Recollection-58 「素面」
護衛の仕事は休みがもらえ、シンの入団(仮)試験も終わり、5人は取り敢えず一度帰宅する。
若手には心労を重ねさせ、護衛任務に対して恐怖感と嫌悪感を抱かせない様にする為の総隊長の指示だった。
「ところで、どうやってクァラーテは学んだんだい?誰か先生がいるのか、シン?」
プロディテオが気さくに話しかける。
「いエ、昔シニスタラムに住んでた時に少し教わったのト、教本があるのデ、それを読みながら自分なりニ、、。」
「うわ!じゃあ殆ど独学じゃん⁉︎凄いなぁ、、流石じゃん!俺達にも教えてよね?ニョン?」
ドルチスは相変わらず名前をわざと間違えている。
「シンでス。勿論!俺が教えられる範囲なラ、喜んデ。」
「シンが入団となりゃ、俺達もっと強くなるなぁ!俺、なんかウズウズするぜぇ⁉︎」
イグナも昨日の疲れも忘れて未だ興奮気味だ。
「あまり期待しないでヨ。実際は素手じゃ危険なんダ。俺も剣術を学ばなきゃネ。」
シンも、護衛団員として学ぶべき事を理解していた。敵は素手で攻めてくる訳じゃない。その殆どが武器を用いた「命のやり取り」なのだ。
(、、、シンは強い。あのフォエナさんに一撃を喰らわせた。、、、僕は、、、出来るか?強くなっているのか?)
イェットは考えていた。シンの強さを垣間見て、今の話を聴いて、自分なりに模索する。
(考えるんだ、、僕にしか出来ない事、戦い方を、、比べる事じゃないのは分かってる、でも、負けたくない、、!)
イェットのこの「負けたくない」という想いは、誰よりも強くなりたいという意味を含みこそすれど、シンやイグナ、他の仲間まで打ち負かしたいという意味は含まれない。
誰よりも強くなり、誰よりも彼女を「護りたい」のだ。それはどこか、アトレイタスと通ずるものがあった。
「こんな事聞くのは失礼なんですけド、昨日の戦いハ、、」
シンが素直な質問をしてきた。
「、、、正直怖かったよ、、。殺らなきゃ殺られる。頭では分かってたつもりだけど、身体が中々反応しなかったよ、シン。」
プロディテオは少しだけ苦悶の表情を浮かべて頭を掻きながら言う。
「、、、俺も流石に怖かった、、、。あんな緊張はもう沢山だよ。出来れば二度と戦いたくない、、と、言いたいけど、俺ももう見習いじゃない。、、嘗められたくないんだ。」
ドルチスが珍しくふざけずに本心を言っている。彼なりに嘗められたくない相手が、認められたい相手がいるのだろう。
「俺も、、、正直怖かったぜ、、だけど、フォエナさんが先陣切ってくれたのと、、イェットがいてくれたから、死んでも骨は拾ってくれるかなってよ!」
イグナも頭に両手をあてて苦笑いしている。
「うん、怖かった、、。でも、僕達は戦って生き残った。胸を張ろう。それが相手への弔いにもなる。」
イェットは意外にも冷静な言葉を並べた。
(イェット、本当に強くなったなぁ、、。お前は気付いてないけどよ、いつも俺の前、歩いてるんだぜ?凄ぇよ!)
