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32.サプライズ

「学園はそろそろ前期が終わり、長期の休みになる筈だ。例の場所に向かうのは、その休みを使ってはどうだい?」


 ガブリエルは、テーブルに広げられていた地図を指差しながら沙織に提案する。


「サオリが、すぐに元の世界へ帰れなかった場合、学園は卒業しておいた方が良い。シュヴァリエ、その訓練というのは学園でも出来そうかな?」


(お義父様は、私の将来的な事もちゃんと考えてくれているのね……)


 シュヴァリエは少し考えてから答える。


「学園には訓練場がありますが、私の姿を見られては困ります。覆面をして、夜に忍び込んでなら可能ですが。その時間帯にサオリ様を連れ出すのは……いかがなものでしょうか?」


「確かに、それは良くないね。息子のミシェルは優秀だ。最近サオリの事をとても気にかけているから、すぐに勘付くだろう」


(あ……。思い当たる事ばかりだわ……)


「ミシェルは、一体どうしたのでしょう? 急に心配性になったみたいです」


 そう言うと、ガブリエルは複雑そうな顔をしただけだった。


「それならば……。ステファン、私の屋敷に転移陣を敷いて、サオリが寮から行き来できるようにしてくれないか? うちの庭なら広さもある。そこならシュヴァリエも、そのままの姿で大丈夫だろう?」


「転移陣を敷くのは可能ですが、アーレンハイム邸を使わせていただいて宜しいのですか?」


 驚いたステファンはガブリエルに尋ねた。


「構わない。但し、シュヴァリエの姿をカリーヌとミシェルには絶対に見せないように。ステファンと同じ姿は、有らぬ誤解を生むからね」


「お義父様! ありがとう存じます!」

「私も時々、訓練風景を見せてもらうよ」

「もちろんです! 私、頑張りますっ」


「サオリ、無理だけはしないように」と言ったガブリエルは、目元を緩めて微笑み、沙織の頭を撫でた。


「では、私は帰るとしよう。ステファン、時間ができたら屋敷へ来てくれ。サオリ、ステラには私から話を通しておこう」


 それだけ言い残し、ガブリエルはアーレンハイム邸に帰って行った。


(本当に、今日は……私に会う為だけに、宮廷までやって来てくれたのね)


 頭に触れられたガブリエルの手の感触が、ほんのりと残っていた。




「あぁ! 私もそろそろ寮に戻らないと、カリーヌ様達が到着してしまうわ!そうだ ……ステファン様、リュカになってカリーヌ様に会いますか?」


 カリーヌに会えば、少しは気分も上がるのではないかと思った。すぐにシュヴァリエと交代に戻れば、仕事の方も大丈夫だろう。

 シュヴァリエに視線を送ると、意図を理解したのか頷いた。シュヴァリエも、ステファンを心配しているようだ。


「……では、少しだけ」と、言ったステファンの頬が赤くなる。


 久しぶりにリュカになったステファンを抱え、寮へ戻ると、馬車が到着する学園の入り口に向かった。


「ねえ、ステファン様。乗馬服以外に女性用の動き易い服ってないのかしら?」


『そうですね……女性用ですと、騎士服か訓練着くらいですね』


「そうなのね。だったら、訓練着が一番楽に動けそうかしら?」


(よし、ステラに頼んで買ってきてもらおう!)


 そんな事を話しながら歩いていると、中庭のベンチにデーヴィドが座っているのが見えた。


(何だか、哀愁が漂っている? ……あっ、良い事思いついたっ!)


 少し寄り道して、デーヴィドに会いに行く。


「ご機嫌よう、デーヴィド先生」


 突然声をかけられたデーヴィドは、沙織の姿に瞠目した。


「おや? サオリさん、リバーツェを抱えてどちらへ行くのですか?」


「カリーヌ様のお迎えですわ。先生……お願いがあるのですが」


 腕の中のステファンに聞こえないように、デーヴィドに耳打ちした。デーヴィドは、沙織が急に近付いたせいか一瞬戸惑いながらも、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「今日は、休日ですので構いませんよ。私が行って鍵を開けておきましょう」


 スックと立ち上がったデーヴィドにお礼を言って、入り口へ向かった。



 ちょうど門から馬車が入って来たのが見えた。


 見覚えのある馬車には、カリーヌとミシェルが乗っている。馬車が止まると、先にミシェルが降りて来た。

 ミシェルは目の前に、身を潜めていた沙織がパッと現れ、かなり驚いているようだ。


 慌てて、口に指を当てて「しーっ」とジェスチャーすると、ミシェルに馬車を指して合図を送る。何となく、沙織がしたい事を察したミシェルは、入れ替わるように横に隠れた。

 そして、ミシェルの代わりに沙織がカリーヌに手を差し出した。


 ミシェルだと思ってカリーヌは手を乗せる。そのタイミングで、ひょこっと沙織は顔を出した。


「え!!サオリ様!?」

「お帰りなさい、カリーヌ様」


 カリーヌを驚かせることに成功した沙織は、ニッコリと微笑む。カリーヌは余程嬉しかったのか――沙織に抱きついた。

 腕の中のリュカは、ちょっと潰されていたが……まあ、役得だろう。


「ビックリしましたわ! でも、とっても嬉しいです」


 可愛いらしく喜ぶカリーヌを、講堂へ誘った。


「良かったら、私のピアノを聴いていただけますか?」


 更に、カリーヌは嬉しそうに「喜んで!」と言った。


 沙織とカリーヌのやり取りに、何が何だか理解できないステファンリュカを抱え、ミシェルも誘って講堂へ向かう。

 講堂の入り口には、デーヴィドが立っている。鍵を開けて待っていてくれ、三人と一匹をこっそり中に入れ扉を閉めた。


「では、カリーヌ様。リュカをお願いいたします」


 沙織はリュカをカリーヌに預けて、ステージに上がり美しいお辞儀を披露した。

 そして、ピアノの前に座り深呼吸して弾き始める。


 一曲目は、弾き慣れたクラシックを。


 カリーヌと、デーヴィドはうっとりしながら聴き惚れる。ピアノを弾ける事を知らなかった、ミシェルとカリーヌの膝の上のリュカは驚きに目を見開いた。


 二曲目は、有名なラブソングの弾き語り。


 以前、カリーヌが好きだと言っていた本の一文と、同じ歌詞があった曲だ。優しい、恋の応援歌。

ステファンとカリーヌに届いて欲しかった。


 沙織の歌声に感動しつつ、カリーヌは――ステファンの髪と同じ毛色のリュカの背中をそっと撫でた。


 ミシェルとデーヴィドは目を閉じて……弾き語りに聴き入っていた。



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