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【21:バードランド・ヴェルデの後悔】

 七賢人と国王だけが出入りを許される翡翠の間で、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイは一人、星を見上げていた。

 ガラス張りの天井を身じろぎ一つせずに見上げている姿は、どこか人形じみている。だが、彼女が生きていることを証明するかのように、長いまつ毛は緩やかに上下していた。

 メアリーの背後で扉がノックされる。この翡翠の間において、律儀にノックをする者は案外少ない。

 〈宝玉の魔術師〉が来たのなら、彼が身につけている装飾品がジャラジャラと音を立てるところだが、今はその音も聞こえない。となると……

「〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデ。入室いたします」

 生真面目に入室の挨拶をし、バードランドは翡翠の間に足を踏み入れる。

 メアリーは上を向いていた頭をゆるりと戻して、バードランドに目を向けた。

「サンダーズ様のご容態は〜?」

「起き上がることが困難のようです……それと、お心も変わりないと」

「ギックリ腰じゃあ仕方ないわよねぇ……すぐに良くなるものではないわ〜」

 メアリーは頬に手を当てて、憂いの溜息を吐く。

 最年長の七賢人〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズがギックリ腰で倒れたのは、七賢人選考会議の最中だった。

 駆けつけた医務官は安静にしていればじきに回復すると告げたのだが、そんな医務官の言葉を遮り、〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズは宣言した。


『わし、七賢人引退するー』


 もう硬い椅子に長時間座りたくない、というのがサンダーズの主張である。

 それならば椅子を新調するので、と周囲は説得したが、サンダーズの意思は固く、かのご老人は七賢人を引退すると言って聞かなかった。

 〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズは、かつて、国の存続を賭けた大戦で戦場を駆け、国の危機を救った大英雄である。特に現国王はサンダーズを慕っており、常に最上級の敬意を払っていた。

 今でこそ、おとぼけおじいちゃんだが、教本に名前が載り、各地に石像が建てられるぐらいすごい人なのである。

 だからこそ、周囲はあの手この手でグレアムを七賢人の座に引き留め続けてきたのだが、それももう限界らしい。

 ここ近年、リディル王国では大物魔術師の引退が続いている。

 天才少女とうたわれた〈星槍の魔女〉は七賢人を退任せざるを得なくなり、長い歴史を持つ名門〈茨の魔女〉と〈深淵の呪術師〉は代替わりをしたばかり。

 そして〈雷鳴の魔術師〉には、彼が後継にと認めた弟子はいない。

 七賢人はリディル王国の魔術分野における権威である。だからこそ、頻繁に入れ替わっては国の威信が傾きかねない。

「……バードランド殿は、引退を考え直す気はないのぉ?」

 メアリーが色の薄い目をバードランドに向ければ、バードランドはゆるゆると首を横に振った。

「七賢人は最大魔力量が150以上でなくてはならないと定められております。今の私は緩やかに衰退している……150を切るのは時間の問題でしょう」

 最大魔力量は二十歳が成長のピークで、それ以降は加齢とともに緩やかに減少していく。この減少度合いには個人差があるのだが、〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデの場合、直近の計測で出た数字が151。

 一年前に比べると10以上も減少しており、150を切るのは時間の問題だった。

 だからこそ〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデは引退を決意したのだ。

「皮肉なものですな。私は幼い時、魔術の修行をしている娘に、こう言ったことがあるのです……『そんなことも、できないのか』と。娘は魔術師になるには、あまりにも魔力量が少なすぎた」

 あの時のバードランドは驕っていたのだ。

 魔術師としての才能に恵まれた彼は、努力をすれば大抵の結果は出すことができた。だからこそ、結果を出せない者には努力が足りないのだと、無慈悲に切って捨てた。

 その結果、妻に逃げられ、娘とは疎遠になってしまったのだけど。

「年とともに魔力量が減っていくのを実感し、自分の限界を知って、ようやくあの時の娘の気持ちを理解しました……七賢人だなんて片腹痛い。私は世界一愚かな父親だ」

 バードランドは眉間の皺に指を添えて、深々と息を吐く。

 メアリーはサラサラと流れる銀色の髪を背中に流し、首を傾けてガラス天井を見上げた。

 漆黒の空には銀の砂を散らしたような星が儚く瞬いている。その星の瞬きが、メアリーにこの国の未来を囁くのだ。

「……バードランド殿は、次の七賢人は誰が相応しいとお思いかしら?」

 先日の会議の場で、バードランドは皆で話し合って決めるべきだと主張し、自身が推薦したルイス・ミラーを推したりはしなかった。

 だが、今この場にはメアリーしかいない。だからこそ、バードランドは本心を口にする。

「七賢人の一人として言うのなら……〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットの保護を優先すべきと考えます。彼女の才能は他国に渡れば大きな損失となる。あの才能は保護されるべきだ」

