62 綿津見島 19
回廊の果て----吹き抜けの大きな広間だ。
ただ、単に広間というには凹凸がありすぎである。円形の吹き抜けで、その中央に向かって丘のように盛り上がっている。まるで、プリンを固める容器を逆に置いたような感じで(カノンシェル談)、その縁に沿ってホールケーキいちごのように(同談)、彫像を乗せた台が取り巻いている。
歪な、広間だ。使い出がない。いっそ、神殿ならあり得るが、いったい何を祀っているのか。
プリン容器の上部が姦しい。言い争っているのか、はたまた揉み合っているのか。
連れ(になった)の少女は、ひどく落ち着いた目であたりを見渡している。
当初の消極的な態度から臆病な性質かと勝手に思っていたが、立て続く奇妙な成り行きにも恐慌を起こさず相対している。肝の据わり方に感心するばかりだ。
いや、それも当たり前なのかもしれない。
シャイデに滞在したレオニーナが戦乱に関与したことは聞き知っている。その時の知己というなら、少女もまた、うら若い(幼い?)身で修羅場を越えてきたということなのだろう。戸惑いはあるが、動じてはいない。コドウの日常の中にいる、同世代の娘たちとは異質だ。
「どうする?」
「君子危うきに近寄らずですけれど、…先に行ったあの方がどこにも姿がないということは、上ということでしょう。」
彫像の台座で視界は遮られているが、動く気配は感じられなかった。
「こちらからは登れないですね。」
まず指先で微かに触れ、掌をあてたプリン型もどきは冷たくて、手も足もかけられない、顔が映るほどにつるりとした表面である。
「向こう側に回ってみましょうか。上にだれかいるということは登る手段があるのでしょう。」
提案に頷いて、コドウはふと見上げた彫像に首を捻ることとなった。
「ナーディノどの?」
「さっき、すれ違った方ですわね?」
少女もしげしげと見上げた。
「そっくり。皆さん、こちらでモデルになったのですね。」
「そうなんだな。」
二人から見えるのは恐らく1/3ほどの像で、換算すると十体の像がプリン型(仮)を囲んでいることになる。先にすれ違った集団は十人だった。
「服も同じですわ。まるで写し取ったよう。短時間でこんな精巧な像を仕上げるとは、綿津見島はなんて腕のいい彫り師たちを抱えているのでしょうか。」
感心というより、何とも薄気味悪そうに言葉はとじられた。
コドウはもう一度ナーディノの像を見上げた。等身だ。胸の前で合わせた両掌で玉のようなものを包むように持っている。白い像の中で、その玉にだけ色がある。淡い黄色で、大きさは鳩の卵くらいか。目を両隣の像へ移かす。左隣は小貴族の娘の像で、やや濃いめの朱色で鶏の卵大、右隣は筋肉質な漁師、ウズラの卵ほどだ。
「鳥籠の、あれ、みたいですね。」
手に手に握って歓声を上げていたソレとよく似ている----いや、恐らく同じだ。
だが、レオニーナをはじめとして、選ばれて門をくぐっていった人々は、多少の差はあれ拳大の大きさの玉を所持していたが、ここのそれにはかなりの差がある。
「…招かれて、彫像のモデルに選ばれる、というのが特典なのか?」
何ともピンとこない。広場や目抜き通りに置かれるのならともかく、27年に一度一日こっきりの島の奥深くに建てられても、と、実利主義な商業都市の住人としては、さっぱりお得感を感じない。
…そんな噂もなかった。
ナーディノが、綿津見に建てた自分の像について一言の喧伝もしなかったことが信じられない。見ることはできなくとも、綿津見で特別な扱いを受けたという事実は、宣伝効果としてとても高い。
何もかもがちぐはぐ、バラバラのパズルだ。
ピースの数も知らず、正解も分からない。
プリンバケツを半分回ると、スロープになっている部分が見えてきて、二人は目を合わせた。ゆっくり慎重に近づこうと思ったのだが、スロープを転がり落ちてくる人の姿に目を瞠った。
ドレス姿だが、転がりつつも体を制御しているから、服も乱さず、悲鳴も発さず、下に着いたところで、バネのように跳ね起きた。
スロープの上にも人が現れた。遊伶の民の団長、だろうか。
「大事な時に、次から次に侵入者とは、監視装置に妙な雑音が入る。界落による時空軸が交錯する場合に起こりがちな反応だが。界落ではない。とするなら、だれの干渉か。ここはわたしの領域だというのに、忌々しい。」
偉そうに何か言っていると響きが気に障ったコドウに対して、カノンシェルには思い当たる何かがあったようで顔色を変えた。
きらりと団長の手元で光ったものがある。
「レオニーナさまっ、」
彼女で間違いない。カノンシェルが警戒の声を上げた。はっと、レオニーナが位置をずらし、足元が爆ぜた。
彫像の台座の裏に、お互い駆け込んで、三人は再会したわけである。
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