糞雑魚底辺職のソーサラー、皆から要らないと言われていたら、環境の激変によりたちまち超重要職へ!?~今更持ち上げたってもう遅い。僕たちソーサラーはソーサラーだけでパーティー組みます~
第一章 とあるソーサラーの死
「師匠! しっかりしてください! 師匠!」
「ユーセイン、すまない……まだ小さかったお前がソーサラーになりたいと言った時、わしは止めるべきじゃった……ゴホッ、ゴホ!」
ある夜。ボロボロのベッドの上で、一人の老人が息を引き取ろうとしていた。医者もおらず、ヒーラーもおらず、家族も友達もおらず……その灰色の目には、今にも泣き出しそうな黒髪の弟子……つまり僕、ユーセインだけを映して。
「そんな! あの大ソーサラー、エブラヒムに師事できて、僕は光栄でした!」
「昔の話じゃよ……わしのような古いソーサラーは時代の流れと共に消えるのが運命だったのじゃろう……わしがそれを惜しんだばかりに、お前にはイバラの道を歩ませてしまった……」
ソーサラー。火を、水を、風を、雷を、大地を操り、あらゆる敵を打ち倒す魔法使い。多くの伝説にその姿を現し、その魔法は物語の英雄たちを助けて来た。その技は今に至るまで伝わっている……しかし。
「お前は、まだ若い……何とか、別の道、を……」
「師匠……? 師匠! 師匠ーーーー!!」
その技を受け継いだ偉大な魔導士は今、街の外れにあるボロ小屋で、まともな薬も飲めないまま、病に息を引き取った。
「はい、じゃあ死亡の手続きはこっち。ん、君未成年かい?」
「もう17です」
「そ、じゃあ手続きできるね。この書類を全部埋めて持ってきてね」
役所に師匠の死を届け出て、埋葬のための手続きを進める。伝説の中のソーサラーはたとえ冒険の中で死ぬとしても、仲間に惜しまれ、涙を流され、墓を作られて丁重に葬られた。それが今は、紙一枚で公共墓地に送られて終わり。暗澹とした思いで書類を出し……
「はい……じゃあ、墓地使用料と埋葬手数料、200リブね」
「え……お金、取るんですか!?」
「当たり前でしょう。土地は無限じゃないし、墓の管理にも金はかかるんだから」
200リブ。大体普通の職人が二日働いた給料と同じくらいの額。決して大金ではないけれど、それでも、今の僕には持ち合わせがなかった。だからと言って師匠をいつまでも放っては置けない。寒くなってきたとはいえ、その体が腐り始めるのは時間の問題だ。
「(手っ取り早く稼ぐには……あそこしかないか)」
僕は、冒険者ギルドに足を向けた。魔物の退治や、人々の頼みごとを解決して収入を得る人たち、冒険者。その冒険者に人々の依頼を取りまとめて仲介するのが、冒険者ギルドだ。僕も一応、冒険者として登録してある。しかし……足を運ぶのは、気が進まなかった。それと言うのも……
「お、見ろよ。ユーセインがいるぞ!」
「おいおい、冒険者ギルドに何の用だ? 荷物運びは間に合ってるぞ!」
「誰かパーティーにでも呼んだの? 呼んでないわよね~、ソーサラーなんか!」
冒険者たちの間に笑い声が響く。剣士、格闘士、弓手、治癒術士、様々な技能を持って、依頼をこなす人たち……しかし、その中にソーサラーは居ない。そう……ソーサラーは……
「……これを」
「はい、『隣森のアカキノコの採取。1個5リブ』じゃあ頑張って」
「おいおい、聞いたか!?」
「そんなもん冒険者一日目がやる依頼だぞ! お前冒険者何年目だよ!」
「や、止めてあげましょうよ! だって彼……ソーサラーなんでしょう?」
「おお、優しいねえ。そりゃそうだ、糞雑魚職のソーサラーじゃしかたねえよな!」
ソーサラーは、弱いのだ。
第二章 「糞雑魚職」ソーサラー
隣森。ちゃんとした名前はあるはずだが、街から1時間もせず着くため皆そう呼ぶ。キノコや木の実が豊富で、薬用になる物も多いのだが……狼などが住み着いているため依頼が出ることも多く、駆け出し冒険者はここでの採取から始めるのがこの街の常識だった。
「これで、30……この分なら、夜までには……」
背負ったカゴにキノコを放り込み、次を探す。出来れば狼は出ない様にと願いながら、そんなことを考えている自分に嫌気を感じずにはいられない。
