Recollection-73 「戻れぬあの頃」
深々と雪が地に降り立ち、コルメウム城と城下町を少しずつ白く彩る。
12月に入り寒さも極まり外出するものは少数となる。下旬ともなれば尚更だ。
エトナ祭で冬支度も済み、もうすぐ新年を迎えようとしている城下町の民は春を静かに待つ。
しかし若者達は静かに待つ事を、その血潮が拒んでいた。
数ヶ月前よりも、
先の戦いよりも、
1週間前よりも、
昨日よりも、
数分前よりも強くなる為に
また必ず起きてしまう戦いに備えて、彼等はその身を刃の如く研ぎ澄ましていく。
ドンッ!
「、、、そこまでだ。」
護衛団鴇ノ雛隊隊長の隻眼の男、フォエナ・ペカトム・エトナがまだ雪が積りきらない地を踏み抜きそう言うと、若い護衛団員達は彼の前に集まる。
「、、、残念ながら、今回は『尻羊毛棒』は無しの様だな、、、残念ながらいい動きだった。本当に残念だ。次からは避けつつ反撃を視野に入れて動く様に考えておけ。残念な身体を冷やすなよ。、、以上、残念な解散。」
(何回残念て言うんだ、、。)
彼は尻を叩けないのが相当残念なのか、そう言うと立ち上がり、オスクロ・ルークスと共に城へ向かう。
「ありがとうございました!」
皆その背中にお礼を言う。
フォエナは振り向かず右手を軽く挙げ、オスクロは振り向き笑顔で手を振った。
「かぁー!寒い!やべぇな身体が冷えちまう!早いとこ厚着して学び舎行こうぜ?」
「そうだね、、訓練とはいえ、雪は困ったね、、。」
「コーポリス国は毎年降るよネ。シニスタラムにいた時は殆ど見た事なかったヨ。」
同年代の3人は朝の訓練を終えて学び舎へ向かう。
シンはあの後、何事もなく、寧ろ歓迎され護衛団員となった。
何せ団員数の4分の1を失い人手が欲しい、正に猫の手も借りたい状況だった。
「今日は俺とドリーが片付け当番だから、お前達先に行けよ?勉強中に居眠りするなよイェット、イグナ、シン⁉︎」
「流石に寒過ぎて居眠りしたら凍死できますよプーちゃん、、。じゃ、またな!」
プロディテオとドルチスは仮宿舎に道具を片付けに行く。
「あー、、勉強かったるいなぁ、、、。今日は休もっかなぁ、、?」
じっとしている事が苦手なイグナは学び舎自体は好きだったが、勉強という行為が如何せん苦手だった。
「駄目だよイグナ?勉強も訓練の内だって、先生隊長も言ってたろ?」
「そうだネ、頭を使うのは大事だヨ。判断力や決断力が身につくからネ。」
「シン先生、、例えば何の勉強したら身につくのよ?」
イグナは片眉を吊り上げてシンに質問する。
「うン、、、そうだネ、うン。、、、、アレだネ、うン。」
「だから、何よ?」
イグナはニヤリと笑いながら詰めていく。
「、、、、⁉︎、、、。」
シンは立ち止まり、ディギトゥス・ミニムス山の麓へ向かう短い山道の先を目を細くして見つめている。
「おいシン先生ぇ教えて下さいよコラァ!ははは何見てんすか先生⁉︎、、、先生?、、ん?誰だ?」
イグナもシンの視線に気付き、同じ先を見る。
「⁉︎、、分からない、初めて見る人達だ。」
イェットも立ち止まり2人を確認する。
ザッ、ザッ、ザッ、、、
