Recollection-7 「2人目の来遊者」
ん、、、んぅ、、?
目を覚ますと、イェットは寝床に仰向けで横たわっていた。
頭に感じる心地よい柔らかさと普段はしない良い香りを感じながら。
少しずつ視界の霧が晴れていくと、こちらを見下げる空五倍子色の瞳が見えた。
その口元は見えない。
だって、、、胸が、、さ。
「目が覚めましたか?」
その言葉で我に返ったイェットは跳ね起きた。
「マ、マリー、来る時は事前に教えてくれって言ったよね⁉︎」
「来ちゃ、ダメでしたか?」
マリーは少し困り顔で伺う。
「そんな事はないけどさ、、。」
「ごめんなさい。次からはちゃんと伝えますから、、。」
握りこんだ手を太ももに乗せて、申し訳なさそうな顔と声だ。
「いいよマリー、僕も言いすぎたよ。次からは事前に教えてね!」
「! はいっ!イェット君!」
パアァッと明るい表情になって見せる笑顔は無邪気で可愛らしい。
先程華麗な左レバーブローと右下段前蹴りを繰り出したとは思えない容姿。
マリーとは3歳の時から、物心ついた時から一緒にいた女の子だ。家は歩いて50歩くらいの距離だ。
小さい頃はよく2人で地面に絵を描いたり、どんぐりを拾ったり、追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり、、。
その頃のマリーは誰よりも小さくて、掛けっこでも勝負にならなくて良く泣いてたっけ。
恥ずかしがり屋の彼女は他の男友達がいると絶対に輪の中には入ってこられなかった。
それに気付かない小さな僕は無理矢理マリーをその輪へ入れていたっけ。
極度のあがり症で怖がりだから、遠くから見てるだけだったマリーも、少しずつ皆と遊ぶ様になったと思う。
それが今では僕よりも小指一本分位背が高い、学び舎でも人気が非常に高いお淑やかな女の子になった。
同じ歳だけど、妹から姉になった様な、、少し複雑な感じだ。
しかし、学び舎の人達もまだ知らないマリーの秘密がある。
秘密、、というか、癖というか、、。力加減が下手で手加減ができないのと、誰に教わったわけでもないのに格闘術の才能がズバ抜けている。
僕には無い才能だから、それがちょっと羨ましいんだ。殴られるのは御免だけどね。
「今日はどうしたのマリー、突然来るなんてさ?」
「えっ⁉︎、、うん、あのね?、、最近あまりお話とかしてないかなーって思いまして、、。」
彼女は髪先を触りながら、少し拗ねた様な、寂しそうな表情だ。
「そんな事ないだろ?先週会ったじゃないか。学び舎でだって会ってただろ?」
「そ、それはそうですけどぅ、、。」
マリーの本心は別の所にある。イェットはそれに全く気付いていない。鈍感なのだ。
「あのさ、イェット君、先生隊長に今度お話があるって言ってましたよね?」
少し垂れ気味のつぶらな空五倍子色の瞳がこちらを見つめながら伺う。
「あぁ。少し相談したい事があってさ。」
「そうなんだ、、。私には話せないんですか?」
「ん、、そんな大した話じゃないからね。」
イェットは苦笑いを浮かべた。
「話して下さいよイェット君!」
胸の前で両拳を握り、眉を逆への字にしてマリーが食って掛かる。
「ど、どうしたんだよマリー?今日何かヘン
「キャアアアァァァああああ゛あ゛あ゛!!!」
⁉︎ 母さんの悲鳴⁉︎ 台所の方からだ!
「イェット君⁉︎」
「ここにいてマリー!すぐ見てくる!」
ただ事ではない!母さんのあんな悲鳴、今迄聞いたことない!
ドアを押し開け、直ぐにその場へ着いた!
同時に父さんも何事だ⁉︎と奥から現れた。
イェットの不言色の瞳が悲鳴の正体を捉えた!
「えっ⁉︎ えええぇぇぇえ゛え゛⁉︎?」
イェットは人生初の声をあげた。
父さんは「嘘だろう⁉︎」と呟いた。
「あな、あな、貴方様は、、⁉︎」
昼食の準備をしていた母さんは狼狽している。
それもその筈だ。
台所の開口部から、ずぶ濡れの女の子が侵入してこようとしていた。
それは半黒半銀の髪に、唐紅色の瞳の女の子、いや、王女様。
シーヤ・ワイトキング・エトナだった。
「こ、この度はこの様な荒屋にお出でになられるとは、、。」
父さんと母さんが片膝を付いて顔を伏せる。
「おいイェット!何してる!⁉︎」
焦りを隠せない父親がイェットを急かす。
しかし、その声は届いていなかった。
「シーヤ! 、、様!」
イェットは驚いたが、自分でもわからない高揚感が湧いてくる。
何故だか分からないけと、胸の内から湧き上がる、今まで感じた事の無かった感情。
「おじさん、おばさん、それにイェットも! 堅苦しいのはやめて頂戴! 遊びに来ただけなんだから。」
王女様がフラッと荒屋に遊びに来た。
「来る予定はなかったんだけどねー、、なーんて!」
そんな事を言うシーヤだったが、イェットは心から嬉しかった。
雨でずぶ濡れになりながらも、わざわざ家まで遊びに来てくれたんだ。
「ずぶ濡れじゃないか。身体拭きなよ。母さん!何か拭くもの!」
狼狽し続けていた母さんも、僕のこの声で「ハ、ハイッ!」とか言いながら拭くものを取りに行く。
「イェット、、い、一体王女様とどういう、、⁉︎」
父さんも同じく平静を失っている。
初めて見る父さんの困り顔。
「友達なんだ。ね、シーヤ?」
シーヤはずぶ濡れのまま、大きく頷いた。
(友達。今はこの言葉でも充分嬉しいよ。)
シーヤは心の中でその言葉を何度も反芻し、少し大人びた笑顔を見せた。
あたふたする大人2人を見て
シーヤとイェットは顔を見合わせると大笑いした。
(まさかウチの息子が王女様に手を出した⁉︎ オズワルドにどのツラ下げて会えばいいのやら、、。)
父さんは溜め息混じりに苦笑いしていた。
母さんが手拭いを何枚か手に持ち戻って来てシーヤの頭や顔を丁寧に拭き始める。
「もう、、こんなに濡れてしまって、、。お連れの方々はいないのですか?」
「今日はお父様とアトレイタス達で大事なお話があるみたいで、部屋から出るなーって。だから、脱走しちゃった!」
ここまで1人で来たのか、、⁉︎ な、何と大胆な、、⁉︎
四神にバレたらどんな目に遭わされるか、、。
あの優しい先生隊長も、流石に怒るかも、、。
リヴォーヴ家、一家総出で冷や汗を味わう。
その時、奥から女の子が出てきた。
「あのう、だ、大丈、夫、ですか?」
長く輝きを放つ黒髪に空五倍子色の瞳をした、そばかすがチャームポイントの女の子。
「あ、マリー、紹介するよ。コルメウム城の王女さマンッッ!!⁉︎」
ビッシィィッ!
ズウゥン!
マリーは無意識にイェットに対して鞭の様な左上段回し蹴りを放っていた。
イェットは白目を向いて直立不動のまま、頬を床に力強く口づけされた。
「破廉恥ですイェット君!他の女の子を家に入れるなんて⁉︎」
薄れゆく意識の中、イェットは大切などうでもいい事を思い出していた。
マ、、マリーは、思い、、込み、が、、激しい、、のも、、忘れ、、て、た、、。
ズウウゥゥンッ、、、、