「(あらゆる敵を打ち倒すはずのソーサラーが、狼なんかにビクビクしてる……)」
別に僕の出来が悪いとかそう言うわけではない。ソーサラーと言う技能そのものが今、斜陽になっているのだ。かつて……師匠がまだ若かったころは、ソーサラーはまだ重要な攻撃役としての地位を持っていたという。しかし40年ほど前、とある技術が開発された。
「これで35……」
魔導鋼と呼ばれる、マナを練り込んだ鋼材の開発と量産、それによる武具の普及……ちょっと高いお金を出せば、剣や弓でソーサラーの魔法に匹敵するような強力な攻撃を出せるようにった。さらに身体強化術式の発展でそれまで不可能だったような重装備や動きが可能になり、ソーサラーは攻撃役としての地位を失っていったそうだ。
「これで最後……」
そんな、ソーサラーの歴史を反芻しながら、地面に視線を這わせてキノコを探し終えた時。近くの繁みが音をたてた。そこから出てきたのは、鼻息荒い猪。狼よりはマシな相手だけれど、それでも、危険なことに変わりはない。
「や、やるしかないか……!」
長い杖を構え、雷の呪文を唱える。ソーサラーの戦いはとにかく攻撃すること。呪文を唱え終え……
「サンダーボルト!」
イノシシに向けて電撃を放つ。鞭で叩いたような音と共に雷撃が走り、猪を打った。悲鳴と共に後ずさりする猪、けれどその目から戦意は消えることなく、むしろ痛みでより敵意を強めたように見える。
「サンダーボルト!」
もう一度電撃。猪は怯みはするが、なかなか倒れるには至らない。そしてついに、こちらに向かって突進してきた。
「うわあっ!」
何とか横に跳んで避けたものの、詠唱は止まってしまった。ターンし、こちらに向かってくる猪。その時……
「えーいっ!」
横合いから誰か……小さな影が飛び出した。その影は片手に持った剣を猪に叩きつけると……そのまま、首を撥ね飛ばしてしまった。
「やったー! パパ、勝ったよ!」
「よーしよし、偉いぞ!」
その影は、まだ10歳そこそこの少年。そしてその後ろを父親らしい冒険者がついてきた。二人とも、魔導鋼で作られた軽鎧と剣を持っている。
「ん? 誰かいたのか……何だ、便所掃除じゃないか」
「べんじょそうじ~?」
「ああ、ソーサラーって言ってな。昔は強かったらしいが、今じゃドブさらいや便所掃除なんかをして働いてるのさ。何せ水が出せるから、どこでも手を洗えるんだ……攻撃の魔法は何年も修行してもこんな猪一匹倒せない程度にしかならないからな」
「え~? 僕でも勝てるのに? 弱すぎない?」
「ああ、お前はこんなふうになっちゃだめだぞ? ちゃんと剣術道場に通って、しっかりした武具を使うんだ。そしたら誰でも簡単に強くなれるんだからな」
「うん、パパ! それじゃあ帰ろっか!」
「ああ。ママがこの猪でステーキを焼いてくれるぞ!」
猪を担いで去っていく親子。その姿を僕は倒れたまま、地面を握りしめて見ているしかなかった。
「くっそぉ……!」
ただ周りが強くなっただけなら、まだどうにかなったかもしれない。けれどソーサラーの魔法は明らかに、弱体化していった。その原因はわかっていない……ただ今は、猪一匹倒すのにも苦労するようになってしまっていた。魔導鋼装備なら、あんな子供でも簡単に倒せるような相手にもだ。それが、ソーサラーが雑魚と言われる最大の所以……努力や才覚では覆しようのない、この世界の決まり事だった。
第三章 星に願いを
猪に襲われて落したキノコを拾い集め、どうにか師匠の埋葬費を工面した時には、日が沈みかけていた。200リブの銀貨を握りしめ、師匠の家へと走る。僕は師匠になにもしてあげられなかった。だから、せめて。
「待っててください師匠、せめて最後の眠りくらいは、安らかに……」
夕日が差す中、人通りの少なくなるさびれた通りを走り、最後の曲がり角を曲がったとき。師匠の家の周りに人がいるのが見えた。
「(誰だ……?)」
走り寄ってみると、それはこの街の役人、そして何人かの冒険者だった。そいつらは……手にハンマーや鋸などの工具を持って、家を壊している!
