Recollection-90 「かくれんぼ」
コンコンッ
「イェット君、入って大丈夫ですか?」
マリーアンナは昔から変わらず遠慮がちに部屋の入り口を叩き確認する。
「マリー、どうぞ、入って大丈夫だよ。」
キィッ
「お邪魔します、、。何だか久しぶりですね?」
「そうだね、去年来て以来だ。いつも学び舎で会うのに変だね?」
「ですね!」
イェットは昔から変わらず笑顔で答える。
まだ日も沈み切らない時間、マリーアンナは久しぶりに幼馴染の部屋に入る。
(昔から変わらない、、ずっと変わらない場所。まるで自分の部屋みたいに感じる。)
イェットの母がいつも通りペイストリと羊の乳を部屋まで持って来てくれた。
それを2人で頬張り一通り楽しんだ後、2人は話を始めた。
「マリーは学び舎にいる時は普通の女の子なのに、歌う時は何だか大人っぽくなるよね?」
「えっ⁉︎そ、そ、そうですか⁉︎何だか恥ずかしいです、、。」
マリーアンナはそばかすのある頬をこれでもかと赤く染めた。
「去年のエトナ祭の日さ、マリーを見て、正直嬉しい反面淋しくなってさ、、。何だか遠い、手の届かない人になっちゃうみたいでさ。」
イェットはにこやかながらも少し俯いて言う。
その言葉はマリーアンナにとって意外だった。まさか幼馴染が「淋しい」と言うなんて、言ってくれるなんて。
「、、そんな⁉︎、、そんな事、、、ないです、、今までもこれからも、、ずっと一緒ですよ?」
「うん、ありがとう。あ!ごめんごめん変な話をして、、実は今日話があるのはさ、、。」
イェットはマリーアンナの方を見ると、空五倍子色の瞳が真っ直ぐに不言色の瞳を捉えていた。
「実は、3月1日から護衛団の任務で、、、旅に出る事になったんだ。」
「?旅ですか⁉︎どこまで行くんですか?」
マリーアンナは少しだけ眉をひそめて伺う。
「、、、場所は分からない。訓練も兼ねて、領土の範囲確認をしに行くんだよ。」
イェットは話せる範囲で事実を伝える。
実はエトナの民は「エトナの呪縛」の口外を堅く禁じられている。
理由は、その存在が、別の「何か」がある事を示唆してしまうからである。また、戦争になった場合に遠距離攻撃に特化され不利な状況に陥らない様にする為だ。
これによりエトナの呪縛、封命の光輪の存在を知る者は一部となる。
「そうなんですか、、どれくらいの間行くんですか?」
マリーアンナは核心部に触れる。
「、、、、、1年以上、、、。」
「、、、、、え?、、1年以上?」
マリーアンナはその期間に聞き間違えがあったのかと思い確認する。
「、、、うん。最低でも1年は帰ってこられないんだ。、、その間、もし父さんと母さんに何かあったら、、頼むよ。」
「、、、、、、。」
「、、、?、、マリー?」
マリーアンナは黙ったまま俯いている。その表情は真顔で怒っても悲しんでもいない、単純でいて複雑だ。
「、、、、です。」
「?、、え?」
マリーアンナは下唇を噛んだ。
(、、、駄目!、、イェット君を困らせる様な事は言っちゃ駄目!、、「いやです」なんて、、)
「、、、あはははは、1年かぁ!長いですね!いやぁ、、1年、、、。」
マリーアンナは眉を下げ、瞳を閉じて困り顔で笑いながら言う。
ポタリ、、、ポツッ、、
膝の上に温かい滴が落ちてくる。
「、、あれ⁉︎、、何でだろ?ヤダな私、あはは、、は、、、はぅぐっ、、、ふぅ、、ゔ、、」
2度と会えない訳じゃない。それは理解していた。なのに何故か涙が溢れてきてしまった。
(、、、駄目!ずるいよこんなの、、泣いちゃ駄目だ!困らせちゃ駄目だよ⁉︎)
「マリー、、その
