Recollection-1 「邂逅」
無力な僕は思うんだ。
「どうしてあの時言えなかったんだろう。」
無力な私は思うんだ。
「どうしてあの時伝えなかったんだろう。」
悠久の時、数えられぬ程の一秒を重ね、彼等は、遥かなる「約束の時」を迎える。
これは、逃れる術のない「理」に抗う人間の物語。
少女「、、また会えるよ、、、なーんて!」
少年「、、、必ず、、、」
ゴオオオォォォォゥゥゥ……ゥゥン……
我々は、その理から逃れる術はない。
サアアァァァァァ、、、、
ザアアアァァァァァァ、、、。
何処からともなくやってきた風の囁きの中、町から聞こえてくる僅かな喧騒、、、
揺れる緑が広がるその場に1人座る青年。
秋風が立ち彼の翡翠色の髪を撫でると、思い出す一年前のあの場面。
不言色の瞳は遠くを見つめた後、ゆっくりと閉じられた。眉間にシワを寄せ苦しみに耐えるような面持ちの後、諦めた様に俯き目を開ける。
脳裏に浮かび上がった記憶から今にも声に出してしまいたい名前があった。
誰かが小走りで近寄ってくる足音がする。それを聞いた彼は、此度もその名前を声に出す事をやめる。
「相変わらずお前は見つけやすいな、イェット。時間だぜ。そろそろ行こう。」
小走りだったが息を切らしてはいない黒髪で短髪、榛摺色の瞳、体格の良いの青年が声をかけた。
17歳と同年代で普段は粗暴な物言いな彼も、今日は心なしか殊勝だ。
「そうだね、行こう。わざわざありがとう、イグナ。」
翡翠色の髪に不言色の瞳の彼は立ち上がると友人と共に町に向かい歩を進める。鮮やかな青い秋空の元、毎年10月19日に執り行われる喧騒の元となるこの祭、それも終わりへと向かい始めた少し寂しげなコルメウム城下町へと。
イェットは癒えた筈の古傷の疼きと気怠さを感じつつ、歩きながら思い出していた。
初めて「その少女」と出会った日の事を。
その時から9年前。
コルメウム城下町で秋に行われる年に一度の「エトナ祭」の催しに、8歳のイェットはイグナと数人の友達と遊びに来ていた。
農家の父と服の仕立てを生業にしていた母の元に生まれたイェットと似た境遇の友人達は、普段パンや芋、羊の乳等しか口に出来なかった。だがこの祭では果物から鶏肉、羊肉、スープ等が無料で振る舞われる事で町民からは好評を博していた。
ところが、である。
その日、催し場へと着くと、例年以上の盛り上がりと人集りだ。
特に食事所に、である。
イェットとイグナ、ワッキやヤクー等、他の友人達も唖然としたが、その中心部で何が起きているのか知りたい好奇心が勝り、人並みを掻き分けて行く。
中心部に着くと、そこで異様な光景に出会した。
4人の鎧を纏った大男が、1人の少女を中心に約2m間隔で立ち、四角形の領域を作っている。
彼等の纏うその鎧は完全に彼等の肌を覆い尽くし、その外観から常人では歩く事すら困難なのではないかと思わせる程に重量があるのが解る。兜、鉄甲、胸当等それら全てが分厚く、彼等が僅かに動く際に発する音は通常のそれとは異なり明らかに違う。しかし彼等の動きにはその重量を思わせる素振りはない。
まるで鉄の塊の様な4人の中心にいる少女は無我夢中で運ばれてくるご馳走を両手で鷲掴み平らげている。
見た目はイェット達より少し歳下であろうか、不思議な雰囲気の少女であった。髪は肩までで、生え際は黒髪だが途中から透き通る様な銀髪になっている。瞳は唐紅色。イェット達が着ている羊の皮を鞣して作った衣類とは違う、滑らかな素材に美しい刺繍の施された服を身に付けている。
鎧の大男1「シ、シーヤ様?あのちょっと、、そのぉー た、食べ過ぎでは??」
シーヤ「うるさいよゴウ!私は育ち盛りだから大丈夫だよ絶対!」
鎧の大男2「ですがシーヤ様、、」
シーヤ「あーもうユウまで⁉︎ 私の胃袋は宇宙よ宇宙!なーんて!」