2人の男がディギトゥス・ミニムス山の山道を登って来る。
1人は翡翠色の短髪に一重瞼、閉じているのか開いているのかわからない目で、口を一文字にしている男。
もう1人は体格の良い、白髪まじりの口髭を蓄えた金髪で青い瞳の隻腕の中年だった。
「、、ム、おはよう。君達は、鴇ノ雛隊だね。」
表情の変化に乏しい翡翠の短髪の男はそう言いながら、隻腕の男の左側、腕のある方に少し近付く。
「おはようございます、、。」
護衛団鴇ノ雛隊の3人は初めて会うエトナの民と、隻腕という余り見かけない状態の男に突然遭い、少々戸惑っていた。
「ム、君達とは話をするのは初めてだったな。私は鵄ノ雛隊隊長のダンケ・オポジッツ・エトナだ。宜しくな。、、、フォエナはいるかい?」
ダンケと名乗ったエトナの民が一部隊隊長と知り、3人は背筋を伸ばし、イェットが答える。
「大変失礼しました、ダンケ鵄ノ雛隊隊長。恐れ入りますが、フォエナ鴇ノ雛隊隊長は先に反対側の山道より城へお戻りになられまして、、。」
イェットは知りうる限りの敬語を使用して返答する。イグナとシンも失礼の無い様振る舞っていた。
シンは隻腕の中年男の見た目から左手、特に拳を確認していた。
「ム、そんなに恐縮しなくても大丈夫だよ、私の場合はね。そうか、、、では先に他の雛隊の所に行くか。ム、失礼したね。」
ダンケはそう言うと、隻腕の中年男の方を一瞥して顎を使い戻る様指図した。
隻腕の中年男ことエリーナ・ゴメスは頷き、顎が指した、来た道を戻ろうとした時だった。
「あノ!、、、シニスタラムの方、、、ですよネ?」
シンはエリーナの目を見つめて質問する。
エリーナはダンケの方を見て、喋っていいのか目で確認する。ダンケの口は一文字のまま喋らず、ただ頷いた。
「、、、そうだ。君も俺も金髪だから分かり易いな、、。何故そんな分かり切った事を尋ねるんだ少年?」
エリーナはその野太い声でゆっくりと質問を返した。
「『クァラーテ』を相当鍛錬したのが分かりまス。左手の人差し指と中指の拳を見れバ、あなたが只者じゃ無いのは一目瞭然でス。、、、あなたは何者ですカ?」
シンが率直な質問をする。先程確認していた左手、特に拳ダコと掌の厚さが尋常ではなかったからだ。そして、見た事の無いシニスタラム出身の中年男が生々しい傷跡の残る隻腕で現れたという事、、。
「俺は、、、何者でも無い、、、。神に成ろうと馬鹿な考えを持った所為で、今こうして右腕を失い生かされている、罪深い男だよ、、。」
この時点で鴇ノ雛隊隊員達は、初めて中年男が何者なのか気付き始める。
先生隊長は、武勇伝を意気揚々と語る様な人間では無い。彼が如何にして敵軍隊長を倒したのかなど、周りに言う筈が無かった。
エリーナ・ゴメスが先の戦争「神成作戦」の首謀者の1人である事を知っているのは、先生隊長を含め最前線にいた四神のゼンとゴウ、ハイオーン、そして治療を頼まれたサニカ等、この国の極一部の人間だけだった。
「、、、『神に成る』?、、そうか、、テメェ先の戦いのお偉いさんの1人ってワケか、、、、。テメェ等の、、テメェの所為で、、何人死んだか分かってんのかあァァッ!⁉︎」
ガッ!