「一人娘のパパとして言うのならぁ〜?」

 メアリーの言葉に、バードランドは気まずそうに視線を泳がせた……が、やがて、ゴホンと咳払いをし、口ごもりながら言う。

「……〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、かつて私に言いました。自分が婿でも後継ぎでもなってやるから、ロザリーが医学の道に進むのを邪魔するな……と」

 あの高慢な少年は、バードランドの元に乗り込んできて、礼儀知らずにもそう言ったのだ。

 激昂したバードランドが、その生意気な態度を改めて、七賢人になれるだけの実力を身につけろ、と言えば、あの少年は細い顎をツンと持ち上げて不適に笑った。


 ──上等だオッサン。その言葉忘れんなよ?


 そして、あの少年は宣言通り、七賢人候補まで上りつめたのだ。

 貴族として恥ずかしくない身なりと教養を完璧に身につけて。そうして、バードランドの前に再び立ったあの男は、優雅に一礼してこう言った。


 ──〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデ殿。宣言通り、ロザリーをいただきに参りました。


 上品な声とは裏腹に、ルイス・ミラーの目はこう言っていた。

 見たか、ざまみろ、クソジジイ……と。

「……生意気ではありますが、娘のためにそこまでできる男を、認めてやりたいという気持ちが無いと言えば嘘になります」

「やーだー、情熱的ぃ〜。若いっていいわねぇ〜」

 星を見上げたまま、メアリーはケラケラと笑う。

 そして、〈星詠みの魔女〉は、その白く細い指で瞬く星を一つずつ指さしながら、歌うような口調で言った。

「星はこう告げているわ。時代の節目が来たのだと。現国王陛下は革新のお人……だからこそ、それを支える星が必要よ〜」

 メアリーが白い指でスイッと宙をなぞれば、その指先から鱗粉の如き銀の光が零れ落ち、儚く消える。

「〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは七賢人に相応しい実力と教養を持っている。なにより、人脈の広さも良いわね。魔法兵団の団長だから各方面に顔が利く……ただ、彼は『第一王子派』よ。あたくしは、出来る限り、七賢人会議に政治闘争を持ち込みたくないのよねぇ」

 七賢人が一人〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンは、第二王子を擁するクロックフォード公爵家の派閥に属している。

 第一王子派のルイスが七賢人になれば、二者は確実に対立するだろう。

「〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットはだいぶ厄介な星の元に生まれているわねぇ。あの子の才能は素晴らしいけれど、極度の人見知りは七賢人としていただけないわぁ。祭典で恥をかかれたら、それこそ国の威信に関わるもの〜」

 なにせモニカは緊張のあまり、面接中に過呼吸を起こしてひっくり返っているのだ。

 七賢人は国の祭典に出席する機会が多いので、極度の人見知りの彼女はあまりにも不安が多すぎる。

「〈風の手の魔術師〉アドルフ・ファロンは分かりやすく、クロックフォード公爵の息がかかっているわ。クロックフォード公爵は、この子をゴリッゴリに推してくるでしょうねぇ。下手したら、七賢人会議そのものに圧力をかけてくるかも〜」

 七賢人は他の官僚達と異なり、国王直属の独立した集団である。

 だからこそ、そう簡単に外部から圧力をかけられるものではないのだが、国で最も強い権力を持つクロックフォード公爵なら、それも不可能ではない。

 〈治水の魔術師〉と〈雷鳴の魔術師〉が引退するのなら、空いた椅子は二つ。

 結局のところ、次の七賢人候補の選択肢として一番無難なのは〈風の手の魔術師〉アドルフ・ファロンなのだ。次が〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。

 〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットは、他の方法で保護するのが妥当だろう。それこそ、七賢人の誰かの弟子にしてもいい。そうすれば、モニカの技術と知識が他国に流出するのを防げる。


 ……だが。


「星が告げているわぁ〜……うん……うん……」

 メアリーは銀色の光を纏わせた指をクルクルと回し、もう一度星を見上げた。

 そして、リディル王国で最も優れた預言者〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイは星から読み取った未来を口にする。

「アドルフ・ファロンが再起不能ですってぇ〜……まぁ、可哀想。男として一生役に立たなくなるでしょう、ってお星様が言っているわ〜」

「…………」

 〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデは、お星様に不能宣告をされた若者に、静かに哀悼の意を示した。


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