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47.瘴気

 ――やはり、洞窟は迷宮になっていた。


(もう……どれくらい、魔物を倒したのだろう?)


 次から次へと出てくる魔物を、片っ端から倒していく。魔物の種類なんて、もうよく分からない。

 終わりの見えない、暗い洞窟の中。沙織とシュヴァリエは、徐々に強くなる澱んだ空気を感じていた。


 普通なら、下層に行くに従って強い大物の魔物が出るそうだが――。なぜか、それが上層……しかも、洞窟の外へ出ようと入り口付近に溢れていたのだ。


(つまり、異常事態ってことよね……)


 洞窟の奥で何かが起こっていると、シュヴァリエは言った。

 洞窟内を進み、少しだけ魔物が減ってきた場所で、束の間の休息をとる。


「それにしても、この迷宮……魔物の様子が、変……です」


 珍しく、シュヴァリエの息が上がっている。


「シュヴァリエ? 大丈夫?」


「はい……サオリ様こそ、大丈夫ですか? 魔力の方も、減っているのでは……ないですか?」


「うーん。減ってる感は全く無いかも……。でも……ここって、重いような()()()()よね?」


 沙織の言葉に、シュヴァリエはハッとした。


「――サオリ様! 此処の空気を、吸ってはいけません!!」

「えっ?」


 急いで軍服に装備してあった布を、口と鼻に当てるよう沙織に言うと、シュヴァリエも同様にする。


「何処からか……瘴気が、出ているのかもしれません」

「瘴気?」

「毒性の有る……悪い空気。そんなところです」


 毒に耐性のあるシュヴァリエさえ、顔色はどんどん悪くなる。ついには、立っていられなくなった。

 洞窟の壁に凭れ掛かるように、シュヴァリエを座らせる。冷や汗を浮かべるシュヴァリエの額に、沙織はそっと手で触れた。


 突然、触れられたせいか、シュヴァリエはビクッ――と身体を強張らせる。


「すごい汗……大丈夫?」

「大丈夫です……申し訳ありません」


 沙織に心配をかけまいと、シュヴァリエは辛いと言わず謝る。


(こんなに苦しそうなのに――私は何とも無い? おかしいわ。もし、私にだけ影響が無いのなら……この瘴気の正体は)


「これは、ただの毒では無さそうね。シュヴァリエ……ちょっとだけ、ごめんなさい」


 蹲み込んでいるシュヴァリエを、優しく包み込むよう腕をまわす。


(これは、何か良くない物……光と相反する力が働いている筈だわ。それなら、私が浄化させてみせる)


 そして、強くイメージする。


(シュヴァリエの身体から、この毒を吸い出し――癒しをっ!)


 沙織の腕の中でシュヴァリエが光った。何かが浄化して行くのか、キラキラと粉のように舞っていく――。

 二人の周囲だけ、瘴気が消えた。


「……サオリ様、今のはいったい?」


 掠れていたシュヴァリエの声も、もとに戻っている。体内の毒素が消えて、苦しさも無くなったのだろう。


「毒が消せたのねっ……良かったぁ!」


 思わず腕に力を入れて、シュヴァリエを抱きしめると……ホッと息を吐いた。


(いつも……)


 クールで顔色を変えず、物事を達観していているようなシュヴァリエが、苦しそうにしている姿は――本当に不安だったのだ。


 苦しさが消えたシュヴァリエは――。

 沙織のその細い腕の、何とも言えない温もりに安らぎを感じる。そして背中に手を回して、そのままギュッと抱きしめた。


(……ふえっ!?)


 ドキンッ――と、沙織の心臓が跳ね上がる。


(どっ、どうしたのかしら!? ……シュヴァリエも不安だったのかしら? あうっ、でもこの状況は……っ!)


 頭の中は完全なパニック状態だ。


 さっきまでシュヴァリエは苦しんでいた。だからこそ、優しく頭でも撫でてあげた方が良いのか、公爵令嬢としては突き放した方が良いのか……。そんな事を考えてしまい、暫くそのままの状態で身動き出来ずにいた。


 静寂の中、聞こえるのは二人の鼓動と息遣いだけ。 ほんの少しの時間が、とても長く感じた。


 このまま時が止まってくれたら――シュヴァリエはそう思ってしまうが。ふうっと息を吐くと、我に返った。


「サオリ様……ありがとう、ございます」


 ようやくシュヴァリエは、抱きしめていた腕を緩め、沙織から離れた。


「い、いえっ。シュヴァリエが無事で良かったわ!」


 心臓が口から飛び出でしまうのではないかと思う程、沙織の胸の鼓動は速くなっていた。

 それをシュヴァリエに気付かれないように、こっそり深呼吸して、自分の仮説を話し始める。


「この死の森は、あの山の麓へと繋がっているわよね? 私達、洞窟の中をかなり走ってきたじゃない? ここが、もしも……あの山の真下だったとしたら?」


 沙織の仮説に、シュヴァリエは一瞬言葉に詰まらせるが、暫く考え肯定した。


「その可能性は有ります。ここは、磁場がおかしいのか、方向感覚が狂っている感じがしますから」


「さっきの瘴気に、私の光の魔力が効いたのなら……。瘴気は呪いの影響で出ているのではないかしら?」


「でしたら……漏れ出た瘴気を抑えなければ、魔物の凶暴化は止められないですね」


「瘴気の出ている場所を探しましょう!」


 顔を見合わせ頷いた。

 持っていた布に光の浄化作用を付与して、シュヴァリエの口元を覆い、後ろで結んであげる。


「これで、瘴気は吸わずに済むわっ」


 沙織は安心させるようニッコリ笑いかけた。

 口元は見えなかったが。シュヴァリエも、微笑んだ気がした。


 ――そして、更に重くなる空気の中を進んで行った。





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