Recollection-61 「薬剤師」
得意料理の「兎肉と黒胡椒入り羊の乳煮込み」が空前の大当たりとなり、昼過ぎには既に完食完売御礼と、かなりの額のbdを貯める事ができたノーア・クリストファー。
(や、や、やったぁ!まさかあンなに売れるとは!私、料理の腕、上がったのかな⁉︎父ちゃンも喜んでたし、思ったよりお小遣いも貰えたし、買い物行こっ!)
ノーアは思いの外時間が取れたので城下町内を散歩がてら、ある物を探しに出かけた。
(もうすぐイグナの誕生日なンだよね。何か喜びそうなヤツ、探してやるかぁ!イェットはまだ先だから、今回は大丈夫かなぁ。)
昨日はあまり楽しめないかと思っていたエトナ祭だが、蓋を開けてみれば皆、楽しんでいる様だ。
きっと、泣いて見送るより、笑顔で見送る方が心残りがないのかもしれない。
それは、還ってゆく者達のみが知り得る事。
(、、ン⁉︎、、あの黒い服のデカい鞄の、、、あ!香辛料のおっちゃンだ!)
「おぉーいっ!香辛料のおっちゃーンっ!待ってくれよーっ⁉︎」
そこには以前ノーアが胡椒を譲ってもらった商人らしき男がいた。
〔?、、、香辛料の、、おっちゃん?、、わ、私の事かなぁ?〕
その男は黒い外套に身を包み、頭巾で顔を隠している。
彼は何となく聞き覚えのある少女の声の方を向いた。
1人の小柄な女の子が男に駆け寄る。
「ハァッ、ハァッ、香辛料のおっちゃン!前に胡椒譲ってくれたろ⁉︎今日はないのか⁉︎私買うよ、ホラ!bdもあるしね!」
ノーアは自分の作った料理が飛ぶ様に売れ上機嫌だ。にこりと見せる笑顔は、本当に可愛らしい。
「!君は前に会ったねぇ、覚えてるよ。あ、私は香辛料屋ではなくて、薬剤師、薬屋だよ。ま、香辛料も売ってるから間違いじゃないけどねぇ。」
そう言う男の口元は優しげに微笑みを浮かべる。
「そうだったの⁉︎いや悪りぃ!じゃあ町外れのサニカ先生ン所行くの?」
「あの女医さんかぁ。うん、時々ね。今日は祭で別の用件で来てるから行かないけどねぇ。あ!香辛料あるよ。今準備するからねぇ。」
意外に長身のその男は賑わいを見せる城下町の道端に移動して大きな鞄を置き、開いて見せた。
「お嬢ちゃん。これは『カレー』と言って、異国で汁物って意味の食べ物だよ。お肉や野菜と煮込んで食べると美味しいよ。お勧めだねぇ。」
男は優しい口調で透明の硝子瓶に木蓋された茶色い粉状のものを営業する。
「お嬢ちゃンて!私来月の誕生日で、15になるぞ⁉︎」
「えっ⁉︎そうなの⁉︎それは失礼!10か11歳かと思ってた、、ごめんねぇ。じゃ、お詫びにこれ、サービスだ!あげるよ。」
そう言うと男は小さな袋に入った黒胡椒をノーアに手渡す。
「え⁉︎いいの⁉︎おっちゃぁンいい奴だね!じゃあ私、その『かれー』っての買うよ!」
酷く歳下に見られていた事など意に返さず、黒胡椒を無料で手に入れられた方が嬉しいノーア。
「ありがとう。その前に、少し聞いていいかな?」
「ン?何?」
「今日は『エトナ祭』だよねぇ。王女様、何歳になったのかな?ほらあの、、不思議な髪した娘。」
男の目元はフードで隠れて見えないが、口元は無精髭が少しあり、優しそうに口角が上がっている。
「あ!シーヤ様の事ね!確か今日で13歳になるよ!なンで?」
「ん、私のただの好奇心さ、、、そうか、、ほら!御礼にこれもサービスであげるよ。ありがとうねぇ、お嬢さん。」
そう言うと、男は瓶詰されたカレー粉をノーアに手渡す。
「えぇっ⁉︎そンないいの⁉︎気前良すぎじゃン!でも、ありがとね!また来るよね⁉︎」
ノーアはまた香辛料が欲しいので尋ねる。
「ああ、また来るよ。必ずねぇ。お嬢さん。」
「お嬢さンて、あはは!私はノーア・クリストファーってンだよ!おっちゃンの名前は?」
ノーアは両手にお宝を大事に持つ様な仕草で可愛らしい。
「ノーア・クリストファーさんね、素敵な名前だ。良い名をつけてくれたお父さんとお母さんには感謝しなくちゃねぇ。」
そう言うと男は鞄をしまい始める。
「母ちゃンは死んでもういないけど、父ちゃンにはそう伝えるよ!で、名前は何なのさ⁉︎」
「!、、、そうか、それは失礼な事をしたねぇ、、、。あぁ、私はブローク。」
そう言って立ち上がった時、被っていたフードが後ろへ流れた。
癖のあるやや長めの真朱の髪に、錫色の瞳で耳飾りを着けたその男は、急いで頭巾を被り直す。
〔私とした事が、、少し高揚してしまったか、、ま、仕方ないねぇ。〕
「じゃあノーアさん、また必ず会おうねぇ。Thanks!」
「おぅ!ン?サン、、トァン、、何て⁉︎、、てか、あれ⁉︎」
ノーアが聴き慣れない何かを言われて考え込んでいる間に男は消えた。
城下町の裏道に身を隠す様に姿を消したブロークと名乗った男。
〔いい収穫があった。2年後のこの日が『約束の刻』と分かれば、それでいい。あと少し、あと少しだ、、、。〕
歩き出した男に秋風がぶつかり、黒の外套が靡く。
その腰に携えた刀の様なもの。
それはどこか「天無絶」を彷彿とさせた。




