epilogue Butterfly Effect ※BL注意
「綿津見編」ありがとうございました。こちらで、結びとなります。
綿津見島沈没後すぐではなく、少し時間が経っています。
が、突然BL(風)になっています。直接はありませんが、薄め描写はありますので、お気を付けてお進みください。
空に羽ばたいていく鳥の影が壁に踊った。どんな鳥だろう、と首を巡らそうとしたが、身体はついていかず、青が見えたと思った時には、ぐらりと平衡は崩れた。
まずい、と思ったが声が出る訳でもなく、ましてや持ち直せる訳でもなく、
「-----どうしたんだ?」
大きな掌が頭を支え、そのまま抱き上げられるようにして、その膝の上に座ることとなった。かつてなら噴飯ものであるが、人の手なくして動けない現在は、もはや諦観である。
そして。
人の体温が心地いい、と素直に思う。
「何か取りたかったら言え。あんたからは見えないが、人は常に付けてある。」
覚えている姿より、ずっと厚みを増した体躯は、すっかり小さくなった体を軽々と扱う。
まじまじと自分を見つめている視線に気づくと、なんだというように片眉を上げた。
「いや、なんと言うか。」
自分が発声しているのだが、まだ夢の中で話しているような感覚が伴う。初めは一単語(というか一文字一文字)しか出なかったことを思えば、回復は著しい(らしい)。
「大家の主人みたいなことを言うから、」
皺が刻まれた顔も、色あせた髪も、伸ばした髭も----自分には流れなかった時間を語る。
「…長くやっていたんでね。」
「ああ、そうだった。」
瞳の色だけは変わらない。水平線を燃やす朝焼けの色だ。
「大人になったなあ。」
「なんだ、そりゃ。」
人当たりは良いけれど、ふいにシニカルさを帯びる若い彼。自信たっぷりでいたと思えば、卑屈を滲ませる。売られてきた子どもには珍しくない、と既に鬼籍と聞く守役だった男が言い、兵隊としてなら使ってもいいでしょうと続けた。
「立派な海皇だ。」
「それはあんただ。」
ぴしゃりと言われた。
頬に触れる厚いかさついた掌----知らなかった感触、けれど触れる角度に覚えはあって、もう馴染んでいる。
譲る気はない、という目をただ見返す。
----海皇だった。確かに、そのとき。もう、決して戻れない、ときに。
言い争う気はない。
「…彼女の船はもう、出たかな?」
昨夜、旅立ちの挨拶に来た。
「ああ、そろそろだな。」
空を見上げて頃合いを計った彼に、横抱きにされたバルコニーを手すりまで進んだ。直射日光を浴びることがないように、慎重に位置を調整してくれる。
もうすっかり陽は昇り、雲一つない青空に包まれて光をはじく港が一望できる。
白い帆も鮮やかに外洋に滑り出していく幾隻もの船。
海皇の、第一船団だ。
「旗艦はあれだ、」
迷いなく、彼は指し示した。暫く航跡を目で追った。
「----お前の、操船だな。」
「教えたのはおれだから。」
ちょっと困ったように目じりを下げる。
「…いい腕だ。乗艦の動きも、麾下の船との連携も調っている。」
「おう。そりゃ、」
「さすが、」
「おまえの、」
「あんたの、」
言葉が重なる。
「娘だ。」
完全に困った顔になった彼を見上げて、完全に笑顔になった。
「顔はオレだけど、喋りも動きもおまえ。責めてるんじゃないぞ。それがかわいいなあ、と思っている。----時の果ての、宝物だ。あの子に会わせてくれて、ありがとう。」
少し長く話しすぎたから疲れて肩で息をした。ぐっと抱える腕に力がこもる。
「あんたが…あの娘を残してくれてから、オレはこの時に辿りついた。」
額と額が触れた。鼻先も触れるくらいの至近に互いが在る。
自分が育てていたら、あの娘はあの娘にならなかった。彼も海皇にならなかった。自分は海皇だった、かも知れないけれど、この愛しさで二人を想っただろうか。
------そう。
ただ、いまが愛おしい。
