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13.青龍の迷宮

 ――天に浮く青龍が、金色の瞳を鋭く光らせた。


「……シュヴァリエ?」


 と沙織は呼びかけるが、その声は届いていない。


(これだと、まるで……)


 青龍は沙織を見据え、敵だと認識しているかのようだ。

 押し潰されそうな程の不安に襲われる。目を逸らしたら負ける……一瞬であの大きな爪に捕らえられてしまうだろう。


 沙織の全身から冷や汗が流れる。


(せめて、シュヴァリエの意識があったら……)


 皇帝ヴィルヘルムを青龍は離さない。シュヴァリエに皇帝を殺させてはいけない――それだけは避けなければと、必死で考える。


 全身の神経を集中させ、脚力を強化すると床を思い切り蹴った。その瞬間に重力をカットして、猛烈なスピードで龍の前足に捉まる。


 青龍は、沙織を振り落とそうと全身を動かし、身をよじった。


 体は左右に揺られ、硬い鱗につかまる手はプルプルとしてくる。

 痛みに耐えながら、振り落されないように、どうにか片手を伸ばすと――そのまま、意識の無いヴィルヘルムに触れた。


(少しだけでも……!)


 指先に神経を集め癒しをかけ、ヴィルヘルムを回復させる。意識が戻ると暴れてしまうかもしれないので、ギリギリの所でストップした。


(ふうぅっ……よし!)


 もう一度、両手でしっかり前足に捉まると、足場を確保する。今度は真上に飛び上がり、青龍の顔の上に乗り、髭をガッチリ掴む。


(……ここなら、振り落とせないでしょう?)


 口を大きく開け、咆哮をあげると――勢いよく天に向かって青龍は空を舞う。


「……っ、くぅ!!」


 風の抵抗を受けながら、金の瞳のそばまでよじ登った。自分の顔の何倍もある瞳を覗き込む。


「……シュヴァリエ……帰ってきてぇ……」


 風圧と涙で視界が歪むし、声も掠れてしまう。それでも、愛しいシュヴァリエの……龍の顔に抱きついた。


 ――突如。


『ならば、お主が起こして来るが良い』


 頭の中に、誰かの声が響いた。




 ◇◇◇




 雷が光ったかのような、眩しいさに瞬きすると……沙織はいつの間にか、知らない場所に一人で立っていた。


「さっきの声はいったい……。起こすって誰を? それに、ここは……」


 キョロキョロと周りを見ると、そこは迷宮の通路のような所だった。分岐の無い、ただの一本道。


「――うん、行くしかないね!」


 覚悟を決めて、ズンズンと歩き出したが――いくら歩いても、先の見えない道は延々と続いていく。


「……まだ、続くの?」


 少し疲れて、壁にもたれ掛かって休憩をする。


「……んっ?」


 壁をペタペタと触ってみる。


「この壁、温かい? もしかして私、龍の中に居るの?」


 いや、まさか……と思いつつ、希望が出てきた。さっきの声がシュヴァリエでないのなら、この先に、本物のシュヴァリエが居るかもしれない。

 沙織は希望を見いだし、走り出した。



 ――いったい、どれ程の時間を走り続けたのだろうか。ようやく何かが見えてきた。

 


「……扉?」


 はぁはぁと肩で息をしながら手を伸ばし、その扉に触れる。

 すると、扉は大きく左右に開き、何もない寒々しい広い部屋が現れた。


 部屋に入ると、真ん中にポツンと人影があった。


「誰か……居るの?」


 声をかけるが返事は無い。警戒しながらその人影へ近付く。


(……小さな、子供?)


 2、3歳くらいの幼い子供が、膝を抱えて泣いていた。


「どうしたの?」


 放っておくことも出来ず、泣きじゃくっている子供の背中に触れた。


(――――!?)


 触れた手から、膨大な恐怖と不安の感情が流れ込んでくる。思わず、その子を抱きしめた。


「大丈夫よ。……怖くないから」


 優しく背中をさすると、徐々にその感情が薄れていくのが分かった。

 すると、腕の中の子供は少し大きくなる。


(えっ……成長した!?)


 今度は、嫌悪と苛立ちの感情が溢れ出す。


 沙織を押して離れようとした子供を、腕に力を入れて……引き寄せる。なんだか、この子を離してはいけないような気がしたのだ。沙織はぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫……誰もあなたを傷つけないわ」


 次にやって来たのは、虚無感――。空っぽの感情と諦め。

 更に成長した子供が、シュヴァリエなのだと気がついた。


(多分、これは……シュヴァリエが、ずっと経験してきた思いや感情だ)


 あまりにも悲しすぎる()()に、沙織は切なくなる。


「シュヴァリエ。あなたは、無意味な存在なんかではないわ。私には、あなたが……シュヴァリエが必要なの」


 少年になった、シュヴァリエに語りかける。

 そして、一番大きな感情がやって来た。


 ――それは、喪失感と、怯えだった。


 腕の中の少年は青年となり、青い髪に金色の瞳、腕には龍の鱗と長い爪――まるでシュヴァリエと龍が融合したかのような姿。

 これが龍王なのだと、沙織にはわかった。


「……シュヴァリエ!」


 名前を呼ばれた龍王の姿のシュヴァリエは、ビクッ――と肩を震わせた。


 距離を取ろうとする、そのゴツゴツとした手を引き寄せて、沙織は自分の頬に触れさせる。


「私に……怯えないで、お願いよ。どんな姿になっても、私はシュヴァリエを愛してる。絶対に、この手を離さないわ……」


 その瞬間、龍王の姿だったシュヴァリエが発光し、元の姿に戻った。


「……サオリ様」


 今度は沙織がシュヴァリエの腕の中にいた。抱き合ったまま、またも眩い光に包まれる。


『――我が、青龍の血を引きし者よ。龍王となりて、光の乙女と共に、正しき心でその力を使うがよい。道を誤れば龍となり、世界を滅ぼすであろう』


二人の頭の中で、同時に青龍の言葉が響いた。


「「はい、誓います!」」




 気づけば――。


 沙織とシュヴァリエは、半壊した謁見の間に戻って来ていた。




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