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【最終話:ロザリー・ヴェルデの結論】

「ロザリーさぁん! 大丈夫っすかー!」

 ロザリーの前方では、パレードを見ようと大勢の人が集まっている。

 その人混みに果敢に突進していき、ブンブンと手を振るグレンに、ロザリーは人混みの一歩手前で足を止め、声をかけた。

「私は、ここでいいわ」

「でも、そこじゃあ、よく見えないっすよー!」

 グレンはなるべく良い位置でパレードを見ようと必死だが、ロザリーは遠くからチラッと見ることができれば、それで充分だった。

 この距離でも楽団の奏でる音楽は充分に聞こえるし、先頭を行く騎兵隊の帽子ぐらいは辛うじて見える。

 〈治水の魔術師〉の娘であり、新たに七賢人になるルイス・ミラーの婚約者であるロザリーは、現魔法伯令嬢であり、未来の魔法伯夫人でもある。

 当然、式典や祝宴にも招待されていたが、ロザリーは体調不良を理由にそれを辞退していた。

 〈風の手の魔術師〉アドルフ・ファロンが起こした事件に巻き込まれた彼女は、周囲から好奇の目で見られることが多い。

 特にアドルフを支援していた貴族達は、ロザリーのことを良く思ってはいないだろう。だからこそロザリーは社交界には顔を出さず、今まで通り軍医として仕事を続けていくつもりだった。

「ロザリーさん! 師匠達の馬車が来たっす!」

 グレンが人混みを抜け出してロザリーの元に駆け寄ると、馬車が来た方角を指で示す。

 華やかな装飾を施された美しい馬車には、濃紺のローブを身につけた二人の魔術師が座っていた。

 フードを目深にかぶって人形のようにジッとしている方が〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット。その横で、人々に手を振っているのが恐らくルイスだ。もっとも今の位置からだと、ルイスの顔までは見えないのだけど。

「うーん、やっぱし、よく見えないなぁ……そうだ! オレがロザリーさんを抱っこして飛行魔術でピューンとひとっ飛びしたら、よく見えるかも!」

「ルイスから、市街地での飛行魔術禁止令が出てたでしょう」

「あうっ」

 精神関与魔術を使ってロザリーの記憶を封印したグレンは、公にはそのことを咎められていない。ロザリーが自分の記憶喪失は転落の衝撃によるものだと主張し、グレンを訴えなかったからだ。

 とは言え、精神関与魔術は本来準危険魔術。使用には魔術師協会の許可が必要であり、それを破ると魔術師資格剥奪──資格を持っていないグレンの場合、魔術師試験受験資格の永久剥奪は確実である。

 例え公的機関の咎めが無くとも、何の処罰も無いのはグレンのためにならない、とルイスは主張し、グレンに一部の魔術の使用制限をかけた。

 なお、市街地での飛行魔術の使用禁止に関しては、先日グレンがルイスの屋敷の壁にヒビを入れたことが大きな原因である。

 根は真面目なグレン少年は師匠の言いつけを守り、飛行魔術を使わずにパレードを見る方法を腕組みをしながら模索していた。

「そうだ! それなら、オレがロザリーさんを肩車すればいいんだ!」

「えっ、いえ、いいわよ、そこまでしなくても……」

 ロザリーとしては申し訳ないという気持ちよりも、この年で肩車をされるという羞恥心の方が圧倒的に強かった。控えめに言って勘弁してほしい。

 しかし、グレンはどうしてもロザリーにパレードを見せたいようだった。

「じゃあ、オレがロザリーさんを、こう……後ろから抱き上げて……」

 グレンがロザリーの背後に回って胴体に腕を回したその時、


「お前は人の婚約者にベタベタ触りすぎなのですよ、グレン」


 聞き覚えのある低い声が、二人の背後から聞こえた。

 グレンもロザリーも、思わず息を止めて凍りつく。

 その声の主は今、パレードの馬車の上で手を振っているはずだ。

 二人がぎこちない動きで振り返れば、そこには腕組みをしているルイスの姿があった。身に纏っているのは濃紺に金糸銀糸の刺繍を施した豪奢なローブ。その手に握られているのは、身の丈を超える長さの杖。

