67 綿津見島 24
「お見苦しいものを見せていますな。まだ接続したてですので、」
だれに説明しているのか、団長の声が響く。見苦しいと言いつつ、喜々としていないか。
崩れ落ちそうな膝を気力で支え直した。
見えないよう聞かぬよう、大人たちは守ってくれていたけれど、戦禍の中では、奇妙なこと残酷なことが多く有った。。
現実から目を反らさぬこと、混乱に揺れ続けぬことが、身を護ると分かっている。
彫像と同じポーズで(掌に玉を載せた)暫く彼らは、生きた死体のように青ざめて固まっていた。上の玉が瞬いているのに対して沈黙していたが、淡く点滅を始め、やがて同じリズムを刻み、同じ明度に落ち着くにつれ、彼らは背筋を伸ばしていった。
上下にモデルと彫像が在る、まるで何かの記念画のようだ。いったい何なのか、とつかない思案を巡らせるしかない。
「生体に切り替えて四度目となります。事前に測定できたので、此度は前回までより長持ちする計算です。女王もお寂しくないでしょう。」
「どういう意味?」
睨みつけているだろう、レオニーナの声だ。
「人工体から生体に切り替えるタイミングで、調整の為、本体を一時出し置いたところ、ああも自我が育っていたとは、それは嬉しい誤算でしたが、逃げ出された、いえ連れ去られたことは許しがたい妨害でした。」
研究者とか教授のように、自分の研究について話したくてたまらない人種なのだろう。
「生体も、初めは何がいいのか分からず、単に目についた者で始めたのですよ。若さとか外形とか----しかし、そんなものはあてにならず、屑ばかりを引き当てる。そこで、篩を開発したのです。珍しいことに目がない沿海州、仙桜の気質で、九割は通ってくれました。金に目が眩んで手放す者の数も計算のうちです。」
鳥籠。
言っていることはよく分からない。だが、非道なことを言っているというのは分かる。
「・・・それで。下はもういっぱいのようだけれど、十三人目をどうしたいの?」
「勿論、古き御座を浄め、新しい褥にお招きしましょう。」
カノンシェルとコドウは目を合わせた。ごとんゴトンごトンゴとん。変な音がし始めた。留まっている時ではなかった。スロープを駆け上がった。
「懐かしい顔ぶれですな。」
カノンシェルらにとっては、つい四半刻ほどまえのことだ。
「妙な干渉線は、ここへ帰結するということでしょうか。」
銀色の筒が、再たこちらに先端を向き、空気を裂く音がした、と思った時には、コドウ頬に赤い線が走っていた。
「心の臓を撃ち抜かれたくなければ動くな。」
仮面を外した団長は、色白の、思ったより若い男だった。勝ち誇った顔で、そう命じる。
ごとんゴトン…ゴンゴンゴン。
団長の背後、レオニーナの横に銀色の、棺のようにも船のようにも見える銀色の箱がある。
「生体は早くに全滅したが、よく保った。血は争えぬということか。」
ジュジュという濡れて、何かを押しつぶすような音。
とても嫌な気がして、背筋を何かが這い上る。
「----で、今度はわたくしにそこに入れ、と?」
「物わかりが良いではないか。」
「その中でわたくしに何をせよ、と?」
「ただ在れば良い。部品とはそういうものだ。」
蓋が少しずつ浮いてくる。シューッ、とお湯が沸き上がるような音と白い煙のようなものが溢れる。
「随分と馬鹿にしてくださること!」
レオニーナは吐き捨てるように言った。
「ひとの生を決めつけるあなたは何様なのかしら!?」
「シンラ」
伝家の宝刀のように、団長は高らかに言った。
「----は?」
レオニーナは目を剥いた。
「…まあ、シンラですって、」
気の抜けたような返事はお気に召さなかったらしい。肩を怒らせた。
「巷間に伝う、ちょっと変わった能力を持つだけの人間もどきではないぞ!? ワタシこそ、まごう事なきシンラである!」
コドウは胡散臭い顔をし、カノンシェルは眉を曇らせた。
それぞれの反応にはちゃんと事情があるのだが、勿論、団長が知るところではない。
「世≪界≫を創り調え掌るシンラと申しておる!」
地団太を踏みそうである。
シンラを名乗って、世迷言扱いされた苦労でもあるのかも知れない。いやそれとも、正体を明らかにしたのなら、伏して従うもの、と信じている世間知らずの、なのか。
----真偽を正す間はなく。
銀の棺が、立てていた音をピタリと止めた。
胸の奥から突き上げる嫌な予感で、手が震える。
確かめたくない見たくない逃げ出したい----でも、自分を逃して留まった、のだ。それで歴史通りになったのだとしても。
今日何度目になるか、膝に力を入れて、視線を据えた。
オルゴールの上蓋が開く具合で蓋が開く。蒸気。独特の奇妙な…異臭。中身を空けるべく、棺はゆっくりと斜めに傾いて、ゴト、と何かが床に落とされた----まるで物のように。
足元に転がった、土気色で萎んて溶けている----彼をしっかりと見て、レオニーナは凍り付いた顔で、けれど悲鳴も卒倒もなかった。一筋、涙が頬を伝った。紅い、血の涙だ。
銀の筒に構わずコドウが駆けだしていった。団長はちらと視線を動かし、ここは温情とばかりに笑っていた。
コドウはマントを外すと、変わり果てたその人の身体を覆った。もとから大柄なひとではなかったが、女性としても小柄なレオニーナがすっぽり抱えられるほどだ。
顔----頭部だけが、在りし日のままだった。レオニーナが腕輪を口元に寄せると、薄く表面が曇った。息はある。
こんな、ひととは思えぬ姿になっても生きている。その事実に、目の裏が赤くなるような怒りを覚えた。
シンラがなんだというのだ。
ひとが≪界≫に満ちる前ならともかく、いま、この、ひとの時代に。
創世の貴人を免罪符のごとくかざして、ひとの生を弄ぶ!?
健康で若くて大事を成し遂げて、前途洋洋であったひとを、返せ。