「や、やめろ! 何をするんだ!」
「あーん? 誰だお前」
僕は、役人にくって掛かった。
「僕はここで師匠と住んでたんだ! なんでこんなこと!」
「師匠? それはその老いぼれのことか?」
目も向けずに役人が指さした背後では、師匠が布一枚も被せられないまま、地面に転がされていた。
「師匠! 遺体になんてことを!」
「えーい、やかましい。死人なんざ毎日出てるんだ。きちんと埋葬できなかったお前が悪いんだろう」
「おーい、なんかもめてるみたいだけど、続けていいんですか?」
「ああ、構わん、やってくれ」
「へーい」
大工たちが家の柱を切り、壁を叩き壊す。ボロ屋だけど、飢饉で村が全滅した僕を拾ってくれた師匠との思い出が詰まった家が。
「やめろっ! ここは、僕と師匠の家だぞ!」
「いーや、ここの所有者はエブラヒムになっているが……今朝死亡の届け出が出ている。親族も居ない。つ~ま~り~……今この土地と家財産の持ち主はこの市というわけだ。自分の持ち物をどうしようが勝手だろう?」
「そんな……」
「中にあった物はどうしますか~?」
冒険者たちが、家の中にあった物を乱雑に木箱に詰め込み、家の前に置く。その中には、師匠が残してくれた本の数々もあった。
「ふぅん……かび臭い本ばかりだな。なんだ、これは」
「それはソーサラーの教書だ……僕もこれで、魔法の勉強を……」
「ソーサラー? はっ、道理でかび臭いと思った。そんな物、今どき古本屋にも売れんゴミだ! その辺で燃やしてしまえ!」
「へ~い」
「なっ、や、やめろ!」
ランタンで布切れに火を着け、木箱に投げ込もうとする冒険者。それに僕は体当たりして、教書を守るように木箱に覆いかぶさった。
「教書は貴重なんだ! どんどん失われていって、もう世界にどれだけ残ってるかもわからないんだぞ!」
「ちっ、このガキ……!」
しかし、1人ではどうしようもなく。両腕が冒険者に掴まれ、引きはがされる。
「いいか? ソーサラーなんて役立たずがな、世界から無くなったところで……誰もこまらねえんだ、よっ!」
「がふっ!?」
拳が腹にめり込み、肺の中の空気が一気に押し出される。地面にうずくまる僕の目の前で、木箱に火が投げ入れられた。
「あ……あ……!」
「どうしますかこのガキ」
「ふん、公務執行妨害だ。衛兵に引き渡して牢屋に放り込んでおけ」
「(師匠……ごめんなさい……)」
燃える木箱と本を目の前に歯噛みする僕の顔を、冒険者の足が蹴り。そこで意識は途絶えた。
目が覚めた時、僕は牢屋の中にいた。公務執行妨害と暴行で3週間の禁固刑。それに伴って、冒険者資格のはく奪も通知された。師匠も、家も、残してくれたものも。何かも無くなって、僕は牢屋にうずくまっていた。
「僕が……一体何したって言うんだよ……」
何かしたからなのか、それとも何もしなかったからなのか。考える気にもなれず、高い窓から見える夜空を、ぼんやりと眺めていた。その時、星の一つが徐々に輝きを増し、夜空をゆっくり動いていく。
「あれ、は……」
流れ星だ。それも大きい。月よりも強く輝くそれが、夜空を縦一直線に流れていく。
「……お星さま……」
流れ星に願いをかければそれがかなうと、最初に言い出したのは誰なのだろう。子供のおとぎ話にすぎないけれど、その輝きはあまりにまぶしくて。僕は自然と、祈っていた。
「どうか、僕を……ううん、僕らソーサラーを、救ってください……」
僕の声に応えるものは無く、流れ星は窓から消え……それで、終わり。僕の身に何かが起こることも無く、3週間は過ぎて行った。
第四章 異変
「じゃあな、もう来るなよ!」
衛兵に背中を突き飛ばされ、僕は牢獄を出された。自由になった、けど……どこに行けばいいというのだろう。家に行ってみたが、そこはすでに更地と化して、師匠との生活の名残は何一つ残っていなかった。ただ一本、『市有地』とだけ書かれた立て看板があの夜の事を思い出させる。
「……師匠は、どこに行ったんだろう」