 リディル王国における魔術師の杖は、長いほど身分が上という扱いになる。そして、身の丈を超える程長い杖を持つことが許されるのは七賢人だけだ。

「し、ししょぉ? ……えっ、パ、パレードは?? えぇぇっ!?」

「サボりました」

「えぇぇぇぇっ!?」

 グレンは首を前に後ろに忙しく動かして、パレードの馬車と目の前にいるルイスを交互に見ていた。

 ロザリーもまた、馬車の上の人物に目を向ける。遠いので顔はよく見えないが、髪型や服装は今ここにいるルイスとそっくり同じだ。

 どういうことかとロザリーが視線で問えば、ルイスは軽く肩を竦めてあっさりとネタバラシをする。

「あの馬車の上の私は〈沈黙の魔女〉殿が魔術で見せている幻です。よくできているでしょう?」

「……幻って、動かす場合はずっと詠唱してないといけないんっすよね?」

 グレンの言う通り、幻覚幻影の魔術は決して簡単に使えるものではない。その上、幻を動かすとなると、難易度は更に跳ね上がる。

「〈沈黙の魔女〉殿は無詠唱魔術の使い手ですからねぇ。いやぁ、お見事お見事。ハッハッハ」

 ロザリーは思わず馬車を見た。豪奢な馬車にちんまりと座って、居心地悪そうに俯いている〈沈黙の魔女〉は、とても魔術を使用しているようには見えない。だが、無詠唱魔術の使い手ならば、術を使っていると悟られることなく幻を動かすことができるだろう。

「〈沈黙の魔女〉が共犯なの? ……よく協力してもらえたわね」

 無論、パレードの最中に幻覚の魔術を使って抜け出すなど、バレたら大目玉である。

 ロザリーは学生時代に、ルイスがよく式典の類をさぼっているところを目撃している。曰く「あんなタルイもんやってられっか」……そういうところは、やっぱり変わっていないのだ。

 今もルイスは余裕綽々の態度で、〈沈黙の魔女〉を丸め込んだ経緯を語っている。

「『どこぞの馬鹿娘がリハーサルでとちりまくったせいで、私の帰宅時間が遅れ、ロザリーと過ごす時間が減ったのです。どう落とし前をつけるつもりで?』と言ったら、〈沈黙の魔女〉殿は快く協力してくれましたよ。はっはっは」

「師匠ぉ……それ脅迫っす」

 グレンが小声で突っこめば、ルイスはいかにも真面目な師匠の顔をグレンに向けた。

「私は〈沈黙の魔女〉殿にリハーサルの貸しを返してもらっただけですよ。グレン、今から言う師の教えを胸に刻みなさい。『貸しは忘れない内にキッチリ回収せよ。返せないとほざく輩は身ぐるみを剥げ』」

「オレ……金貸しに弟子入りしたんだっけ……?」

 首を捻るグレンを無視して、ルイスはロザリーの前に立つ。そして、唐突にロザリーのことを横抱きにした。

 ロザリーが小さく悲鳴をあげて、ルイスの首にしがみつけば、ルイスは満足そうににんまりと笑う。

「さて、それでは一緒に特等席でパレードを見学しましょうか?」

「えっ、ちょっ……ちょっとぉ!?」

 ロザリーの文句などどこ吹く風。ルイスは詠唱しながら杖を一振りした。ルイスの体はロザリーを抱いたまま、ふわりと宙に浮かび上がる。

 そんな目立つ光景も、パレードに釘付けの人々は誰も気づかない。

「師匠ずるいっすー!!」

 グレンの叫びを聞きながら、二人は屋根よりも高く飛び上がった。

 ルイスに抱かれたロザリーは、呆れたように息を吐いて婚約者の顔を見上げる。

「いくら特等席でも、主役のいないパレードを見たって仕方がないじゃない」

「こういうのは好きな人と見る方が楽しいでしょう? ……それに」

 ルイスはニィッと唇の端を持ち上げて、ロザリーの耳元で囁く。


「優等生のお前に、サボりの楽しさを教えてやろうと思って」


 北国訛りのある粗野な口調と八重歯を覗かせた獰猛な笑顔は、どうしたってロザリーの心を掴んで離さないのだ。

 このタイミングでそれはずるい。ロザリーは唇を尖らせてルイスを睨む。

「……不良」

「その不良が好きなんだろ?」

 あぁ、まったくなんてずるい人だろう!

 まったくもってその通り。彼の粗野な振る舞いを嗜めつつ、本当は誰よりも喜んでいるのはロザリーなのだ。

 あの胡散臭い紳士的な振る舞いも、ロザリーとの婚約のためだったと思えば、前ほど苦手意識は感じなくなったけれど。

 それでもやっぱり、ロザリーが好きなのは、八重歯を見せて悪戯小僧の笑い方をする〈ミネルヴァの悪童〉なのだ。

「……悔しいけど、馬車の上の幻の百倍カッコいいわ」

 ロザリーが頬を染めてそう言えば、ルイスは上機嫌に喉を鳴らして、ロザリーの頬にキスを落とした。


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