#19
帰りに短剣一振りと槍を借りた。短剣と槍は訓練用では無い。真剣だ。
離れの裏に行き浴槽に水を貯める。コイル状の石管の内側に薪を入れて燃やす。お湯を沸かしている間に短剣を鞘から抜き上段に構える。
短剣とはいえ5歳児の身体には重いし長い。構えは前世での学生時代に授業で習った剣道の構えだ。
そのまま振り下ろすが剣が重く止める事ができない。地面に剣が刺さる。今度は魔力を全力で循環して上段に構え振り下ろす。
「くっ!」と止める時に身体に大きな負担がかかる。なんとか止める事ができた。今度はゆっくりと構えを確かめるようにゆっくり振る。
キツイ。
これを何回か繰り返しただけで身体から汗が吹き出す。
浴槽を確認。少し熱いが良いだろう。少し水を足して温度を適温にする。お湯をかぶらずにそのまま浴槽にドボンと入る。
「あああああぁ。沁みるぅ」お湯を両手で掬い頭から掛けて汗を流す。
夜空を見上げる。今日も雲一つなく綺麗な星空だ。
まだ浸かっていたいがのぼせても仕方がないので上がる。綺麗な布で身体を拭いて着替える。
浴槽の栓を抜いてお湯を出し水魔法で浴槽を綺麗に洗い流したら石の蓋を被せる。
さて夕食を作ろう。
土魔法を使い昨日買った焼き網の大きさに合わせて外に竃を作る。竃の中に作った炭を入れて枯れ枝に火をつけて火を起こす。
風を送り火を大きくすると炭が燃えてくる。適当な火力になるように炭をならして竃に焼き網を乗せる。ラッシュボアのロースを切り分けて塩と胡椒を振る。
塩胡椒したラッシュボアの肉を焼き網に乗せるとジューと音がして肉の香ばしい匂いが漂う。
その匂いを嗅いだ瞬間グゥ〜と腹が鳴る。うわ〜美味そうだ。
炭火の遠赤外線でじっくり焼く。余計な油が炭に落ちて焼けた油の匂いがしてくる。
良く火が通ったところで皿に乗せて離れに入る。
塩結びとスープを用意。焼いた肉を一口サイズに切り分ける。
まずは一口焼いた肉を食べる。口に入れ肉を噛むと柔く簡単に噛み切れる。口の中には肉の旨みと炭で焼いた香ばしい匂い、塩、胡椒が一体となって口一杯に広がる。
文句無しに美味い。美味すぎる。
次は寝かしてあった粒マスタードを乗っけて食べる。
これも、う、美味い!肉の油のしつこさを粒マスタードの酸味と辛さが中和。肉の旨みが引き立たされ旨さが際立つ。そこにプチプチとしたマスタードの粒の食感がアクセントとして加わる。
美味いとしか言いようがないね。異世界にはこれより美味い魔物肉がまだ沢山あるというのだから楽しみだ。
塩むすびも合わせて食べて腹を満たす。スープで口の中の油を流して完食。
ご馳走様でした。
食後はハーブ茶でマッタリ。
今日は疲れたよ。魔力枯渇させておやすみなさい。
「失礼します」と男が入ってくる。
「おお、待っていたぞカル」と男爵。
「お呼びと聞きましたが?」
「そうだ今日の件だ。マリスはどうだ?」
「今日もあの後裏山に行ったようです。良く鍛錬を怠らずおこなっていると見ました。雑貨屋からの情報では以前からラックバードの魔石を定期的に売りにきている様なので、何か中長距離の攻撃手段があるのかもしれません」
「そうか。次期領主としてはどうだ?」
「!、それはなんとも言えませんな。今の所はマールス様が妥当でしょう」
「そうだな。それにしても不甲斐ない」
「どうやらマリア様とその取り巻きがマールス様とノラス様に何やら吹き込んでいたようです」
「忌々しいな。伯爵のゴリ押しで娶ったが失敗だった」
「伯爵様はどうやら私達を弱体化させるつもりでは」
「そうだな次の領主に鈴でもつけたいのであろうよ。我々が言うことを聞かぬゆえにな。そのためにこちらから乞うて娶ったアリスは毒殺された。本当に口惜しい」と目を瞑る。
「アリス様は領民に人気がありました。伯爵様も今後を憂いてアリス様を毒殺するようにマリア様を唆したのでしょう」
「上の2人はどうする?」目を開けて厳しい表情で言うと、
「マールス様は幸いと言ってはなんですが王都に我が孫ロストと2人でいます。上手く導けば立ち直る筈です。ノラス様は明日からみっちりと扱きます」
「そうだな。寄親とはいえこれ以上の伯爵家からの介入は避けなければならん。ノラスも王都の学院に行かせるか」
「お金は掛かりますがそれが良いかも知れません」
「マリスだが8歳になってまだ才能を見せているようなら3村向こう、コルニデ村の先に新たに開拓村を作る際に責任者として送りたい。その際にはカル。お前に行ってもらう」
「騎士団はどうします?」
「代替わりには丁度良いタイミングだ。そちの息子のアルヴィンをコルニデ村の警護から呼び戻して新たな騎士団長にしようと思う」
「私もそろそろだと思っておりました。よろしくお願いします」
「まぁマリスの件は8歳になった時の様子を見てだ」
「分かりました」と礼をして部屋を出ていく。
ふぅと一息吐くと、
「マリスよ、スキルは残念だったが精進してアリスのためにも生き抜け。私は何もできぬ父だがな許せ」と1人呟く。
男爵が見つめる窓の先には満月の月が微笑むように静かに輝いていた。そうマリスの将来を讃えるように。
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