鎧の大男3と4(ンなバカな。)
それを見ていた大人達は大声で笑っていた。鎧の大男達が小娘に翻弄されているからだ。
シーヤ「ゼン!飲み物が欲しいわ、貰ってきて!それからサイ!口を拭いて頂戴。」
鎧の大男3と4が「「はっ!」」と声を発すると同時にゼンはあたふたと飲み物を用意する様町民に指示を出し、サイは鎧の隙間から桃色の兎の絵が施された手拭いを出し、シーヤの口元をふきふきと拭った。
その光景を見ていたイェットとイグナ達は、余りの少女の強さ、鎧の大男達の弱さに声を出して笑った。こんなに痛快な事があるのかと。
少年達の笑い声は大人達とは違い高く響いたのだろう。シーヤは少年達を睨み付けた。
そうした筈だった。
シーヤは翡翠色の髪、不言色をした瞳の少年を見つけると、一瞬真顔になり数秒見つめた。
時間にして約2、3秒だ。
すると直ぐに笑顔を浮かべて立ち上がり少年へ近づいた。
「シ、シーヤ様、、!」
鎧の大男達がシーヤの護衛に就こうと歩み寄ろうとするが、シーヤは振り向きもせず肘から曲げた腕を挙げ彼等に静止を命じた。
この時の振る舞いは、まるで高貴なものの「それ」に等しかった。
この日、誕生日を迎えて7歳になったシーヤは、同年代よりも遥かに大人びて見えた。
つかつかと近寄り、イェットの前で立ち止った。2人の身長差は首一つ分位か。
シーヤは言う。
「あなた、エトナの民?」
「、、、はい。」
イェットはいきなりの事で動揺したのか、思わず敬語になってしまった。
「、、、跪ける?」
「あ、、うん、、。」
イェットはその時の空気感からか、言われるがままにした。
そこにはイェットも気付かない内に何か悪い事をして怒らせたかもしれないと言う恐怖心も少なからずあったのだろう。
何せ鎧の大男が4人もいるのだ。彼等を携えた少女の機嫌を損ねては何かあってからでは遅い。
「、、、、綺麗。」
「えっ、、、⁉︎」
イェットは少女の意外な言葉に動揺を重ねた。
「私の母様と同じ色、、、。」
シーヤは何処か懐かしそうな、寂しそうな面持ちでイェットの髪を撫でた。
「そ、そうなの、、かな?」
動揺を隠せない彼は、敬語を使う事も忘れていた。
シーヤは微笑みながら少し頬を紅潮させ
「、、、いつか来る『その時』は、私を護ってね。」
「、、、うん。」
イェットにはこの言葉以外、この時は思いつかなかった。
当然だ。彼はまだ8歳の少年で自分の本音など本気で考えた事などないのだから。
すると彼女は口角をこれ以上無理と言うほど上げて
「なーんて!」
そう言い放ち、クルリと振り返り鎧の大男達の元へ走って行った。
「ゼン!ゴウ!サイ!ユウ!帰ります!準備を!」
シーヤが鎧の大男達に号令をかけると
「「「「はっ!」」」」
声を揃わせ帰り支度の準備を始める。
少女は帰り際、イェットの方を振り向いてにこりと笑顔を見せた。
それはまるで
「またいつか会えたらいいね。」と伝えている様だった。
イェットは去ってゆく彼等の後ろ姿を胸を撫で下ろしつつ、全身から汗が出るのを感じながら見届けていた。
まるで小さな台風の様な体験だ。
そしてイェットは思う。
エトナの民は確かに僕以外見当たらなかった。けど、なんで僕にあんな事を言ったんだろう、、。
そんなに珍しかったのかな?まあいいか!
8歳の少年には、まだ解りかねる事だった。
友人達の興奮も醒めやらぬ中、イグナはそんなイェットに羨望の眼差しを向けていた。
漠然と、「エトナの民」は特別なんだ、と。
そしてもう1人、黒い頭巾付き外套に身を包み、顔を見せない様に頭巾の隙間からその光景を傍観していた男もまた、暖かい眼差しで笑みを浮かべてその場から立ち去った。
〔あと8年か9年、といったとこかねぇ。〕
この時より、運命の歯車はゆっくりと軋みながら回転を始める。