あの日、とうとう師匠を埋葬することはできなかった。その行方だけでも知ろうと、僕は市役所に行ってみることにした。
「(……なんだろう、なんだか……)」
街の通りを歩いているうちに、なんだか街の様子がおかしい事に気が付く。全体的に空気が暗いように思えた。普段は活気にかき消される、道端で交わされる噂話も耳に入って来る。
「またやられたって……」
「ええ? 白刃団も? それじゃあもう……」
「一体どうしてこんなことに……」
「きっと黒槍団なら……」
聞こえて来た白刃団と黒槍団と言うのは、この街では一二を争う大手冒険者クランだ。大勢の冒険者と整った装備を持ち、街の武力の半分はこの二大クランが担うと言われているほど。この街で生活していれば、姿を見たことが無い者はいないだろう。
「あ、見て。黒槍団が……!」
「うっ……ひでえ」
前から、馬と馬車の一団がやって来た。黒槍団……しかし、その姿は無惨な物。鎧は所々凹み、黒塗りの槍は折れ、疲れ切った表情で戻って来た彼らは、大手冒険者クランだとは思えない姿だった。
「ボロボロじゃねえか……」
「っじゃあ、やっぱり本当なの、魔物が急に強くなったって……」
街の人がざわつく。一体何があったのだろう……気にはなるが、今は師匠の事の方が先決だ。役所へ急ぐと、そこにはすでに人だかりができていた。
「どういうことなの!」
「市長を出せ! 説明しろ!」
「俺達の生活はどうなるんだ!」
怒る人々をかき分けて、死亡届を出した窓口に行くと、そこも明らかに人が多い。それも、冒険者たち。
「はい、エブラヒムさんね。荼毘は済んで、無縁墓に入れられてるよ」
「そうですか……あの、この人達……」
「ああ、このところ急に冒険者の死人が出るようになってきてね。一体どうしたんだろうねえ」
街で流れていた噂は、どうやら本当のようだ。元々冒険者は危険と引き換えに高い収入を得る職業とはいえ……
「(この辺りで、魔導鋼の装備を破れる様な相手なんて……)」
そんな疑問を覚えながらも、師匠が入ったという無縁墓へ行こうと、市庁舎から中央広場に出た時。広場の中心に台が設けられ、そこに人が集まっていた。その台の上に登ったのは、こぎれいな服装をした恰幅の良い壮年の男性……この街の市長だ。
「皆さん、静粛に! 静粛に!」
ざわつく人たちを市長はなだめ、話し始める……
「え~、既に噂が広まっているように、この数週間。魔物による冒険者の被害が相次いでおります。冒険者は今や街道の安全維持などに欠かせない仕事。そこで私は事態を重く見て、黒槍団に調査を依頼しました。どうぞ、団長」
市長の横に、鎧兜に身を包んだ男が現れた。その顔は見覚えがある物……3週間前、森で子供を連れていた父親だった。
「黒槍団団長、オルデヒトです。私たちは団の中でも優秀な者を連れ、近隣の魔物の調査に赴きました。そして……結論から申し上げます。魔物が強くなったというのは……事実です」
ざわつきが強くなる。だが、魔物とはいえ生き物だ。ほんの一月そこらで、いきなり強さが変わることなど、あるとは思えない……
「我々は街道上を探索し、トロールの小さな群れを発見しました。従来の我々であれば、傷一つ負う事も無く倒せた相手です。しかし……ご覧になられた方もいるでしょう。我々は多くの重傷者を出しました」
トロールと言うと、人間を毛深くして手足を二倍ほど太くしたような魔物だ。凶暴だが知能が低く、魔導鋼の装備をした者なら決して危険のない相手の筈。
「我々はどうにかその群れを倒し、一匹を捕獲することに成功しました。それが、これです」
壇上に、鉄の檻に入ったトロールが上げられる。まだ小さく、大人になり切っていないように見えた。その横で、オルデヒトは、槍を手にする。
「せいっ!」
その槍は魔導鋼、トロールの胸板を背中まで突き通せる。そのはずが……その刃は、半分も突き刺さらず、トロールは痛みで暴れるばかり。逆に槍の柄に噛みつくと、硬い木のそれを噛み砕いてしまった。
