Recollection-86 「月」
朝日は否応なく今日を伝えにくる。それはまた1日、『約束の時』へと進んでしまったと言う事。
昨日も言えぬまま眠れぬ夜を過ごし、また朝を迎える。
それを知り理解してしまってからは四六時中、いついかなる時も心の片隅にある、黒く粘りついたこの酷く心を蝕む、娘に伝えねばならない事。
オズワルドは六合紡文書の予言を儀式として遂行しなければいけない重圧からか、酒の量も些か増えた様に思える。
徐々にではあるが、彼は六合紡文書の予言に囚われつつあった。しかし、彼の強い精神力と理性が心を瓦解させず、瀬戸際で耐え忍んでいた。
彼は寝床に腰掛け、両腕を膝に置いた。前髪は顔を覆い表情はわからない。
(今更ながら、何故俺の代なんだ、、、何故俺の娘なんだ、、、なんて、言えないよな。)
ピシャリ!
彼は自分の頬を自身で叩いた。
(、、、俺の運命に巻き込んでしまったアトリーと、、、イェット君。、、、『天無絶・星屑』がアトリーを、『天無絶・天道』がオルビーの息子を選んだ時、この運命になる事が決まっていたのだな、、、。)
彼は立ち上がり、開口部を開けて朝日を浴びる。
その日差しの明るさとは正反対の色が彼の胸中に存在する。
(俺の父が病で床に伏せていた時、『もしお前の代で事が起きた時は、私を恨むかもな』と言っていた意味が今なら解る。、、、でも俺は誰も恨むなんて事はない。、、、死ぬ間際まで父は次世代に負い目、引け目を感じながら己の宿命と戦っていた。、、、俺はムータレストリートゥスに立ち会う事はできないが、後世に残す事は出来る、、。これこそが俺の使命であり宿命。この時代に生まれ落ちた意味なんだ。)
彼は両手で前髪をかき上げ露わになった胡桃色の瞳、その眼光には『決意』が感じ取れる。
コンコンッ
誰かがオズワルド王の寝室の部屋のドアをノックする。
「お目覚めの所、失礼いたします。アトレイタスです。少々お話があるのですが。」
「ああ、今開ける。」
オズワルドは外套を羽織りドアの施錠を外す。
アトレイタスは一礼し入室した後、片膝を着いて話し始めた。
「、、、朝早くすみませんオズワルド王。以前に相談させて頂いきました、封命の光輪の位置、距離の確認を行いつつ、精鋭10名を育てる双睛羇旅に向かう日程が決まりました。今年の3月1日になります。」
「、、、そうか。双睛とは確か、、猛獣を追い払ってくれると言われている伝説の鳥だったな、、しかも現れるのは数年に一度、、。長い旅になりそうだな。」
オズワルドは顎髭を撫でながら片眉を上げて言う。
「、、はい。ですが必ずや強き双睛を育ててみせます。それから去年のエトナ祭の日、予想通り何も起きませんでした。つまりエトナの民の首を持ち去った何者かは来年の10月19日にムータレストリートゥスが行われる事を知っている。、、、一つ思いあたる可能性があるのは、、、。」
アトレイタスは真剣な面持ちで俯き言葉を詰まらせる。
「『月』、、、だな。」
オズワルドは憶測の域を出ない、微かな直感が脳裏に響き言葉にした。
「‼︎、、、はい。六合紡文書にも僅かに表記のある『月』、、。天ノ示のそれが何を意味するのか、、、それから、、」
「それから?」
王は話の続きを促す。
「去年末、鴇ノ雛隊のイェットがサングイネンバ川付近で『赤い髪の少女』を目撃しています。、、、これは十数年前にオズワルド王も遭遇し、オルブライト様が紙一重で退けた者と関係があるかと。」
「⁉︎、、奴か⁉︎、、何故今頃になって、、‼︎、、まさか、、。」
オズワルドは自らの顎を掴み、眉間にシワを寄せ考え込む。
「、、、もし赤い髪の者達が『月』に関係する者と仮定した場合、1つはっきりしている事があります。」
アトレイタスは冬だというのに頬に一筋の汗が流れる。更に彼は続ける。
「その者達が何らかの方法で情報を得て、来年に行う儀式に何らかの形で介入する可能性があります。そして、もし彼等が敵となり対峙する場合、、、」
「、、、アトレイタス、話は解った。お前の言う通りなら彼等の戦力は我等の想像以上だろう、、。エトナの民の首を持ち去ったのが彼等であれば、間違いなく、、、血が流れ幾多の屍が再度築かれるのは免れん。もし戦いになった場合、彼等を退けるには双睛羇旅にて雛を育てつつ、他の雛達も四神達に育ててもらう。、、これしかないな。すまないが頼む。」
「承知しました。3月1日より出発いたしますが、他の護衛団の武力の底上げは若き生き字引のオーディンに任せてありますのでご安心を。、、、しかし、、」
アトレイタスは腑に落ちない事が1つあった。それはオズワルドも同様だった。
「『月』の者達の目的は一体何だ⁉︎、、、まさか今更エトナの秘宝を奪うなどといった戯言でもなかろう、、。」
「その通りです。目的が不明なのが底気味悪い所です、、。オズワルド様、長々とすみません。実は一つ謝らなければいけない事が、、。」
アトレイタスは跪き俯いたまま口籠っている。
「どうしたアトリー、お前にしては珍しいな、水臭いぞ、言ってみろよ?」
オズワルドは気丈に振る舞い話しやすい雰囲気を作る。
「その、、、まだ私はイェットにムータレストリートゥスの話をしていません、、。旅の最中に話せれば、、、それから、シーヤ様にも同様に、、まだ『終ノ示』の話を、、、。」
アトレイタスは俯いていたので表情は見えなかった。しかし、彼が苦悶の表情になっている事は承知していた。
「、、、アトリー、いいんだ。お前には気苦労ばかりかけて面目ない。、、娘には俺から言う。それは俺の親としての責務だ。お前が全て背負い込む必要はないんだよ、、、ありがとうな。」
オズワルドは跪き、アトレイタスの肩に手を置いた。
「⁉︎」
触れたアトレイタスの肩は震えている様だった。彼もまた、この世界の理に飲み込まれた1人なのだ。
コーポリス国に佇むコルメウム城。一般的な城とは一線を画す様相。
それは城と言うには少々脆弱な、、城と言うよりかは、まるで『神殿』の様な、、。
そして城壁に構える城門に描かれているもの。
太陽と思われる絵と、球体を持つ女性。その足元にも球体がある。
その足元にある球体こそが『月』を表していた。
天ノ示の一節にはこうある。
『月は天道と同じく形作るが先に還らん。それが在った事、忘却の彼方へおく事なかれ。』