「ん!こうかぁ⁉︎」
イェットの言葉を聞いてイグナは胸を張った。
プロディテオも、ドルチスも同じく胸を張る。
「あノ、失礼ついでに聞きますけド、この中では誰が1番強いんですカ?、、、いやあノ、、悪い意味はなくてですネ⁉︎」
シンは意外に素直に聞きたい事を聞いてくる。
3人が同時に1人を見る。
「、、、ぼ、僕⁉︎」
皆がイェットを見ていた。
「え⁉︎昨日のあの動き、覚えてないのかい?こう言っちゃなんだけど、センスの塊みたいだったぞ、イェット!」
プロディテオは正直驚いた様子だ。
「流石に敵わないと思ったよ。イェッディリーナが敵だったらヤバかったよね?」
ドルチスも同様だ。
「イェット、もしかしてお前、本当に覚えてないのか?」
イグナもイェットの表情から不思議がっている。
「実は、、途中からあまり覚えてないんだ、、。」
「本気かよ⁉︎、、確かに兜の上からとは言え、一撃いいの喰ってたからなぁ⁉︎」
「こんな事言うのは褒めすぎかもしれないが、昨日はフォエナさんとイェットがいたから俺達全員生きて帰れたような感じだよ!な?ドリー?イグナ?」
プロディテオの言葉にドルチスとイグナは頷く。
イェットは反応に困ったのか苦笑いをしていた。
この時、皆の会話は自然だった。そんな様に思える。しかし、暗黙の了解で誰も触れない事があった。
それは、
「何人倒したのか」。
それは即ち
「何人殺したのか」と殆ど同一としても過言ではない。
皆何人倒した、否、斃したかは言わなかった。それは口に出して言うべき事ではない、誉れるべき事ではない、自慢するべき事ではない気がしていたから。
彼等は彼等なりに護衛団員となったその日から、その咎を背負っていく覚悟をした。
それが、相手に対する『敬意』の様な感情、自分を赦す『自己辯護』の様な感覚。
虚勢でもなく、傲りでもない。これは『誇り』だ。
彼等は自ら志願し護衛団員となり、その本分を全うしたのだ。
記録として、彼等の戦果を記しておこう。
実際には、
鴇ノ雛隊隊長フォエナは21人を
副隊長オスクロは17名
プロディテオは3人、
ドルチスは2人、
イグナは6人、
イェットは14人、
敵を行動不能にした。
勿論この数字だけが強さの指標ではない。
後に『雷越流』と呼ばれる様になる剣術の技の凄さもあるのかもしれない。
強さとは、結果論になってしまう部分がある。
戦い、生き残った者が強者なのだ。
生き残らなければ、護れないのだ。
ザッザッザッ、、
「!よう!、、お前等、何ノ雛隊の奴等だ?」
ディギトゥス・ミニムス山を降り、城下町まで帰ろうとしていた鴇ノ雛達の前に、数人の若者が現れた。
「おはよう。俺達は鴇ノ雛隊だよ。何か様か?セキ。」
プロディテオは丁寧ながら少々嫌悪感を滲ませている。
「⁉︎『鴇ノ雛隊』⁉︎、もしかして、お前等んトコの副隊の「逃げ脚一のオスクロちゃん」のいる隊か⁉︎ひゃははは!お前等も気の毒なこった!俺達『鶻ノ雛隊』に、そんな弱虫いないよなぁ?」
そう言うと、黒髪に茶色い瞳の大柄な、セキと呼ばれる男は胸元から筒を取り出し、何かを飲み始める。どうやら酒の様だ。
5人いる内のセキを含めた4人はそれを聞いてゲラゲラと笑う。
「おい、やめとけセキ!ただの噂だし、本当の事はわからない、、。失礼だぞ?」
ただ1人笑っていない、黄褐色の直毛髪を真ん中で分けた、榛摺色の瞳のやや長身の青年がセキを嗜める。
「あぁ⁉︎オメェは黙っとけよマイダ。弱えんだからよ⁉︎、俺ぁ昨日の戦いで4人殺ったぜ⁉︎4人だぜ⁉︎逃げたシニスタラムの馬鹿共、今頃どうしてるかなぁ⁉︎、、んん?オメェ、その髪、、シニスタラムの野朗か⁉︎」
朝から調子にのり悪酔いしているセキは、金髪のシンを見つけると騒ぎ出した。
「、、、。」
シンは黙って俯いている。酔っている相手程、面倒な輩はいないのを知っているからだ。
「、、おい、お前ぇ黙って聞いてりゃ、、!」
パンッ
イグナがセキに突っかかろうとすると、ドルチスが右手でイグナの胸を叩き静止した。
「隊員同士の喧嘩は御法度だよ。流石にそれはまずい。最悪除団だ。今は我慢しよう。な?」
珍しく真面目な表情と雰囲気なドルチスの、良い意味での先輩の対応にイグナも従う。
「、、はい。ドリーさ
バチィッ!