「私は今、手加減はしておりません。このように、見た目こそ変わっていませんが魔物の皮は頑丈になり、その牙や爪は強力になっています。これは大きさからすれば、まだ子供。大人であればどれほどの脅威になるか、お判りでしょう」
ざわめきはどよめきに変わる。口々に不安を言い立て、これからどうするつもりかと市長に迫る。
「この街にも不安が広がっている……魔星の影響は大きいな」
「(……?)」
そんな中、落ち着いた女の人の声が近くで聞こえた。なぜか気になる、その言葉のした方を振り向く前に。壇上からバキン!という金属の音がする。
「檻が……」
「壊れたぞ!」
「な、しまった!」
錠が錆びでもしていたのか、トロールは扉を閉めていたそれを強引に引きちぎり、檻から壇上に出てしまった。
「うわああああーっ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
集まっていた人は一斉に離れようとし、たちまち人の津波になる。その中で、僕は人に揉まれ、バランスを崩して倒れてしまった。何人かに踏まれ、人の波が離れた時。壇上のトロールはこちらを見下ろしていた。
「う、く……」
背を向けて走ったところで、逃げきれない。
「こんな所でっ……」
魔導鋼で倒せない相手がソーサラーの魔法で倒せるはずもない。それでも。
「何もかも奪われて、死ねるかあーーっ!!」
呪文を唱える。威力と射程を犠牲にして数言の短い詠唱で済むタイプ。倒せないにしても怯ませていけば、距離くらいは稼げるはずだ。
「サンダー、ボルトっ!」
雷撃を放つ。しかし。
「え」
目の前に閃光が走り、迸るのは僕がこれまで見たこともない、巨大な稲妻。それは真っ直ぐトロールを撃ち抜き、その全身から焦げた臭いと煙を上げさせる。そしてトロールは、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
第五章 ソーサラーの夜明け
「た……倒した……?」
信じられない。強くなる前のトロールでもソーサラーの魔法では一撃で倒すことなど出来ない。それが魔導鋼にも耐えるようになったトロールを……そもそも、今まであんな威力の魔法を出せた事なんて無かった。
「どう、なって……」
「なんだ、倒したのか……?」
「今のは、魔法? 誰がやったの?」
「あいつだ……便所掃除が!」
「馬鹿な、あいつはソーサラーだぞ? あんな魔法……」
周囲のざわめきと視線が集まる。本当に僕が……あのトロールを倒したのか。
「そうじゃ……わしは見たことがあるぞ……わしが子供のころ、ソーサラーの魔法はああじゃった! 森を焼き払い、山を割り、雲を砕く、強大な魔法の使い手!」
「じゃ、じゃあ、ソーサラーが……伝説の通りの力を取り戻したってのか?」
「すげえ……」
「咄嗟に使った魔法であれでしょ? 本気を出したらどうなっちゃうの?」
「あれなら、魔物だって怖くないぞ!」
周囲の声が驚きから喜びに変わっていく。それは、僕に向けられていて……
「す、すばらしい! 君! 君の名前は!?」
「伝説のソーサラーに会うことができるとは! 是非、黒槍団に入ってくれないか!?」
「え……」
壇上から降りて来た市長とオルデヒトがそれぞれ僕の両手を取って引き起こし、握手をしてくる。
「皆さん! ご覧ください! この少年が我らの希望です!」
「他にソーサラーの知り合いは居ないのかね? 君のような魔法が使えるなら何人でも歓迎しよう! 最初から下積み無し、いや小隊長待遇で迎え入れようじゃないか!」
「なに、居らぬとも彼が他の者に教えればよいのだ。何せ知識はどんなに分け与えても減ることが無い!」
何を言ってるんだ、この人たちは。
「ああ、これで安心ね!」
「いやあ、若いのに感心だな。これからもバンバンその魔法で魔物を倒してくれよ!」
「よく見たら顔も可愛いわ、彼女とか、居るのかしら?」
「俺何度かあいつとパーティー組んだことが有るぜ! いやあ、光るものがあるとは思ってたんだ!」
