prologue
屋敷の敷地、というか、家の者以外には森の一部でしかないだろう薬草畑に、使用人が駆け込んできた。使用人といっても、稼業に関わらない下働きの娘だ。獣道がごとき細道をようよう辿って来たらしい。汗だくで、恐ろしい獣が茂みから出てくるのではないかとびくびくしている。
鉈を手に、間伐作業に精を出していたシカは、手近な切り株に鉈を打ち込んで、振り返った。
「急病人? それとも怪我人?」
新参の使用人をこんなところまで寄越す理由はそれくらいしか考えられなかった。
今日は父が在館のはずだが、複数の問い合わせがあったのだろう。
----しかし、
「い、いいえっ」
娘は勢いよく首を振った。
「お、お客様です!」
「僕に?」
「いいえ、旦那様にですが、ノークさんからお嬢様を呼んできてほしい、と頼まれて。亅
「シカだよ。」
新入りの雇人だから、と穏やかに微笑んで訂正した。
「そう呼ぶように、言われただろう?」
「あ、はい! シカ様にすぐに館に戻られるよう、旦那様からのお言いつけなんです!」
「父上が・・・今日は一日畑の手入れをする、と言い置いてきたのに。」
これは実際、家の浮沈に関わる大事な仕事だから、ちょっとやそっとのことでは中断させないはずなのに。
「来客って、だれ?」
それでも家長の命だ。仕事道具を片付け、場合によっては戻って来れないことも念頭に苗や種をしまいながら、娘に聞いてみた。期待はしていない。
「ご立派な様子の方々でした。」
複数。
「なる、ほど。」
迎い入れに労力が必要ということか。
そもそも、国とは名乗っているが、小氏族の集合体でしかない、この『白舞』で、立派な方とはどういうものを形容するのだろう。新株を見つけた、とか、肥料の配率で新しい提案を、とか----見た目の話ではないような??
「えーと、他国から来た?」
「はい!」
目をきらきらさせながら娘は大きく頷いた。
「『遠海』からのお客様だと聞きました!」
「ああ、」
それならば、父が自分を呼びつける理由も納得だ。
風の噂を聞く限り、とても多忙な様子だが、ささやかな季節のやり取りは続いている。のに、季節外れの使者?
「国代さまと、『遠海』からの御使者がお二方と、たくさんの贈り物を載せた馬車が連なってお越しです。」
何故か、きらきらと目を輝かせている。
「国代と・・贈り物?」
鉈を腰の鞘に固定して、持ち帰る荷は背負い籠に入れた。戻って来れればいいが、恐らくは明日、仕切り直しになると予想を立てた。
「頼み事かな。いや、疫病が流行ったとかは聞いていないけれど。」
ただ道を上がってきただけで息を切らしている下働きの娘には付いてお出で、とだけ言う。
「あの、あたし何か持ちます!」
「山道は下りの方が大変なんだ。平らになったら、少し預けるよ。」
たぶん、そんなことにはならないと思いながら、シカは慣れ親しんだ森を後にした。
まさか、これきり戻って来れないとは思いもせずに。