「大丈夫です!大丈夫!また会えますから!、、ちょっと淋しいけど、、大丈夫です、、、淋しいよぅ、、。」
首を振り涙を『はんけち』で拭いて笑顔を見せた矢先、自分が発した淋しいという言葉に身体が反応してみるみる泣顔に戻る。
マリーアンナからすれば、イェットは大好きな男の子。だがその前に家族や兄弟に近い身体の一部の様な、心の一部の様な存在だった。
ずっと一緒にいた彼女からすれば、淋しいのも当然だ。
小さい頃は無邪気に手を繋いでくれたイェット君。
一緒に外を駆け回り、どんぐりを拾い、それを並べて遊んだ。
恥ずかしがり屋の私を連れて、他の友達の輪に入れてくれた。
ペイストリを食べる枚数で喧嘩して、拗ねる私に必ず1枚多くくれた。
かくれんぼをしたら、どんな場所に隠れても必ず私を見つけてくれた。
(「マリーみーつけたっ!」)
(「どーしてわかったの?」)
(「だって、マリーだもん!」)
そして私の手を取って、お天道様の元に連れ戻してくれた。
急に幼い頃の思い出が蘇り、また涙が溢れてしまった。
「ふぐうぅぅぅ、、うわあぁぁ、、、」
「マリー、、ごめんな。困らせるつもりで言ったんじゃないよ?マリーには最初に伝えようと思ったんだ。ほら、、、」
「、、ふぐっ、、何ですか?」
「だって、マリーだろ?」
「‼︎」
イェット君はやっぱり変わらない。あの頃のままだ。
「出発の日がマリーの誕生日だからさ、、、その、誕生日祝えないから別の日にさ?」
「?、、?、、⁉︎、‼︎、、あ、そうだった、、私の誕生日、、。」
「うん、3月1日はマリーの誕生日だろ?、、僕より2ヶ月も早く生まれて生意気だよ⁉︎」
マリーアンナは自分の誕生日を忘れてしまう程にイェットが1年以上いなくなるのが衝撃だった。
「いつの間にか僕より大きくなってさ?生意気だよ。」
そう言いながら、イェットはマリーアンナの頭を撫でる。
その昔から変わらない優しさにマリーアンナは抱きつきそうになった。だけど我慢した。
彼女の中で何故かは分からないが、それはズルい事の様な気がしたから。
(誰に対してズルいの?)
マリーアンナの頭には1人の女の子が浮かんだ。
(イェット君も頑張って強くなろうとしてる。私だって、、負けない!振り向いてもらえる様に頑張ります!強くなります!)
『はんけち』で涙を拭き、見開いた空五倍子色の瞳は輝きを増した。
「泣いたりしてごめんなさい!、、私、応援します!、、イェット君がいない間に私も頑張ります!」
両手を握り胸の前で軽く振る。眉は逆ハの字、口はへの字だ。
「あはは!なにその顔⁉︎弱そう!」
イェットは屈託ない笑顔を見せる。
「じゃあ、勝負しますか⁉︎えへへ!えいっ!」
マリーは冗談で刻み突き、ジャブを寸止めで放つ。
ヴォッ!
その刻み突きはイェットには見えなかった。光の如き疾さだった。
バアッ、、、
笑顔のイェットの翡翠色の髪が風圧で後ろに強制的に靡く。
ぞくり、、、
(マ、マリーを怒らせる事だけは厳禁だ、、。)
「⁉︎あれ⁉︎イェット君、鼻血が出てるよ?えー何で何で⁉︎」
慌てふためく幼馴染にイェットは驚愕しながらも、ふふっと安堵の笑いが込み上げる。
(ありがとうマリー、いつも通り接してくれて。僕頑張るよ。)
イェットは鼻血を垂らしながら胸に誓った。
(イグナ君に貰った『はんけち』、涙ばかり吹いてる。これからは頑張った汗を拭きたいです。)
マリーアンナも強くなろうと決心した。
でも、それでもその『はんけち』で
涙を拭かなければいけない日は来る。
来てしまうのだ。
『約束の時 ムータレストリートゥス』まで、後1年8ヶ月。




