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12.攻略対象 担任②

 噴水の流れる水音が響く中、デーヴィドは少し距離を取りつつベンチへ座る。


「……僕は、教師失格なんです」

「え?」

「少しだけ、話を聞いてもらえますか?」

「……私でよろしければ」


(何だろう……?)


「僕はね、とある生徒がとても気になっていました。朗らかで、屈託の無い笑顔が可愛らしい……疲れた心を癒してくれる、そんな生徒でした」


(……スフィアのことね。意味は違うけど、天職が治癒師だけあるわ……)


「よく、あの食堂の一角を借りてお菓子作りをして、仲の良い人達に配っていました。貴族なのに、本当に珍しい……。僕にもよく作って持ってきてくれました。ただ、ある日を境に……その手作りのお菓子に違和感を覚えるようになりました」


(それはっ……!)


 段々と、デーヴィドの声に悲しみが滲んでくる。


 スフィアは、最初は普通にお菓子作りをしていたが、何かきっかけがあったのか……媚薬を入れるようになったそうだ。

 そして、教師でもあり、薬にも詳しいデーヴィドは媚薬に気が付いた。ただ、デーヴィドは媚薬など無くても、その時にはもう――。スフィアに惹かれ、後戻りが出来なくなっていた。


 だから、スフィアを止められなかった。


 咎めたら、自分の元へ来てくれなくなるかもしれない。スフィアは自分に好意があるから、そんな事をしてしまったのだと……都合よく解釈した。

 媚薬入りのお菓子はそれ以降、受け取っても食べることを止めた。自分がそうすることで、混入した事実は無くなる。そう思ったのだ。

 まさか、王太子や他の生徒に渡していたお菓子にまで、媚薬を入れていたとは考えなかった。――否、考えたくなかったのだ。


 そんなある日。


 スフィアは公爵令嬢カリーヌ・アーレンハイムに悪質な嫌がらせを受けている……そう、泣きついてきたそうだ。

 自分の身体に出来た擦り傷やアザを見せて、階段から突き落とされた、と。時には、ボロボロの教科書や切り刻まれたハンカチーフを持って泣いていた。


 だが、公爵令嬢のカリーヌが、そんな事をするとは到底考えられなかった。曲がりなりにも教師として、カリーヌ・アーレンハイムを生徒として見てきた。

 カリーヌは、公爵令嬢として高い身分にありながら、優しくて人を見下したり横暴な態度をする人物ではなかったのだ。


 真偽を確かめるためにも、デーヴィドはカリーヌの本性を見極めるつもりで、学園内をこっそりと見回った。


 そして、発覚したのは、カリーヌは想像以上に優しく思いやりのある人間だったこと。

 スフィアがデーヴィド以外にも媚薬入りお菓子を食べさせながら、カリーヌに嫌がらせを受けたと泣きついていた現場だった。


 相手は選りに選って、次期国王と期待されている王太子で、カリーヌ・アーレンハイムの婚約者のアレクサンドル・ベネディクトだった。

 結局、デーヴィドはスフィアや王太子を止めることすら出来ず、宮殿でのカリーヌの断罪が行われてしまったのだ。


 しかも、スフィアは犯罪者として捕らえられたと、後から知った。


「……だから、僕は教師失格なんです。その生徒を助けられなかった」


(これは……スフィアに対するデーヴィドの懺悔)


 沙織は怒りで怒鳴り出したいのを……グッと堪えて尋ねる。


「デーヴィド先生、それはどちらの生徒に対してですか?」

「えっ?」


 その質問に、デーヴィドは意表を突かれた顔をする。


「その断罪を受けた生徒は、たまたま助かっただけで、無実の罪で一生を台無しにする所だったんですよ?」


 デーヴィドは沙織の言葉に息を呑む。


「そして、犯罪を犯した生徒は、自分の犯した罪を償わなければいけないのです。先生の罪は、媚薬混入に気づきながら、その生徒を叱らなかったことです。嫌われても、してはいけない事をしたのだから、教師ならちゃんと正しい道を指してあげるべきでした。まさか、犯罪を犯した生徒を罰から助けたかった? そんな事は、仰らないでくださいね」


 肩を震わせデーヴィドは項垂れたが、沙織は続ける。


「……教師失格ですって? 笑わせないでください。貴方には、まだ沢山の生徒がいるのでしょう? そんな、甘っちょろいことを言ってないで、しっかりしてください。私達学生は、まだまだ未熟でたくさん失敗もするのです」


 そして、沙織は手を差し出し、ぐいっとデーヴィド引いて立たせる。これは、公爵令嬢としてはマナー違反かもしれない。


「私はその生徒ではありません。お菓子も作れますが、今は作るつもりはありません。ピアノは、私が弾きたいから弾くのです。髪や瞳を馬鹿にされたとしても、私はこの色が好きなので気にしません。……ですが、間違うことはあると思います。その時は、どうぞご指導くださいませ」


 それだけ伝え、ニッコリと微笑んだ。


「……ありがとう」


 デーヴィドは、泣き笑いの何とも言えない表情で言った。


「では! デーヴィド先生、私を寮までお連れください。一人では、迷子になってしまいます」



 デーヴィドに案内され無事に寮に着くと、お礼を伝えて寮の中へ入る。まさか、姿が見えなくなるまで、デーヴィドが熱い眼差しで見送っていたとは知らずに。



(元ヒロインの攻略対象のデーヴィドは、カリーヌ様に害無しね。良かった。残るは二人……)


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