表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/186

66 綿津見島 23

 再びの回廊である。だがすっかり様変わりしていた。

 瀟洒な彫刻も、光あふれる中庭も消え失せ、無機質な銀色の壁と床が、()()()を淡々と迎えた。

 偽装する必要がなくなった、ということなのか。

 ()には、レオニーナ、カノンシェル、コドウの順で入ったが、レオニーナの姿が見当たらない。顔を見合わせて、先へ----ホールに向かう。コツコツ、と正しい音を床は響かせる。

 ()()()()()死闘を繰り広げた、プリン型はそのままだったが、彫像台座はすべて空だ。人の気配はまた小高い部分にある。

 コドウが空座となった彫刻の台座を見渡し、

「彫像は、みんな片付けたのか。」

と、呟いたのにつられて、カノンシェルも周囲を窺い、気づいたことがある。まえより、間隔が狭い----同じようだが、台座は増えている。 半円で五つ----ここでは六つだ。

 塵一つなく整えられた台座。また別の面子の銅像が載せられる流れだろうが、彫り師はどこに待機しているのだろう。

「さあ、皆様。」

 朗らかな団長の声がホールに響いた。傲岸な声を聞いたばかりだから、違和感がものすごい。

「いよいよ、女王がお出ましになります。仮面はお取り頂いて、いと貴き方にお目見えするわけですから。ええ、決まりなど、それは宮の外のお話。招きを受けた皆様は特別ですから。」

 自尊心をくすぐる言い方をする。

 しかし、女王、とはまさか彼なのだろうか----あのまま?

「それには皆様の美しいたましいの力が必要なのです。女王のために選ばれた特別な皆様、どうか女王のために乾杯をして頂けませんか? こちらから、好きな飲み物の入ったグラスを(こちらからが甘めのものになります)お持ちになり、(ああ、酒精のないものも用意してありますよ!)、定められた場所で、証の(ぎょく)を掌にのせて、ご唱和をお願いいします。(氷もございますよ!)」

 酒場かカフェの店員のような、気配りの利いた声を挟みつつ、団長は一行を仕切っている。二人はそっと壁際に下がった。

 招待客たちは酒杯を手に、十二の台座に散っていく。二人の前を過ぎていく者たちもいるが、()()()何者とも知れぬ彼らを誰何する()()は、()()()()()()。綿津見側からは見逃されている感はあるが、それならそれでいい。

 レオニーナは降りてこなかった。

()()()()()()()()()こちらで、女王をお迎えください。」

「光栄な役目ですわ。」

 しらじらしいやりとりが響く。

 団長は分かっている、のだろうか。

「それでは。」

 朗々と団長が声を上げる。

「女王のまつりにようこそ。」

 乾杯、と。

 唱和する十二の声が、ホールに木霊し合った。響きの良い空間だ、と余韻を追いながら、天井から台座へと視線を動かした。

 何も起こらないはずはなかった。

 杯を空ける彼らの掌上の玉がまずは淡く点滅を始めた。全員の目が、己の玉に集中する。点滅の間隔はほどなく長くなり、完全に灯った光にふっと息をつく。次はどうすればと階下の人々が指示を求めて、階上を見上げた時、彼らは()()()()----カノンシェルには、そうとしか見えなかった。

 台座が玉と同色に光ったと思うと、玉と台座に光の線が結ばれて、持ち主たちの姿は台の中に()()()()()()のだ。カラン、カランと幾つもの杯が床に転がる音が重なって響く。

 まさかレオニーナもかと階上を振り仰いだが、どういうこと!?と詰問する声が聞こえて、ひとまず胸を撫でおろした。

 各々の玉の色に変じた台座はブーン、と蜂の羽ばたきをもっと冷たくしたような音を立てている。ブーンブーンと唸り続けるそれは、まるで何かを咀嚼しているようにも聞こえた。

 音はピタリと止まり、台座は白に戻る。

 自分の呼吸(いき)と、傍らのコドウの呼吸がやけに大きく聞こえた。静まり返った空間。音はなく、むく、むく、と台座の上に塊が押し出されてきたと思えば、瞬く間に白い彫像が形成された。掌の玉だけが色を有つ。そして、ポトリ、と台座の(した)から何かが転がり出てきた。----まるで、()()()()()()()()()()

 ()()は暫くその体を丸めて倒れ伏していたが、やがてよろよろと、操り人形を拙く立たせた時のように、手足を奇妙な方向にふらつかせながら立ち上がった。

 カノンシェルらの近くにいたのは、華やかなディドレスの娘(ワゼンの子だ、とコドウが身元を呟く)とやや年上の下級貴族(役人のようなの佇まい)の男だ。

 外傷はないようだ、と安堵したのは束の間。伏せていた顔が上げられた瞬間、戦慄が身を貫いた。

 どんな人たちなのか、カノンシェルは知らない。しかし。こんなのっぺりとした----デスマスクのような表情を、どんなひとであれ、浮かべるはずはないのだ。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