表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/186

69 綿津見島 26

 黒い仮面のこめかみから、細かい罅が走った。

 同時に、朱と玄、両腕の鱗がパラパラと剥がれ、光の粒になって男の身体のまわりで渦を作る。二色の流れは明度を上げながら、流れる速度を上げていく。布が織られるように、光は複雑な文様を織り上げて、大きな被り布のように為って、その身体を包み込んだ。

 あ、と息を飲んだ一同が瞬きをするまもなく、見えざる手がその布を引いた。

溢れた、網膜を焼く様な眩しさに、咄嗟に手で庇を作って眼を保護する。

 光は静かに減じて、朱の房が絶妙な位置に散った華やかな髪色の青年が立っていた。右の掌から朱い刀身の剣が滑り出る。掌に柄が収まった瞬間、(鞘はないが)まさに振り抜きざまの一閃だった。蓋も、糸も、棺そのものさえ、まるで霞のように消えた。支えを失った少女が床に向かって落ちるのを、青年は流れるように手に手を重ねて引き起こした。

「エアルヴィーン…エヴィ?」

 泉の前で別れたのはつい数日前だというのに、何年も会えなかったような慕わしさがこみ上げた。恐慌に陥らぬよう抑えて、乾いた心が一気に潤って、視界が滲んでいく。

 身を屈めて顔を覗き込む。頬に添えてくれた掌が優しい。

「ようやく、呼んでくれたな。」

「----どういう、ことよ!?」

 唖然を振り捨てたレオニーナが詰問調で声を上げた。

「あなた、なんで仮面被って、鱗付けて、遊伶の民(団長の手下)をやっていたのよ!?  わたくしたちをあちこち振り回して、どういうつもりなの!?」

 また頓狂な人物が出てきたぞ、と痛みを堪えながら観察していたコドウは、怒り心頭とばかりのレオニーナの声音の底に、安堵の響きも感じ取っている。

 絶体絶命を覆せると彼女が判断している人物は、まずは律儀に再会の言葉を述べた。

「《祝福の歌》号の出帆を、ライヴァートとマシェリカとともに見送った日が懐かしい。息災な様子でなによりだ、レオニーナ。」

「再会があるとしたら、わたくしがシャイデに行くよりない思っていたのに、…相変わらず吃驚ばかりね!」

「経緯は長くなるから後ほど説明する。彼は俺であって俺じゃなかった…で、ひとまず納得してくれ。」

 たまらず、しがみ付いてきたカノンシェルを仕方ない(非常時だ)、と受け入れてあやすように背を叩きながら、青年は応じた。

「可及的に速やかに北の花陸に入るための取引(条件)で…約束事だ()()()。」

 伝聞の言い方に、察するものがあって女性ふたりの頬は引きつる。

「き、貴様、なんという、なんということを!!」

 暫し茫然としていた団長が、我に返って憤怒の声を上げた。

「この不埒ものめが!!  我が尊き研究(わざ)を踏み躙るとは、万死に値するぞ!」

 すわ戦闘かとレオニーナは身構えたが、これに関しては露払いみたいなものだ、と冷めた呟きをして、

「あんたの苦情受付は、あちらがするらしいぞ?」

 煙に向く様なその言葉に重ねて、カツン、とひどく重い靴音が鳴った。

 物理的に重いのではない。高い存在値というのか、緊張、あるいは圧力を空気に孕ませるだれかがやってくる。

 スロープを上がって、姿を現したのは朱金の髪の男。

 ()()()顔見知りであった。だが、コドウの知る人当たりがよく、するりと懐に入り込む愛嬌ある男ではなく。レオニーナと航海する、きびきびと動き向上心ある船乗りでもなく。試すような目をするが、ふと優しい表情でいる父でもなく。自信たっぷりの、人を惹きつける磁場のような男でもなく。

 その総てである…知らない男だった。

 見たこともない不思議な服装をして、丁寧に髪を撫でつけたその男は、ひたり、と団長を見据えた。

「☆※★彡♯♭!?」

 団長が悲鳴のように何かを叫んだ。発声体系が違うのか、聞き取れない言語(ことば)だった。

()()()()()?」

 凄味のある低音が発された。声に圧力を感じたのか、団長がじりと数歩後ずさる。権高い振舞いがなりを潜め、青ざめた顔に冷や汗が滝のようだ。

 カノンシェル、レオニーナとコドウの三人は、何事だと目を離せないが、青年は興味がないらしい。引き継ぎ(バトンタッチ)とばかりに、(カノンシェルの手を引いて)コドウの側に移り、手当を始める。

「いえ、申し訳ございません。まさか…まさか貴方が足を運ばれるとは思いもよらず、動転いたしました。」

 シンラがどういう階級制度なのか不明だが、とにかく男が上だということははっきり分かった。

「あの、こちらは貴方のお知り合い、なのですか?」

「いまの雇い主とその雇先の取引先と、----身内だ。」

 ひんやりと男は言う。

「さて、場所を移そうじゃないか。()()の前では、()()()()しにくかろう?」

「いえ、あの、しかし、ワタシは大事な実験の調整を、」

「なるほど、実験。」

 柔らかだが、明らかに怒っている。

北の花陸(ノーデ)南部においてお前には優先権が与えられている。そういう契約だ。」

「そ、そうですとも! ですから…!」

「ただし、わたしの領域は決して犯さない----そうだな?」

「貴方の領域など、」

 は、とコドウの手当てを手伝っている、朱金の髪の少女を見遣った。

「アレは、あなたの創造物(実験物)でしたか!」

 道理で見事な創り、と物を誉めるように言い立てた。

「娘だ。」

「…え?」

 にこりと笑って、男は団長の襟元を掴むと、宙に放り投げた。団長は何かに縋るように手を伸ばし、その姿勢のまま、ふ、と空に消えた。

 まことに、あっけなく。

「あとは任せる。」

 一手ですべてをひっくり返した。

「丸投げというんですよ、それは。」

 物理的にも投げた訳だが。

 呆れたような吐息を落とした。

「俺の目的は達したわけで、あとはあんたが始末すべき領分(はなし)では?」

 挑戦的に言ったのだが、

「よく言うだろう?  遊山旅は帰るまでが遊山旅だと。」

「は…っ!?」

「また、壊して進めるのは、()()()()()()()決まり(ルール)だ。」

 男は、あっさりと運命を定めた。

「入れ物だけ残っても仕方ない。」

 青年は深く深く息を吐ききった。

「承りましょう。」

()()()()明日の昼、下三区の《自鳴琴》という店で待ち合わせよう。」

 男はやけに現実的な言葉を残して、非現実的に、忽然と失せた。



頭の中で「変身!!」といつしか唱えながら描写してました(笑)。


次章で「綿津見島」での物語は幕を閉じます。「綿津見編」はもう少し続きますので、どうかお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