「誰に教わったんだろうな、きっとすごい先生だぞ! おれも教わりてえ!」
何を言っているんだ、こいつらは。
『ソーサラー! ソーサラー! ソーサラー!』
僕を称える声だ。だけど。
「……うるさい」
僕の口から出たのは、そんな言葉だった。聞き取れたのは目の前にいる市長とオルデヒトだけだったけど。
「む? 今何と……」
「うるさいって言ったんだ!!」
水を打ったように静まり返る人々。僕の口は次々と言葉を吐き出した。
「希望だって!? 伝説だって!? ふざけるな! お前たち、僕と師匠に何をしたのか忘れたのか!? ソーサラーの知り合いなんて居るわけないだろう!? お前たちが、散々虐げて居なくならせたんだ! 雑魚だ、時代遅れだ、役立たずだって言って!」
今まで耐えて来た物が、一気に噴き出してくる。振り向き、取り巻く人々に向かって叫ぶ。
「光るものだって!? 魔物を倒してくれ!? 良くて水汲みや荷物運び、悪ければ囮に使っておいて! 立場が変わった瞬間にそれか!?」
「君……!」
「教えろだって!? 教わりたいだって!? 知識を分け与えろだって!? お前たちは師匠に何を分けてくれた!? 師匠は80歳も越えて、力仕事も出来ないから便所掃除や皿洗いをして僕を育てて! ちょっとした傷を塞ぐ薬も買えなくて、そこから病気になって死んだ! 師匠が残した教本も全部なくなった! お前たちが燃やしたんだ! かび臭いゴミだって言って! もう教えられる人なんていない! 何もかももう遅いんだ!」
息が荒い。いつしか涙が両目からあふれていた。なんでこんなことになったのかはわからない、けどこれがせめて半年、いや3カ月早かったら。きっと今頃隣で師匠は喜んでくれたはずだ。病気にもならず生きていたはずだ。ソーサラーの仲間も、増えていたはずだ。師匠が死んでも、独りぼっちじゃなかった。
「そんなこと、言われてもな……」
「ソーサラーが弱かったのは事実だし……」
「俺は別に、何もしてないし……」
「便所掃除じゃなくて、読み書き教えるとかいろいろ方法はあっただろうに……」
周りから、ぼそぼそとそんな囁きが聞こえる。僕の怒りが、まるで子供の我儘か何かのように。
「あ~、君の怒りはもっともかもしれんが……こう、未来に目を向けようではないか、ん?」
「そうだ、我々クランに入れば金も入る、お師匠にちゃんとした墓も作ってやれるだろう? 賢く考えたまえ」
もっともらしい事を言う。実際もっともなんだろう。僕は、師匠から受け継いだ技を途絶えさせたくない。結局、この街でこいつらのために魔物を倒すしか……そう思った時。
「ふふ……はっはっはっはっ!」
人ごみの中から笑い声と、ゆっくりとした拍手が聞こえた。
第六章 新たなるソーサラー
「いや、聞き入らせてもらった! ここで軽々しい賛辞に乗せられたり、長いものに巻かれてしまったりするようでは、と思ったが……」
「だ、誰だ!?」
女の人の声。さっき魔星がどうのと言っていた声だ。人ごみの中から、黒いローブを着たその人が歩み出る。長い黒髪と切れ長で琥珀のような目、歳は僕より一回りほど上だろうか。
「初めまして、少年。私はアデライド。君と同じソーサラーだ。エブラヒム殿の事は残念だった……しかし、弟子がいたとはな」
「師匠の、知り合い……?」
「ああ、そんなところだ。さて少年。君はこう思っていることだろう。『たとえ魔法が強くとも、1人で出来ることは限られている』と」
「は、はい……」
「そ、そうだ。前衛と後衛、それらをバランスよく組み合わせてこそ、我々は最大の力を発揮できる!」
「ふっ、その『我々』とは誰のことかな? 戦うもの全員か? それとも、前で武器を振るう諸君ら前衛のことか?」
アデライドと名乗ったその女の人は、黒槍団団長にも一歩も引かず不敵な笑みを浮かべて見せる。自分と同じソーサラーだというのに、この自信の違いは一体何なのだろう……