エリーナを右拳で殴ろうとしたイグナの腕と身体を後ろから止めたイェット。
ダンケは口を一文字にし、細い目でその状況を静観していた。しかし、もしエリーナが不審な動きをした際に直ぐに止められる様、先程から中年男の左側に寄っていた。
「止めろイグナ!もう戦争は終わった!終わったんだ!、、この人を殴っても何も変わらない!お前の気持ちは分かる、皆一緒だ、、。だけど終わった事に唾を吐く様な行為は止めろ!」
「放せイェットォ!俺ァ1発コイツをブン殴らねえと気が
「止めろ!この人を殴れるとしたら、遺族の方達だ!僕達はこの国を護り抜いた!その結果が全てだ!、、この人を殴ったら死者に剣を突き立てるのと同じだ!僕はお前につまらない人間になって欲しくない、、、だから止めろ、、。」
イェットの言っている事は綺麗事かもしれない。彼自身も心の何処かで思っていた。
しかし、既に決着はついた事。敗者に対して追い討ちをかける事は蹂躙に等しい、護衛団員の誇りとして違う、、こんな風に思ったからイグナを止めた。
「、、、ふぅっ、、そうだな。コイツを殴っても意味ねぇよな、、。勝者が敗者の無抵抗なヤツ殴るのは既に弱い者イジメだからな。イェット、そういう事だよな?」
「、、ああ、そうだ。」
肩で荒ぶる気持ちを表していたイグナも、彼なりの落とし所を見つけ、自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻しつつある。
イェットは自分の言った、甘い考えかもしれない内容を理解しようとしてくれた親友を誇りに想い、イグナの肩をポンと軽く叩いた。
エリーナは今起きた事を、真っ直ぐ見ていた。
彼も殴られる覚悟、いや、それ以上の、殺される覚悟を持っていた。
だからもし殴りかかられても避けるつもりは毛頭なかった。それだけの事をした自覚があった。
ところがどうだ、どこに行っても罵声こそ浴びるものの、殴られる事は一度も無かった。
エリーナは考えていた。
(皆、この少年の様に本当は俺を殴りたい筈だ、殺したい程に、、。だが何故そうしないのだ、、、。そうか、翡翠の少年が言った様に、それこそがこの国の在り方、国民性、いや、人間性か、、。だから彼等は普通にシニスタラムの少年と一緒にいるのか、、。)
エリーナは、この時初めて自分がした愚行を後悔し始めた。字の如く、後になって悔やんだのだ。
イグナの怒りを見て、少しだけ昔の自分と重なる部分があった。
(俺も昔は熱くなれた。しかしその情熱を忘れ、いつの間にか曲がった欲望のままに生きた、、。本当に俺が望んだ楽園はどんな場所だった?争いのない、皆が笑っている、、、この少年達も笑っていられる様な、、、子供の夢物語、戯言の様な世界、、。それを俺は、他人から奪おうとしていた、、、こんな少年達から、、。そんな楽園など無くて至極当然、、、。)
「、、少年、名前は?」
エリーナはイグナの目を見つめて名を聞いた。
「、、、テメェに名乗る名はねぇ、、と、言いたい所だが、そんな偉くねぇし格好つけてもな、、、俺ぁイグナ・シーガードだ。、、おっさん、イェットに感謝しろよ?」
「そうか、、、イグナ・シーガードか、、。ありがとう。それから他の少年2人も、、すまなかった。俺はエリーナ・ゴメス。もしまた機会があれば会おう。」
エリーナは深々とお辞儀をした後、ダンケの方を見て頷く。
ダンケも何も言わずに他部隊の所へ向かう様動きだす。
「エリーナって、女の名前みたいだな、おっさん!」
イグナがエリーナの背中に向けて言い放つ。
隻腕の中年男は振り返り、ニヤリと口角を上げる。
「ああ、お前の言う通りだよ、イグナ少年。お前は男らしい名だな、、、また会おう。」
そう言い残し、鵄ノ雛隊隊長と隻腕の中年男はその場を後にする。
「悪い人じゃなさそうなのに、どうして、、、。」
イェットは不思議で仕方がなかった。普通に会話の成り立つ同じ人間だった。
「、、きっト、ちょっとした思い違イ、思い込みなんだヨ、、。俺がそうだった様ニ、、、たダ、お互い理解する方法が全く違ったんダ。」
シンは故郷が同じ男性に同じにおいを感じていた。もしかしたら、一歩間違えれば自分もああなっていたのかもしれないと、、。
「おっさん、『ありがとう』って言ったよな、、。意味わかんねぇよな、、。」
3人は隻腕の男の背中をただ見つめていた。