総てを削ぎ落して、ただそれだけが掌の中に残った。
「次、戻ってくるときは孫の顔が見れるかな!?」
「はあ!?」
娘を嫁に出し渋る父親そのものの顔をする。
「だってテフの息子、一緒に行ったよな?」
「販路調査で同行しただけだ。」
「は? それ信じてるのか?」
「…、」
そっぽを向こうとしたが、鼻先が触れた距離では無理な動きだ。苦虫を潰した顔が可笑しくて、くすくすと笑い溢していると、その笑いが飲み込まれた。
----とても、長く。
熱と執着と、なにより労り。情熱的なのに、冷静。淫卑にみえて、神聖。
一滴また一滴、と落ちるたびにミルククラウンの像を結んでいるように、認識する。実際は何がみえるわけでもないが。
距離が、戻る。
「…平気か?」
一滴一滴。(意味は逆だが)水滴が岩を穿つように積み重なる。互いの生を縛り付けて。
「それはオレの台詞じゃないか?」
まだ思うままに腕を上げらない自分の代わりに、穏やかに微笑む彼の指が口元をぬぐった。
「もどかしいな。オレの生気なぞ、有り余っているんだから、がっと移せればいいのに。」
「手間をかけて、す・・ッ。」
また。
先よりは少し短く、離れた。
「あんたがもどかしいだろう、と思ったんだ。オレは全く手間じゃない。数万回だろうが、数億回だろうが、どうせするんだ。構わない。」
妙にロマンチックに、なにを言った!? とぱちくり瞬いて、頬に朱が散った。
それもまた愛しい、とばかりの視線が耐えられない。
でも----厭、じゃないのが始末に終えない。目覚めてからずっと酔っている。溺れて、いる。
「オレは曾孫が成人するまで踏ん張る予定だから。」
突然、結婚もまだの(認めない発言をした)娘と、(認める予定はあるのか)予定もない孫の先を語りだした。
「…うん?」
「だから、オレは大丈夫だ。」
にこり、と。
「そのうち、もっと効率の良い方法も試せる。」
楽しみだ、と囁きの状況を、咀嚼して、
「・・・!?! 破廉恥な台詞を吐くな!」
「元気だろう?」
血をもらう方が良かったのか? 今からでも変更は?・・・ いや、彼を傷つけるなんてやはりだめだと、思い悩んでいたのが吹っ飛んだ。
「…そう、だなっ、」
観念して息を吐き出すまでの百面相をじっくの眺めていた彼が、視線で水平線を越えていこうとする船影へと自分の瞳を誘導した。
「あんたが動けるようになったら、オレたちもまた海に出よう。最初みたいな、小さな帆船がいい。」
「≪春颯≫号か。」
初船出の、中古船だ。彼は総舵手として遣わされてきた。まざまざと眼裏に甦る。
「----ああ、いいな。」
叶う、といい。
明日がどこまでも続いていくと信じていた過去は、蜃気楼のようだ。
それでも。
「シャイデにも行ってみるか。あんたは行きたがっていたろう。あの、神代のシンラそのもののような青年とその奥方に会いに行って、レオンが出てくるという吟遊や舞台を楽しもう。」
「それは、とてもいい! 」
息がかかる距離で体温を感じて、笑って未来を語る現在は、とても幸せな感触だ。
畢竟、これは呪いの続きなのかも知れなくても。
新しき海皇を乗せた船が、空の青と海の青が交じり合う境で最後に白く煌めいて、見えなくなった。
思ったより長くなりましたが、楽しく進めていけました。拾えてないことはたくさんあります。活動報告でも列記しますので、そちらをご覧ください。また気になる人やエピソードがあれば、ぜひ、お報せください。次章か、番外編で補足していければと思ってます。
「綿津見編」はレオニーナの物語であると同時に、海皇の物語でもありました。親世代の彼らの物語は紡ぎきれず、長く私の中にありましたが、少しなりと昇華できた気がします。(ひどい目にあわせてますが)「書く」ことを続けるというのは、やはりとても楽しいことです。
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