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9.帝国に潜入します

 ――翌朝。


 沙織は寝不足のまま、出発した。


 どの位の距離を走ったのだろうか――。気が付けば沙織の目の前には、青海原が広がっていた。


「うわぁ……きれい」


 まるでシュヴァリエの髪のような色合いだ。潮騒の響きが心地よく、思わず見惚れてしまう。


(カリーヌ様にも、見せてあげたいなぁ)


 イザベラの話では、サミュエルが秘密裏に転移陣を敷いた場所があるらしく、海を渡らずに帝国内へ入れるそうだ。

 ただ、かなりの魔力を消耗するらしく、サミュエルと違って戦闘系のイザベラには、少々キツいらしい。


「魔力ならあるから、大丈夫よ」


「助かるわ! 私だって、それなりに魔力はある方だと思うんだけどねぇ。サミュエルったら、自分基準で作るから……」


 自称かと思っていたが、本当にサミュエルはできる魔術師の様だった。


「サオリ、こっちよ」


 イザベラに案内された場所には、隠匿されていた転移陣があった。顔を見合わせ頷くと、転移陣に触れ魔力を流し込む。


 ――すると。


 あっと言う間に、城へ着く。転移陣から出ると、すぐ近くの目立たない場所に、馬が二頭繋がれてるのが見える。一頭は見覚えがあった。


(あれは、もしかして――)


「あぁ、サミュエル達も予定通りのルートで来たのね」


(シュヴァリエも……ここに居る!)


 沙織の胸が高鳴った。

 シュヴァリエの存在を近くに感じる事ができたせいか、少し冷静になって考える。


「ねぇ、イザベラ。もし、シュヴァリエとサミュエルが……私やイザベラを連れて戻らなかった事を、皇帝に何か理由付けして誤魔化していたら? 私達、まだ隠れていた方がいいのではないかしら……」


「うーん、そうね。先ずはサミュエル達の様子を探ってから、父上に会いに行く方が安全ね。……よし! サオリ、こっちから行こう」


 イザベラに連れられ、隠し通路を進むと小さな扉が見えて来た。イザベラは、躊躇なくその扉の中へと入る。


 そこは――とても可愛らしい女性的な部屋だった。


「ここは?」


 キョロキョロしながら、尋ねる。


「ん? 私の部屋よ」

「へぇ、可愛い部屋ね」

「こう見えて、可愛らしい物が好きなの」


 照れくさそうに言うと、イザベラは侍女を呼んだ。 慌ててやって来た侍女は、開口一番


「イザベラお嬢様! いつお戻りに!? またその様な格好でっ!!」と、お小言が始まった。


 イザベラはぴらぴらと手を振って、侍女の言葉を遮る。


「あー、マリア。言いたい事は分かってるから。それより、ちょっとお願いがあるの」


 侍女のマリアは、イザベラが信頼を置く数少ない味方の一人らしい。

 最初は、目を見開き驚いていたが……。イザベラの説明を聞いて、協力してくれる事になった。


 そして、沙織は――。

 マリアの予備の侍女服を借り、目立つ黒髪はお団子にキュッと纏めてもらった。そう、新人侍女として城へ潜入をする事にしたのだ。


 イザベラはというと……。沙織の顔は知られていないが、イザベラは王の娘で皆が知っている。存在感も凄いので、見つからないようこの部屋で待機していてもらう事にした。

 下手に見つかれば、サミュエルやシュヴァリエの足を引っ張ってしまう可能性がある。


 渋々だがイザベラには納得してもらった。


「マリア、私のことは……そうね、エミリーと呼んでください」


(ごめん、エミリー。名前を借りるわ)


 沙織は心の中で謝っておく。


「わかりました。では、エミリーこちらへ」


 それから、軽くマリアに基礎的な指導を受けて、侍女として城へ潜入した。

 マリアは、新人教育をする時と同じように、沙織に指導しつつ城の中をまわって歩いた。沙織は、いかにも新人らしく、侍女の仕事内容をメモに取りながら、城の構造を覚えていく。


(あの大きな扉の向こうに……皇帝ヴィルヘルムが居るのね)


 普通の侍女では、近寄る事さえ出来ない場所だが、マリアのお陰で怪しまれずに済んだ。

 ひと通り見終わったところで、窓の外にある建物に気がついた。


(……あれは、教会?)


 こんな要塞みたいに、城壁に囲まれた敷地内に、どうして建てられているのか。とても、不自然な感じを受けた。


「マリアさん、あの建物は何ですか?」

「あれは、礼拝堂です。」

「……礼拝堂?」

「はい。皇帝陛下は、信仰心が強くていらっしゃいます。あちらは、祭司のヨーゼフ様が管理されていますので、私共は勝手に入ることは出来ません」


「ヨーゼフ様?」


「はい。噂をすれば、ヨーゼフ様です。エミリーこちらに」


 ちょうど、如何にも聖職者っぽい衣を纏った小太りの男が、付き人を連れて歩いて来た。


 マリアに促されて、壁側に寄り背筋を伸ばして頭を下げる。

 そのまま通り過ぎるかと思ったら、沙織の前でピタリと足を止めた。頭を下げているため、ヨーゼフの顔は見えない。


 ふと、ヨーゼフの足下の影が、小刻みに動いた気がした。


(今のは何? 足は止まっているのに、影だけ動いたような……)


「マリア、その娘は新しい侍女ですか?」


 頭の上でした声に、ハッとする。


「はい。新しく入りました侍女でございます。只今、研修をしております」

「ふむ。顔を上げなさい」


「はい」と顔を上げて、ヨーゼフを見る。


「……名前は?」

「エミリーと申します」


 緊張が走る。


 ヨーゼフは、ねっとりとした舐め回すような視線で、沙織を上から下まで眺めた。背中がゾワリとする。


(うぅっ……キモい。何、この人)


 沙織を見たまま、ニヤッと下品な笑みを浮かべて、マリアに言った。


「エミリーは研修が終わったら、礼拝堂付きの侍女にしなさい」


(はぁ!? なに勝手に決めてるの!?)


「恐れながら、ヨーゼフ様。エミリーは、イザベラ様付きと決まっております」


「(…ッチ!)そうですか。イザベラ様の……残念です。まあ、イザベラ様が戻らない場合には、是非こちらに願いしますね」


 気持ち悪い笑顔で言うと、ヨーゼフは去っていった。


(さっき舌打ちしたよね? ……あんなのが祭司?)


「マリアさん、庇って頂きありがとうございました」


「当然です」と、マリアは優しく微笑んだ。


 ヨーゼフは、イザベラが戻らない場合――と言った。イザベラが、ベネディクト国で捕まっていると知っているのかもしれない。


 ヨーゼフには気をつけるべきだと、沙織の直感が言っていた。




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