落人き譚 2
「おちびときたん」と読みます。
ざらざらした縄を手首に巻かれ、他のヒトと数珠つなぎ(といっても、二人だ)状態で座らされている。縛られた手首が、妙におかしかったのは、まだ頭が追い付いていなかったからだ。ただ、気が付いたのは女性と男性は別で、自分は異なる列に入っているということ。部屋着の緩いスウェットと、短い髪のせいに違いない。申告すべきかと思ったが、そんな親切はおかしいし、だいたい言葉が分からない。
知らない異国語でも、何となくどこの言葉かくらいは推測できるものだが、まったくだ。
女性列はそうそうに動かされ、見えなくなった。かき集められた山積みの荷物の側で、待機が続いている。
「…なん、なんだ、」
隣に座る少年が呻くように呟くのが耳に届いた。言葉らしい言葉を、ここにきて初めて聞いた。
制服。高校生。さっき、女子の制服も見た気がする。
唇が刻んだのはその少女の名で、姿を追うように動く視線。知己同士とはドラマだなあ、と毛羽だった袖を見下ろして思った。
異世界に飛ばされるのは巷の小説とか漫画の定番ネタらしいが、知り合い同士で飛ばされて、序盤で引き離されるとは、まったくもって王道だ。
現実感はまだなくて(現実を逃避して)、思考はふわふわと散っている。
この子は勇者になるのかな。彼女は聖女だったりするのかな。ふたりの恋物語なのかな。 あるいは、それぞれ別の運命の相手がいるのかな。怪物はいたから、魔王とか魔法とか・・・。
そのぼんやりとした視線が気に障ったらしい。
「----なにが、可笑しい?」
睨まれた。あるいはすごまれた。
早口にまくし立て、罵りに近い言葉を投げつけられた。聞きつけたならず者(暫定)が少年の縄を自分と切り離し、別の場所に手荒く引っ張っていった。恐らく静かにしろ的なことを高圧的に言いながら。
罵られながら、ぼんやりとした瞳を宙に投げるばかりの様子に、ならず者たちはこちらを足りない、と判断したらしい。指先でこめかみをたたく仕草は、この世界でも共通らしいと分かった。
男で、見目も特別ではなくて、頭も弱いとなれば、価値は低い----という訳で、「運搬」は後回しになった。幸運なことに。
うずたかく積まれていた荷物が無くなるほどに、ぴりぴりした雰囲気も薄れていった。撤収寸前で漸く、立て、という身振りを向けられた----向けた男が、白目を向いて昏倒した。
倒れた身体の向こうに、身の丈の半分ほどの、銀色の棒のようなものを構えた男がいた。
芝居の中で、漫画の中で、小説の挿絵で、ゲームの立ち絵で、・・・見たことが、ある。
刀、あるいは剣----。
納刀したその人物の背後では、同じようなことがあちこちで起こっていた。つまり、ならず者たちが打ち据えられている。
「------!」
叱責するような声が飛んできて、男は首を竦めた。悪戯が見つかった子どものような仕草だと思った。
「----! -----!」
大丈夫だ。心配ない。
「!? -----!」
心配ないわけないでしょう。
的な、やり取りかな、と、声の雰囲気から推測する。
まあまあ、となだめる様に片手を軽く振って、男はこちらに視線を落とした。手首をしっかり縛られた姿だから、ならず者一味に数えられることはないだろう、と思うが、そもそも、彼らは救い手なのだろうか。
倒れたままのならず者を足で避けて、男は腰を屈めた。
ならず者たちはどこか小汚かったが、男はずっと清潔で整った身なりをしている。主要人物といわんばかりに。
分かりやすい。ということは、やはり、これは夢だ。現実ぽい夢の中で、夢と気づく瞬間だと思った。
「----? -----、」
なにごとか問いかけられたが、言葉はやはり分からない。新緑の瞳を見上げ、首を振る----振って、視線を留めた。
----マントを留めている大きなブローチ。
映画のスクリーンと相対しているような、何もかも見慣れない世界で、その文字だけが、鮮やかに見えた。
「…暁、」
自分の声がぼんやり聞こえて、そのまま、意識もかすんで、灰色に飲み込まれていった。