「いかにも、単独行動は危険だ。ならばどうするか? 至極単純な話だ、少年。我々ソーサラーは、ソーサラー同士で組めばよい!」
「ソーサラー、同士? でも……」
「はっ、イカれてる……いくら魔導鋼が弱ったとはいえ、それは今までに比べての話だ。お前たちの防御力はそのままなんだぞ。一体どう戦うつもりだ」
そうだ、確かに魔法の威力は急に上がった。しかしそれが無敵になったことを意味するわけじゃない。ソーサラーは魔導士の一種である以上、その研鑽は魔法に費やされる。重い武器や鎧を使うための訓練はおろそかになり、その欠点を補うためパーティーを組むのは必須の筈だ。
「どう戦うか? それはな……」
その時、カンカンカン! という金属音。街の外壁に設けられた見張り台の鐘がけたたましく鳴らされる。
「おや……?」
「この鐘は……何があった!?」
「ワイバーンです! 南からワイバーンがこっちに飛来しています!」
「何だと!?」
ワイバーン、全長5mほどの飛竜と呼ばれる魔物の一種。この辺りには生息していないが、時たまはぐれや流れがやって来ることがあった。以前なら家が1,2件壊されるくらいで黒槍団や白刃団が退治していたが、あのワイバーンも、他の魔物同様強くなっているとしたら……
「丁度良い。ステラ!」
「はい、先生!」
同じく黒いローブを着た女の子がざわつく人ごみから歩み出た。肩までのサラッとした金髪とアメジストのような目が印象的、歳は僕と同じくらいだ。
「初めまして、私はステラ。アデライド先生の弟子よ。あなたと一緒ね」
「少年、我々ソーサラーの新たな戦い方を見せよう」
すでにワイバーンは南の空に見えている。ここに来るまでほんの数分も無いだろう。
「少年、雷撃魔法だ。君は慣れていないだろうから、私たちで合わせる。いいな、ステラ?」
「ええ、わかりました先生!」
「さあ少年、あのワイバーンを倒すぞ!」
二人が僕の左右に並び、杖を構える。僕もそれに合わせて杖を構え、飛来するワイバーンを見据えた。
「(新たな戦い方……僕たちソーサラーの……)」
僕の詠唱に合わせて、二人も詠唱を始めた。まるで歌の合唱のように、広場で三つの詠唱が合わさる。どこか不思議な高揚感。そう、僕は今生まれて初めて、誰かと肩を並べて戦っている。僕と同じソーサラー、同じ、虐げられても魔法を磨き続けた人たち。
「(その人たちと、一緒に戦う……!)」
僕の心から、迷いは消えていた。
『サンダーボルト!』
三つの魔法が同時に発動する。三つの雷光が空を横切る巨大な稲妻の束となり、街の上空から舞い降りようとしていたワイバーンを撃ち貫いた。空中で姿勢を崩したワイバーンはそのままきりもみになり……中央広場の壇上へ、石畳を砕きながら墜落した。
「ワイバーンが、一発で……」
舞い上がった粉塵が収まると、落下の衝撃で体中が砕けたワイバーンの死骸。それを見た自分自身信じられず、口からそんな言葉が漏れる。
「3週間前の流れ星を君も覚えているだろう。あれが世界のマナバランスを変えた。今や魔導鋼は絶対の力ではなく、攻撃魔法はかつての力を取り戻したのだ!」
「あの星が……」
まさか、まさか。本当に星が願いをかなえてくれたんだろうか。これが世界中で起こっているというのなら。ソーサラーの立場は……
「そして、これが我々の新たな戦い方だ。防御など必要になる前に、圧倒的攻撃力で粉砕する。名付けて飽和火力戦術! 我々ソーサラーに、もはや前衛など不要!」
「ねえ、私たちと一緒に行こう! 私たちの冬は明けたの!」
「ま、待ってくれ!」
高鳴る気持ちに、横合いから口を挟んだのは、市長だった。
第七章 旅立ち
「彼はこの街唯一のソーサラーなんだぞ! それを連れていかれたら、我々はどうすればいい!」
慌てた声を出す市長。それを皮切りに周囲から次々声が上がる。
「街道が危険になったら商品も入ってこないわ!」
「今まで育ててもらったこの街に、恩を仇で返すのか!」
「無責任すぎるだろ!」
「金か!? いくらだ、いくらほしい!」
