・・あれがか?」
ラルキエは勝手な推論を述べる一同に吐き捨てた。
言葉は得手ではないし、剣の道を歩いている訳でもない文官に、あの背筋が凍る感じを伝えれるとは思えなかった。
そして黙り込んだラルキエは少し離れた椅子に座った。残りの面子は、もう一度馬鹿にするように含み笑いながら目を交わした。
「しかし、予定が狂ったな。」
「せっかく場所も人も道具も準備しておいたというのに。」
「そいつは外出しないのか? ただの食客には護衛はつくまい? 攫えばいい。」
目論見としては、連行したウィアトルに、エルーシアとの不適切な関係を証言(強要)させ、不貞の罪でエルーシアを追い落とせば、今は彼女に同情的な宮廷世論は一変するだろう。裏切ったのがエルーシアであるのなら、裏切られた傷心の王子をオティリエは慰め、力づけた聖女に為れる。
エルーシアは王子ではない男と通じ、王家の血統をフルークに奪おうとした。逆賊フルークの陰謀を賢き王子万歳で国威は発揚し、聖女たるオティリエと婚礼を挙げて締めくくる。そういう筋書きだった、のだが。
「・・・このままだと、母上に愛想をつかされる。」
報告を聞いた王子は顔色を失っている。
「母上はずっと摂政でいたいんだ。僕が即位したら田園の離宮で暮らすのが楽しみとよく言っているけれど、本当は違うと分かった。」
苦り切った王太后の顔を思い出す。
「契約を守らぬ王では国の中も外も困る。」
と。
「エルーシアが悪女じゃないと、母上はきっと妹に僕の座を回す。従弟と結婚させるつもりだし。そうすれば母上は後見でいられる。」
白い顔で、頭をかきむしる王子を、オティリエの腕が柔らかく抱きしめる。
「大丈夫です。国王はレーヴェ様です。」
「・・リーエ、」
「エルーシア様は悪女です。殿下をこんなに苦しめて、困らせているじゃありませんか。そんな人は王妃に相応しくありません。」
蒼い瞳が、王子の視線を絡めとる。
「殿下の心が晴れるように、わたしの父に頼んでみます。」
「そなたの、父?」
「商いをしていましたから、世界をとてもよく知っています。きっと良い手を打ってくれます。」
大丈夫です。心配ありません。御安心ください。
オティリエは呪文のように繰り返す。
やがて、とろり、と瞼を落とした王子の頭を優しく優しく抱きしめた。