「ッッ!」
セキはいきなりイグナを右拳で殴った。
イグナは倒れず、首が少々強制的に左に振れたが、目を瞑り耐えた。
「なんだぁやんねぇのか?口だけは達者な奴かぁ⁉︎まぁ、お前等んトコの副隊は、その口すらも利けないけどなぁ?ひゃははは!」
(、、この野朗ォ、、ドリーさんの面子を潰す訳にはいかねぇ、、我慢、、我慢だ!でも、許せねぇえッ!!)
「おい止めろセキ⁉︎やり過ぎだ!、、すまな、い、、⁉︎」
マイダと言う青年が馬鹿な酔い方をしているセキの前に入りなだめようとした時、それは起こっていた。
(い、いつの間に⁉︎)
マイダは背中に冷たい、嫌な汗を感じる。
(⁉︎は、速い!何だ今のスピード、、イェット⁉︎)
プロディテオも戦慄した。
セキの前に、いつの間にかイェットが立っていた。
鴇ノ雛隊達からはイェットの背中しか見えず、表情は窺い知れない。
「取り消せ。」
イェットがいつにない雰囲気で言葉を静かに、しかし確実な赫怒を含み発した。
ゾクッ、、、
そのイェットの貌を見た鶻ノ雛隊達は全員背筋が凍りつく。
「な、なんだテメ
「取り消せ。」
(な、なんだ彼のこの威圧感!!⁉︎、、まずい、、「ただでは済まない」⁉︎)
鶻ノ雛隊達の中で唯一といってもいい、理知的なマイダの勘が、激しく危険信号を発する。
「行け。」
イェットが静かに放った言葉が最終的に相手を黙らせた。
(「、、、な、なんだテメェ、、」)
セキは小声で悪態を吐くしかなかった。もうその声はイェット達には届かない声量だ。もし届いてしまったら、、。
「、、行くぞ。君、すまなかった。セキの言った事は俺が替わりに取り消す。俺が謝る。許して欲しい。」
マイダは深々と頭を下げて馬鹿共の為に謝罪する。
イェットは微動だにしない。
ザッザッザッ、、、
鶻ノ雛隊は足早にその場を去る。
それを目で追っているイェット。
「、、、おい、、、イ、イェット、、?」
イグナが声を掛けると、イェットは彼の方を振り向いて近寄る。
「イグナ、大丈夫だった?よく耐えたよね、、。よく我慢した。」
イェットはそう言うと、トンッとイグナの胸を軽く突いた。普段通りだ。
「、、おぉ、、まぁドリーさんのお陰ってのもある、、な。ありがとうござっす!」
「流石にイグニョンが暴れるんじゃないかと焦ったよ⁉︎」
ドルチスも胸を撫で下ろした。
イェットはシンの方を向く。
「シン、ごめんね。あんな奴等ばかりじゃないからさ、、。」
「!、、あァ。解ってル。イェット、ありがとウ。」
シンは心から嬉しかった。
(イェットはきっと「仲間」を侮辱されて怒ったんダ。その中にハ、俺も入っていタ、、。君の父さんにモ、君にも感謝しかないヨ。)
(、、、さっきのは一体、、、、イェット、、、。)
プロディテオは、何か今、形容し難いものに立ち会っていた気分だった。
若き翡翠の『何か』が、徐々に、少しずつ、しかし確実に目覚めつつあった。