虐げておいて、次は持ち上げ、その次は非難。人の心はなんて変わりやすい物なんだろうか。街の人達の声は、もう僕の心に全然届かなくなっていた。
「さて、どうする少年。ああは言ったが、無理強いはしない。この街に残りたいというなら、私たちは大人しく去るが」
「いえ……行きます。僕も連れて行ってください!」
「良かった、そう言ってくれると思ってた!」
誘いを断る理由は、ない。僕は2人の方へ、踏み出した。
「ま、待ちたまえ! 君はこの街を見捨てるのか!?」
「……皆さんが、僕たちにほんのちょっとでも親切だったら。いや、親切じゃなくてもいい、ただ他の人達と同じように扱ってくれたら。あるいは、大切な何かがこの街に残っていれば。僕も迷ったと思います」
背後から呼び止める市長に、振り向くことなく答える。
「わ、悪かった! そうだ、すぐに君の師匠も無縁墓から出して立派な墓標を作ろう!広場に彫像も立てて、偉大なソーサラーとして……」
「もう遅い! どれだけ名誉を押し付けたって、死んだ人は喜ばない、帰ってこない! そんな心もこもってない飾りだけ作って何になるんだ!」
「師匠さんの事、大切だったのね。その気持ちわかるわ」
「少年、怒りを感じるのは人として当たり前のことだ。だが暗い過去を見てそれに囚われれば、君も苦しむばかりだぞ」
「はい……それじゃあ市長、僕は行きます。皆さんはこれまで通り、黒槍団なり白刃団なりに守ってもらえば良いでしょう。この街ヘの恩って言うなら、このワイバーンで返したことにしてください」
「くっ……ええい、下手に出れば付け上がりおって! オルデヒト、こいつらを捕らえろ! 拷問にかけてでも、ソーサラーの知識を吐き出させるのだ!」
「はっ! 黒槍団、包囲しろ!」
槍を持った冒険者たちが、僕ら三人を取り囲む。
「ふっ、切羽詰まったか。それとも街のためなら手段を選ばない名市長と言うべきか? だが捕まってやるわけにもいかんな、相手をしてやっても良いが、ここは一つ上に逃げるとしようか」
「え、先生、あれやるんですか!?」
「新人へのちょっとした洗礼だ! 少年、こっちへ!」
「は、はい!」
アデライドに近寄ると、彼女は僕の脇を抱えて抱き寄せ……柔らかいものが顔にあたった。
「うわわ……!?」
「先生、毎回掴み方がちょっとやらしいですよ!」
「大事な弟子を落とすわけにはいかんからな! さあ、行くぞ、しっかり掴まっていろ!」
そう言うとアデライドは詠唱を始める。呪文からして風の魔法……
「ウィンドリフト!」
広場に、風が渦巻く。それは僕たちを中心に収束していって……
「うわあああああーーっっ!?」
竜巻となったそれは、僕たち三人を、空高く舞い上げた! 顔にあたる強い風に目を閉じ、それが収まって瞼を開くと……
「うわあ……」
眼下には、世界が広がっていた。街が、それを取り巻く壁が、隣森が、その向こう、ワイバーンが住む山岳まで、一目に見渡せる。
「飛んでる……」
「正確には飛ばしている、だ。風の魔法を上手く制御すればこんなこともできる」
「僕の街は、こんなに小さかったんですね……」
「そうよ。あなたは……いいえ、私たちソーサラーは、この広い世界に羽ばたいていくの。かつてそうだったように、ね」
「ひとまず、私たちの拠点に向かおう。なに、そう長い旅ではない」
空中に浮かんだ僕たちは、風に乗って東へ飛ぶ……その時、真下に無縁墓が見えた。一本だけ立った、名前も刻まれていない墓標。その下に師匠も眠っているはずだ。
「師匠……行ってきます」
僕は旅立つ。師匠との思い出だけを持って。わずかな郷愁と、街から僕らを追いかけて来る芥子粒のような人たちを振り切って。
「おっといかん、私としたことが、まだ君の名前を聞いていなかったな」
「あ、そういえば……ねえ、あなた名前はなんていうの?」
僕の、ソーサラーとしての人生が始まる。
「僕は……僕はユーセイン! 大ソーサラー、エブラヒムの弟子です!」
終




